D・L・S
研究室に着くと、アリシアは先にレオナルドとヘスティを中へ促し、自身は最後に入室して扉を閉めた。
「で?こんなところに連れてきた理由は?さっさと終わらせてほしいんだけど?」
扉に背中を預け、腕を組んだヘスティがアリシアに厳しい視線を向けながら、いきなり口を開く。
「せっかちだなぁ、キミは。とりあえず座ったらどうだい?」
「……ワーヘイツ先生。いったいどこに座るんですか?」
呆然と立ち尽くしていたレオナルドが、アリシアの言葉に疑問を呈する。
研究室内は本や資料があちこちに散乱し、また床のそこかしこに積み上げられており、歩くのにも苦労しそうなほど酷い有様だった。
「…………」
レオナルドの疑問にヘスティは沈黙し、
「ん?……ああ」
アリシアは不思議そうに小首を傾げたが、すぐに何かに気づいたのか室内をすいすいと歩いていくと、一部の本や資料を無造作に重ねたり乱暴に床に置いたりして、ソファの座面を露わにした。すばらしい荒業だ。
「さ、二人ともここに座ってくれ」
ニッコリ笑って言うアリシアに、レオナルドが引き攣りそうな顔を何とか抑え、「はい……」と返事をし、資料などを踏んだり崩したりしないよう勧められたソファへと慎重に歩を進める。
ヘスティはそれを見て「チッ……」と小さく舌打ちした後、盛大なため息を一つ吐くと、レオナルドの後に続いた。
ヘスティとレオナルドが並んで座り、その正面にアリシアが座る。
ちなみに、ヘスティは足と腕をそれぞれ組んだ姿勢で、レオナルドは少し肩に力が入っているがあくまで自然体で、アリシアは足をプラプラさせながら、だ。
「さて、何から話そうか……。そうだな、まずは私の研究内容からにしよう。私はね、歴史を研究している。ムージェスト王国って意味じゃないよ、世界の歴史だ。キミ達は不思議に思ったことはないかい?神聖暦。今からちょうど千年前に神が世界を創造たとされている。けど、じゃあその前は?世界は無かった?きっかけは子供の頃に抱いたちょっとした疑問だったけど、どうしても答えが知りたくてね、私はこれをずっと調べ続けているんだ」
「そうですか」
ヘスティは無言だったが、レオナルドはこのタイミングで気のない相づちを打った。
レオナルドとしてはすでに知っていることだったからだ。
だが、これがいけなかった。
「そうですか、だって?レオナルド、キミは私の研究内容を聞いても馬鹿馬鹿しいと思わないのかい?」
アリシアはそんなレオナルドに探るような訝しげな目を向ける。
「え?」
「自慢じゃないけどね、国からは無意味なことに時間を費やすんじゃなく、もっと有意義なことを研究するよう言われてるよ。馬鹿げたことはいい加減止めろってね。おかげで研究資金はほぼ自前なんだ。私には甘々な両親からもやんわりと研究ばかりしてないで早く結婚したらどうかって勧められるくらいさ。ま、すべてのらりくらりと躱してるけどね。ただ、それが世間の一般的な反応だということは自分でもわかってる。それなのにキミは今、すんなりと受け入れたね?」
「あ……、いえ、えっと…十分に驚きましたよ?けど、自分の先生がしている研究なんですから馬鹿になんてできませんよ」
自分が反応を間違えたと理解したレオナルドは動揺したが、何とか言い訳を並べ、乾いた笑いで誤魔化そうとした。
ゲームでは最後までこの研究に進展はなかったので、レオナルドとしてはあまり興味がないというのが本音だ。
むしろ、ゲーム的には結婚の方が重要だったりする。アリシアルートのメインイベントは望まない結婚を強いられた彼女を主人公が結婚式の場で新郎から奪い去るというものだから。
だがサブヒロイン故か、他ルートでは結婚話なんて一切出てこず、普通に教師を続けていた。だから現状、レオナルドは正直これも自分にはあまり関係ないと思っている。
「ふぅ~ん。まあ今はそういうことにしておこうか」
これ以上の追及がなさそうでレオナルドはそっと安堵すると、どこに地雷が潜んでいるかわからない、と気を引き締め直した。
「それで続きだけどね、神聖暦の始まりについて書かれた文献はあっても、それ以前の世界がどんなものだったか、具体的に記された文献は現在まで一つも見つけられていない。だから少し発想を変えてみたんだ。そこで目をつけたのが聖教さ。何て言ったって世界を創造た神というのはそのまま聖教が信仰する神だからね。私が手に入れられた資料は決して多くはないけど、そこからいくつかのことがわかったんだ。そして私はムージェスト王国の成り立ちについても気になる点を見つけた。本当に面白いよ。世界の中心は間違いなく聖教なんだ。そうして調べていく過程でさらに色々と驚くべき新発見があってね、新しい出会いも―――」
「いったいいつまで続くのそれ?もういい加減本題に入ってほしいんだけど?」
自分の専門分野だからだろう、嬉々として早口でまくし立てるアリシアをヘスティが遮った。
それに気を悪くした様子もなく、アリシアはヘスティの要望に応えるべく続ける。
