ミレーネの動向
時は少し遡る。
レオナルドと別れたミレーネは急ぎ屋敷へと戻った。
そしてすぐにフォルステッドの元へ行く。
執務室にはフォルステッドと筆頭執事であるサバスがいた。サバスは老齢で、髪も白髪だが、姿勢はピンと伸びており、まさに執事の鑑といった印象の老紳士だ。
「どうしたミレーネ?シャルロッテ様のお茶会に行ったはずであろう?」
「旦那様、突然申し訳ございません。至急お伝えしなければならないことが」
「何だ?」
ミレーネは焦る気持ちを抑えて、セレナリーゼが連れ去られたこと、そのときの賊の発言からわかったこと、その後をレオナルドが追ったことを説明した。
(馬鹿な……!?)
説明が進むにつれ、フォルステッドの表情が険しくなっていく。サバスも隣で難しい表情をしている。場の空気が重くなり緊張感が高まっていた。
(セレナリーゼを欲しがっている?誰が?何の目的で?なぜ今日なのだ?予定を知っている者?……いや、賊の嘘ということもあり得るか。それにレオナルドはどうやって賊を追っている?)
フォルステッドは高速で思考を巡らせるが、情報が少なすぎて答えは出ない。
「…サバス」
話を聞き終えたフォルステッドは思考を中断した。
「はい。すぐにジーク殿をお呼びします」
ジークとは、公爵家の騎士団長、ジーク=スヴェートのことだ。
名前を呼ばれただけで、サバスはフォルステッドの意図を察した。余計なことは何も言わず、一度丁寧にお辞儀するとすぐに廊下に出てメイドに指示を出し戻ってきた。
「問題はどうやってレオナルドとセレナリーゼの居場所を掴むか、だ。サバス、レオナルドの言うように魔力探知で見つけられると思うか?」
「王都内だとしてもセレナリーゼ様を特定して捜しだすのは難しいでしょう。王都外に出られていたら絶望的かと」
魔力探知は身体強化魔法と同じく一般的な魔法で、一定以上の魔力を持った者に反応し、その者のいる方向というか位置がある程度わかるというものだ。使用者によってその精度が異なるものの、それがこの世界における常識だった。
「だろうな……。レオナルドは魔力探知の理解が浅すぎる」
サバスの言葉は自分の考えと一致し、フォルステッドはわずかに顔を顰める。どうすれば居場所がわかるのか、いい方法が思い浮かばず焦りばかりが募っていく。
(やっぱり……)
フォルステッドとサバスのやり取りを聞いていたミレーネは、自分の感じていた違和感が正しかったと知る。魔力探知ではセレナリーゼを見つけることは困難なのだ。それなのにレオナルドは騎士が来てくれると確信している様子だった。いったいどうして?その理由がわからない。フォルステッドの言う通りただ理解が浅くてそんな指示を出した?ミレーネにはとてもそうとは思えなかった。……一つだけ、あり得ないことを前提にすれば理解はできてしまうが……。ただその可能性を考えてしまったからこそ、レオナルドと別れる前にミレーネは一つだけ魔法を使っていた。
「ええ。ですが魔法の勉強はまだ始まっていなかったはずです。それを考えれば魔力探知のことを知っていただけでも―――」
「そんなことはわかっている」
本人は魔法を使うことができないというのに、知識を得ようと独学で魔法の勉強をしていたのだろう。だが、そんなレオナルドの気持ちを想像しつつも、そのせいで現状追いかける手立てがないことに、フォルステッドは思わず声が低くなってしまった。
「失礼致しました」
サバスが一礼すると、
「あの……旦那様」
今まで黙っていたミレーネが覚悟を決めた表情で声を発した。
今は緊急事態。レオナルドとセレナリーゼの命がかかっている。人の温かさを教えてくれた二人を自分だって助けたい。だから自分から切り出すべきだと考えたのだ。大丈夫。言い訳の用意はできている。
「どうした?」
「私はレオナルド様が追いかけると決められたときに魔力探知をしました。近くに大きな魔力は他になかったので、セレナリーゼ様がどちらに向かったのか大まかにはわかっています。ですので、そちらに進みながら何度か魔力探知を繰り返せばあるいはセレナリーゼ様の元へと辿り着けるかもしれません」
「わかるのはそのときの方向くらいだろう?もう時間が経ってしまっている」
