約束の話
『別の世界……?前世……?』
想像していたものとは全然違ったのだろう。レオナルドには精霊の言葉から困惑が伝わってきた気がした。
「ああ。信じられないだろうけど事実なんだ。びっくりした?」
『…………』
精霊からの反応はなかったが、レオナルドは気にしなかった。
「けど、肝心の話はここからなんだ。その世界には、『Blessing Blossom』っていうゲームがあった」
『ゲーム?』
いったい何の話を始めるのかと精霊は疑問に思った。
「うん。え~っと、まあ簡単に言うと、自分が物語の主人公になって、話が進んでいくんだけど、主人公の台詞や行動を選択できて、時には自由に主人公を動かすこともできるんだ。それらによって、起こる出来事とか登場人物の行動や感情なんかが色々変わっていって、物語の内容がいくつも分岐していく。そんな創作物だよ」
『なるほど。あなたの選択次第で内容の変わる物語、ですか』
理解の早い精霊にレオナルドは感心した。
「そう、そんな感じ。前世の俺はこのブレブロが好きで、相当やり込んでた。全部の分岐を網羅することは当然として、本編部分、外伝的な部分も全部、余すところなくやり尽くしたんだ」
『それにどれほどの時間がかかるのかわかりませんが…、前世のあなたは暇だったのですか?』
「暇じゃない。それだけ好きだったんだよ。それなのに、前世の俺は追加パッチ―――、最後に追加された話だけやれずじまいで突然殺された。それが本当に後悔で……」
『殺された後悔がそれなのですか?』
呆れたような精霊の言葉に、レオナルドは少しカチンときた。
「俺がどれだけ追加パッチを楽しみにしていたか知らないだろ!?殺されるってわかってたら買物なんて行かずにやったんだよ!」
『私に言われても』
「…………」
レオナルドは熱くなって言い返したが、精霊から正論で返されて冷静になり黙ってしまった。しばし沈黙が流れたが、レオナルドは気を取り直して話を続け、
「……ごめん、話が逸れた。……それで、その作品の舞台は、神聖暦一〇〇〇年、今からだいたい四年半後のここ、ムージェスト王国。男爵家の嫡子である主人公が王立学園に入学したところから始まる。主要な登場人物の中には、セレナリーゼ=クルームハイト、ミレーネ、そしてレオナルド=クルームハイトがいる」
一気に核心部分を口にした。
『っ!?』
「今名前を挙げた三人。女性陣は展開次第で主人公と結ばれるんだけど、レオナルドはその物語では悪役で、すべての話で最後は何者かに必ず殺される。レオナルドを殺すのは話によってバラバラだ。そして話の展開次第では、主人公達の最後の敵として立ち塞がる。そのとき、レオナルドが自分は精霊を宿しているってことを主人公達に言うんだ。宿した場所は王都の地下水路にある隠し部屋だ、って」
『まさか……!?』
「そう。今俺達がいるこの世界はそのゲーム、ブレブロの世界なんだ。だから俺は精霊さんの居場所を知っていた」
『そんなこと……』
あり得るのか。けど、レオナルドが精霊の存在をわかった上で封印の場所へとやって来たのは事実で……。
「俺もこの記憶を思い出したのはつい数か月前なんだ。そのときは本気で驚いた」
当時の困惑を思い出したのか、レオナルドの口元に苦笑が浮かぶ。
『……ではあなたは、あたなも私も、いいえ、この世界すべてが何者かによって創られた偽りの存在だと言うのですか?私が経験してきたこと、憶えていることもすべて、そう創られたものでしかないと?』
そんな馬鹿な事ある訳がない。あっていい訳がない。そんな想いの裏返しのような問いだった。
「いや、そうじゃない。俺はこの世界を現実だと思ってる。俺にだってゲームでは一切語られていない小さい頃の記憶がちゃんとあるんだから。これが全部創られた偽物だなんて、そんな風に思える訳ないだろ?……だけど、ゲームの登場人物達がいて、ゲームと同じことも実際に起きてる。父上が次期当主をセレナにするって言ってきたのもそうだし、精霊さんがあの場所にいたこともそうだ」
『私にとっても今、この世界だけが現実です。……もし、あなたの言っていることが真実だとして、すべてを知っているのなら、どうしてあなたは、私が封印されていたあの場所で、私の声が聞こえたとき、精霊かどうかと確認したのですか?それにどうして霊力のことも知らなかったのですか?私の過去についてもほとんど何も知らなかったですよね?』
精霊の疑いは尤もだった。だが、その点についてはレオナルドも答えに困ってしまう。
「そこなんだよなぁ。今の俺にとって一番重要なレオナルドについてはわからないことが多くて……。今話しててあらためて思ったけど、追加分以外は本当にやり込んでて、細かい部分はうろ覚えのところがあるとしても、今でもほとんど憶えてるんだ。それなのに、どういう訳か精霊さんのことも含めて、レオナルド関連の情報は最低限しか明かされてなくて、重要なことがすっぽり抜けてる気がするんだよ。まあ所詮敵役なんだから詳しい描写がないのもおかしくはないんだけど、それにしては伏線回収しきれてないっていうか、違和感があるっていうか……。ゲームでは、そもそも契約って言葉も出てこなかったんだ。レオナルドに宿った精霊さんが人間を憎んでて、レオナルドに人間を殺させようとその精神を汚染したってなってるけど、憎んでる理由も、どうやって精神を汚染したのかも具体的にはわかってないし……。だから精霊さんの過去はもちろん、話ができるってことも知らなかったし、霊力のことも知らなかった」
レオナルドは苦笑しながら正直に話した。
『私があなたの精神を汚染したというのは聞き捨てなりませんね。そんなことする理由が私にはありません。ゲームのあなたが勝手におかしくなっただけなのでは?でなければ随分と雑な内容だったんですね』
レオナルドの言葉を受けて、精霊は辛辣な評価を下す。精神を汚染する理由がない、精霊がそんなことを言うなんてとレオナルドは目を丸くした。
「そうなの!?それこそ驚きなんだけど……。確かにゲームのレオナルドは劣等感の塊みたいな感じだったけどさ……。ただ、雑な内容なんてことは絶対ないよ。主人公側は見事な伏線回収もたくさんあったし、心理描写とかも丁寧でさ。全体的にすごいよくできたいい作品なんだよ」
レオナルドは、敵役であるレオナルド周りに不明瞭なところがあるだけで、メインである主人公サイドは素晴らしいのだと訴えた。
『……なるほど』
今のやり取りで何か思うところでもあったのか、そう言ったきり、精霊は黙ってしまった。
しばらく待っていたレオナルドだが、精霊が何かを言う雰囲気がないため、自分から口を開いた。
「……ま、俺が精霊さんのことを知っていた理由はそんなところかな。納得してもらえた?」
『……ええ。あなたが嘘を言っているようには聞こえませんでしたので。信じ難い内容でしたが、理解しました』
「そっか。よかった」
精霊の言葉に、とりあえず約束は果たせたとレオナルドはほっと安堵した。
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