「ああ、そう言えばキミ達をここに連れてきた理由だったね。では、単刀直入に言おうか。キミ達には週に二回でいい、授業終わりにここで過ごしてもらいたいと思ってる」
「断る」
ヘスティは間髪入れずに断言し、話は終わったとそのまま立ち上がるが、
「待つんだ、ヘスティ」
アリシアが笑みを浮かべながらヘスティを留めた。
「言い方が悪かったかな。別にお願いしてる訳じゃないんだよ。これは決定事項なんだ。さ、座って?」
ヘスティは機嫌が悪いことをありありと表情に出しながらも、アリシアの言葉に従い、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「決定事項ってどういうことですか?なぜ俺達が?」
仕方なくレオナルドが問いかけた。その決定が覆ることはないのだろうと諦めながら。
これではまるでアリシアルートの主人公みたいだ。いや、それも少し違うかもしれない。ゲームの展開はこんな強制的ではなかったし、そこにヘスティはいなかったのだから。
「そうだね。じゃあ、まずはヘスティ。キミは入学以来いつも独りでいるよね?」
「それがどうした。私はそうしたくてしてるだけだ」
「わかってるよ。その考え自体は尊重したいし、私も嫌いじゃない。けどね、担任としてはそういう訳にもいかないんだよ。孤立しているのを放ってはおけない。所謂居場所づくりってやつさ」
「何だそれは!?私はそんなこと求めてないだろ!」
「ん~、これはキミにとっても悪い話じゃないんだけどなぁ。もう少し私を信じてほしいね。それに肩の力を抜ける場所、気を許せる相手というのは必要だよ?それとも、ここに来るのが嫌だからと友達を作るかい?」
「くっ……」
ヘスティは苦虫を嚙み潰したような顔になりながらも言葉を続けられなかった。
今にもヘスティが爆発してしまうんじゃないかとレオナルドはヒヤヒヤする。
ゲーム通りならヘスティの性格は男勝りというか猪突猛進というか、そんな感じなのだ。
「あの…、俺は一応友達できましたけど、どうして俺まで?」
ヘスティのことを気にしながらもレオナルドは自身のことを尋ねずにはいられなかった。少し言い辛そうなのは、自分で友達などと言うのが恥ずかしかったからだ。
「ああ、レオナルドはまた別だよ。キミには私の研究を手伝ってもらいたいんだ。見ての通り人手が足りていなくてね」
「なんで俺が……?」
レオナルドの頭の中は疑問でいっぱいだった。
やっぱり少し違う。確かにアリシアルートの主人公もよく研究室に行くようになるが、お喋りしたり、たまに雑用をしたりするくらいで、決して研究の手伝いなんて感じではなかったはずなのだ。
それに、そもそもレオナルドはアリシアの研究と全く関係がない。聖教やムージェスト王国を調べているなんて情報はゲームになかったはずで、その点には少し興味を持ったが、それだけでしかない。
「理由は四つある。キミ、入学前にやった筆記試験の、自分の成績を知ってるかい?」
「いえ。だって結果は発表されてませんよね?」
「そっか、そうだったね。じゃあこれはこの場だけの話だけど、キミは圧倒的な一番だったんだよ。今年のって意味だけじゃないよ?歴代の中でもキミは群を抜いているらしい。教師側でちょっとした騒ぎになってたんだ。ちなみに今年の二番はキミの妹だった。すごいね、キミら兄妹は」
「そう、だったんですか……」
試験に手応えはあったが、まさかそこまでとは思ってもみなくてレオナルドはただただ驚いてしまう。
「こいつが……!?」
一緒に聞いていたヘスティが小さな声で呟いた。その声にレオナルドがチラリと視線を向けると、彼女は信じられないといった様子で目を見開き、レオナルドの顔をまじまじと見ていた。
「そんなキミの知識や思考力はもちろん、それらを土台にした発想力には十分期待できると思ってね」
「なるほど……?」
相づちを打ったレオナルドだが、その顔は全然納得していなかった。
言いたいことはわかったが、自分にメリットが全くないどころか、デメリットしかないように思えるからだ。ただし、レオナルドの考えるデメリットの大半は、アリシアがサブヒロインであるということに起因するので口には出せない。
「で、二つ目は単純にキミを気に入ったからだね」
「?それはどういう……?」
これまた意外なことを言われ、レオナルドは首を傾げた。
「自己紹介のときにキミが言った目標、面白かったからよく憶えてるんだ。あれは傑作だったよ。この国の貴族らしくなくて実によかった。それに、キミはある意味有名だからね、境遇については私も少し知ってるが、腐った様子も全くなくて、俄然興味を惹かれたんだ」
「はぁ…。ありがとう、ございます?」
わかったようなわからないような、といった様子でレオナルドは曖昧に返事をすることしかできなかった。
「くくっ。さて、三つ目の理由だけど、キミがフレイ=ルミナストと仲が良さそうだということだね。キミ、彼女と夜会で踊ってただろう?そして、彼女が踊ったのはキミとだけだった」