「はい。ですので、何度か魔力探知を繰り返せば、と。感覚的なものですが、セレナリーゼ様の魔力の大きさは王都でも有数です。先ほど感じた魔力が探知に反応すればわかると思います」
「そんなことが?」
フォルステッドは目を見張り、サバスは黙ってミレーネを見つめている。感覚的なものであろうと、これほど人の多い王都で個人の魔力を特定できるというのは相当の精度だ。にわかには信じがたい。
「はい」
だが、ミレーネははっきりと頷いてみせた。その様子からフォルステッドはミレーネの本気度を感じ取る。
「……なるほど。王都内であれば可能かもしれないということか。すると問題は時間、だな」
フォルステッドは話しながら考えた。王都外に出られては対象範囲が広大になり過ぎる。それに大きな魔力を持った魔物が数多くいる。いくら本当に精度が高くてもセレナリーゼの魔力を辿るのは困難だろう。
王都内で何としても見つける必要がある。
「わかった。探索にはミレーネも加わってくれ。…しかし、結果としてはミレーネに報告させたレオナルドの指示が最善だったということか。まるで我々がこうするとわかっていたみたいではないか」
「……はい。私もそう思います」
フォルステッドは半分冗談のように言ったが、ミレーネは神妙な面持ちで同意を示した。
それから間もなく騎士団長のジークがやって来て、話はとんとん拍子に進んだ。
皆が時間を惜しむように準備している間に、フォルステッドはシャルロッテ宛に文を書いた。急きょ二人が行けなくなったことを謝罪する内容だ。そして後日、直接謝罪する場をいただければとしたためた。今回のことを正直に書くことはない。
それをサバスに渡し、早急に王城にいるシャルロッテへと届けさせた。
そうしてジークとジークが選出したアレンを含む少数精鋭の騎士五人とともにミレーネはセレナリーゼ達の捜索に出た。
移動は帰りのこともあるため、馬車を一台、その中にミレーネとジークが乗り、御者席に騎士が一人、他の騎士四人は馬に乗っている。
まずはセレナリーゼが連れ去られた現場で魔力探知をしたときにわかっているところまで進む。そしてミレーネがあらためて魔力探知を使う。その後も何度も止まっては、確認しながら進んでいく。騎士達も状況はわかっているため焦る気持ちを抑えていた。
ミレーネは彼らのそんな焦燥感をひしひしと感じ申し訳なく思っていた。この魔力探知に意味なんてないから。
そうして確実にセレナリーゼに近づいていたミレーネ達だったが、その途中、馬車の中でミレーネが一瞬顔を強張らせた。
ジークがすぐに気づき、どうしたのかと尋ねるが、ミレーネは謝罪するだけで何も答えなかった。ただ、その後のミレーネは誰よりも顔に焦りの色を浮かべていた。
その後、ミレーネ達は貧民街へと行き着いた。馬車を降りたミレーネ。
「ここなのか?」
ジークが険しい表情で確認する。
「はい」
ミレーネが緊張した面持ちで肯定すると全員の警戒度が上がる。ここはそういう場所だ。馬と馬車の番に騎士を一人残し、皆で貧民街の中を進んでいくと前方からレオナルドが歩いてくるのが見えた。
ジークがすぐに駆け寄っていく。一同の間に安堵が広がりジークに続くようにしてレオナルドに駆け寄る。
(よかった……)
その中でもミレーネの安堵は一入だった。自分の感じたものは杞憂だったのだと。
だが、近くで見たレオナルドの姿に息を呑む。傷だらけの体、アレンがセレナリーゼを引き取った後に見えた背中の大きな傷。
「皆を連れてきてくれてありがとう」
そんな中でレオナルドがミレーネにお礼を言ってきた。
「っ、……レオナルド様はやはり……」
それに対し、ミレーネはまともに応えることも、謝ることもできなかった。ただ驚きに満ちた呟きを漏らすことしか。
レオナルドから返ってきたのは小さな笑みだった。
やはりレオナルドは自分の秘密を知っているのだろうか。知っていて忌避することなくそんな風に笑うのか。怖くて確認なんてできない。だが、そうだとしたらいったいなぜ知っているのか。誰にも知られないように隠してきたというのに。
その後すぐにレオナルドは気を失ってしまい、ミレーネは心の中が疑問や不安、心配でいっぱいになり息苦しかった。
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