「……よく見てましたね。でもそれが何か?」
「さっき言ったろ?私は聖教についても調べてるんだ。だから、聖女である彼女の話もぜひ聞きたくてね!キミがいれば彼女も協力してくれるんじゃないかと思ったんだよ!」
アリシアはさっきまでと明らかに違って言葉に熱がこもっていた。姿勢も少し前のめりになっている。
「……色々言ってましたけど、もしかしてそれが本命の理由ですか?」
「ハハハッ、否定はしないよ」
レオナルドがジト目を向けるが、アリシアは動じるどころか開き直ったように笑ってきた。
その様子にレオナルドは深いため息を吐く。
「俺がいるからって協力を得られるとは限りませんよ?それに、フレイの意思に反することとか、迷惑をかけることとか、そういうことは絶対にしませんからね?」
「ああ!わかってる!もちろんそれでいいよ!」
レオナルドは、にんまりとするアリシアを憎たらしく思った。
「……それで四つ目は何ですか?」
そんな気持ちをぐっと堪え、もう早く終わらせたくて自分から訊くレオナルド。
「それはまあ追々ってことで。とりあえずキミに手伝ってほしいってことはわかってくれたかな?」
「……わかりました」
なぜか四つ目をアリシアに暈されたレオナルドの声には疲れが滲んでいた。正直、四つ目の理由なんてどうでもいい。茶目っ気のつもりか何か知らないが、面倒くさいとすら思っていた。
けれどレオナルドにはまだ一つだけ確認したいことがある。
「最後に一つだけ教えてほしいんですけど、フレイのことが本命なら同じクラスにいる仲の良い人の方がいいんじゃないですか?例えば、俺の妹のセレナとか。シャルロッテ王女殿下もいらっしゃいますし。それに、そう、後はアレクセイ=スヴェイトとか」
最後に出した名前がレオナルドの最も確認したい人物だ。
「確かに一緒にいることが多いみたいだね。ただ…、殿下は論外だけど、彼らを関わらせるのもこちらから遠慮したいんだよ」
アリシアの言葉はレオナルドにとって意外なものだった。ゲームの登場人物達を遠慮したいなんて。
「どうしてですか?」
「単純な話さ。王族に具体的な内容を知られたくない。今までどおり進展が全くないと思っててほしいんだよ。だから殿下と親しい子は当然駄目だし、この国の価値観にどっぷりな子は私が無理だね。まあさっき会った感じから、セレナリーゼならいいかもしれない。けど、あのアレクセイとかいう男子は色んな意味であり得ないな。一応言っておくとフレイについても同じだよ。人間性を見て判断するつもりだから」
このとき、アリシアの目は笑っていなかった。少なくともレオナルドにはそう感じた。
「そう、ですか……」
そして、気になる点があったというのに深く聞けなかった。
すると、アリシアから感じた圧のようなものがサッと霧散する。
「これで納得してもらえたかな?」
「納得は…正直できてませんが、週に二回こちらに来るようにします」
「そうか!そう言ってもらえて嬉しいよ。実はさ、夜会のときからキミを狙っていてね。キミのクラスが決まったとき、自分から担任に名乗り出たんだよ。いやあ、本当、無駄にならなくてよかったよかった!」
「っ!?」
アリシアが笑いながら語った衝撃の事実にレオナルドは固まる。
まさか、ゲームと担任が違っていたのが―――。
『なるほど。結局、だいたいレオのせいってことですね』
今まで黙っていたくせに、ここに来てステラの切れ味鋭い痛烈な総括がレオナルドの頭に冷たく響いた。
「えっと…、俺の方は終わったけど、フォーレは本当にいいのか?」
咳払いを一つして、気を取り直したレオナルドはヘスティに確認する。
「……ヘスティでいい。良いも悪いもあるものか。仕方がないだろう、拒否権はないって言うんだから」
「へぇ」
表情は不機嫌なままなのに、素直に従うことが何だか可笑しくてレオナルドは思わず笑みを浮かべていた。
「なんだその顔は?あまり調子に乗るなよ。フォーレと呼ばれるのが単に好きじゃないってだけなんだからな!」
そんなレオナルドの笑みを、ヘスティは自分が名前呼びを許したからだと思ったようだ。ただ、レオナルドにはヘスティが突然よくわからない理由で怒りだしたようにしか見えなかった。
「え?いや、うん?ごめん……?あ、そうだ、俺のこともレオでいいから」
「……ふん」
「それじゃあ私も、キミ達には特別にアリシアと呼ぶことを許してあげよう!どうだいレオ?ヘスティ?嬉しいだろう?」
「「…………」」
一人、子供のように無邪気で楽しそうなアリシアの様子に、ヘスティとレオナルドは揃って心の底から呆れるのだった。
お読みくださりありがとうございます。お待たせしてしまいすみませんm(__)m
今回は区切りの都合で少し長くなってしまいましたが、大丈夫でしたでしょうか。
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