呼び出し
「おわりましたねぇ……」
本日最後の授業が終わり、教師が退出すると、ザンクは全身の力を脱力させ、へなへなと机に突っ伏した。
「ふあぁ~。だなぁ。正直、毎日授業を受けるってのがこんなに疲れるとは思わなかったぜ……。マジで怠ぃ」
ザンクの隣に座るシドが大きな伸びをしながら反応する。
「いやいや、疲れって……。シドは授業中ほとんど寝てただろ?それも毎日」
続いて、シドの隣に座るレオナルドが呆れを隠そうともせずツッコんだ。
「わかってないなぁ、レオは。長時間じっと座ってるだけで疲れるもんなんだよ。実習も得意じゃないが、体を動かせる分まだマシだな」
「それは確かにそうかもです。レオ君は全然きつそうじゃないですよね?」
「勉強は家でもずっとしてたから大丈夫だけど、俺もそれなりに疲れてるよ」
レオナルドは苦笑しながら答える。
学園に入学して早くも三日目が終わろうとしていた。
不慣れな新生活は毎日が慌ただしく、あっという間に過ぎていったが、言ったとおりレオナルド自身少し疲労を感じている。
勉強そのものは苦ではないが、自分の家で勉強と鍛錬をしていたときと違い、他人がいる空間というのはそれだけで気疲れしてしまうようだ。
「かぁ~、さっすが公爵家。けどレオってなんていうか、そういうの鼻にかけないよな」
「僕もそう思います。高位貴族ってもっと無駄に偉そうな人ばっかりだって思ってたので最初話しかけるときとか実は結構緊張してたんですけど、レオ君は全然違いますよね」
「実際、俺自身は偉くもなんともないから。……でも、生まれを自分の力だと思ってる人は確かに多いかもな」
「なぁんか、すっげー実感こもってないか?絶対具体的に顔浮かんでるだろ?」
「誰ですか?誰にも言いませんから僕らにだけ教えてください」
「んなことないって。あくまで一般論だよ。ってか、二人は今まで家で勉強とかしてこなかったのか?」
「思いっきり話変えたな。ま、いいや。俺は子供の頃姉貴に基礎を教えてもらったくらいだな。ザンクも同じ感じだろ?」
「ですね。僕は兄でしたけど。田舎の男爵家に、後を継ぐわけでもない子供にまで教育のお金をかける余裕なんてないですよ」
「だよな。畑の手伝いばっかさせられてたぜ」
「あ、それ、僕も同じです」
「そっか。そうだったんだな」
あっけらかんと言っているが内容はかなりシビアだ。同じ貴族と言えど自分とは全く環境の違うシドとザンクの話を聞いて、自分がいかに恵まれていたのかを再認識するレオナルドだった。
「けど勉強には早く慣れないといけませんね。試験もありますし。シド君もですよ?」
「そんなの大丈夫だって。何とかなるさ。そんなことより折角の学園生活、二年間目一杯楽しまないと損ってもんだぜ。な?レオ」
「そうだな」
そんな風にレオナルド達が三人で話していると、アリシアが教室に入ってきた。
アリシアは淡々と連絡事項を伝えると、
「みんな、今日も一日お疲れ様。新生活が始まったばかりで疲れも溜まっている頃だろう。けど、明日は休息日だからね。ゆっくり休むなり、気分転換するなりして、また来週、元気な姿を見せてくれたまえ」
最後に締めの言葉を生徒達に告げた。
これで終わりと教室内の空気が一気に緩む。
そのとき、アリシアが軽い調子で言葉を続けた。
「あ、そうそう。レオナルド=クルームハイト、ヘスティ=フォーレの二人はこの後、私の研究室に来てもらうからね」
瞬間、何事かと生徒達の目がレオナルドとヘスティに向けられる。
「は?」
驚きの余り言葉が出ないレオナルドだが、頭の片隅ではステラが無言でいることを理解しており、居たたまれない気持ちが湧いてくる。呆れているに違いないからだ。
「おい、レオ。いったい何やらかしたんだ!?」
「いや、俺は何も……」
「まさかレオ君もワーヘイツ先生のこと子供扱いしちゃったんですか!?チビとか幼児体形とか言っちゃったんですか!?すでに何人もの男子が恐怖を叩きこまれたって噂ですよ!?」
「お前、なんて大それたことを……」
「そんなことしてないって!ってか直接話したこともないわ!」
「ま、フォーレも一緒だって言ってるんだから何か用事でもあるのかもな」
「彼女、ワーヘイツ先生のことめちゃくちゃ睨んでますよ……」
「うお、マジだな。こっえ~」
ザンクとシドにつられてレオナルドもヘスティに視線を向ける。ヘスティはとても不機嫌そうだ。
「なんにしたって担任からの呼び出しなんだ。断れないだろ?潔く行ってこい」
「週明けに話くらいは聞いてあげますから!」
何とも友達思いな言葉にジト目で返したレオナルドは、続けて、疑問や不安、苛立ちなど様々な思いをため息一つで呑み込むと、
「いったい何だってんだよ……」
一言呟き、アリシアのもとに向かうのだった。
笑顔のアリシアを先頭に、レオナルドとヘスティが並び、研究室へと歩いている。
ヘスティはしかめっ面を隠そうともしていない。しかも、教室からずっと黙ったままだ。
一方、レオナルドは難しい顔をしていた。気落ちしつつも、ステラに言い訳やご機嫌取りをしながら、同時にゲームの内容を思い出すという器用なことをしていたからだ。レオナルドの頭は現在フル回転だった。
だからこそ気づけなかった。今の自分達が悪目立ちしていることに。そしてそんな自分を見つけ駆け寄ってくる者の存在に。
「レオ兄様!」
レオナルドがその声に足を止め、顔を向けると、
「セレナ」
笑顔で近づいてくるセレナリーゼと目が合った。
そして、レオナルドのすぐ近くで立ち止まる。アリシアとヘスティも足を止めた。
セレナリーゼがレオナルドと一緒にいる二人に目をやる。
「どうした?」
レオナルドは首を傾げた。本当にどうしたことだろう。最初は確かに普通の笑顔だったはずなのに―――。
「ふふふっ……レオ兄様は随分と学園生活をお楽しみのようですね?」
今は目が笑っていないように見えるのだ。
「は?どういう……」
レオナルドにはセレナリーゼの言葉の意味がわからなかったが、なぜだか本能的にこれはマズいやつなのではと感じた。何か変なスイッチが入ってしまったような……。
「今週一度も私に会いに来てくださらなかったのは、こんな綺麗な女の子とお友達になったからですか?それにこんな小さな女の子まで……。いったいどこで知り合ったのでしょう?」
「なに?」
「ん~~~?」
続けられたセレナリーゼの言葉に、しかめっ面を深くしたヘスティが怒気のこもった低い声で反応し、アリシアが笑顔のまま固まり今にも青筋を立てそうになっている。
「ち、ちょっ、セレナ!?いきなり何言い出すんだよ!?」
「何か?」
一見穏やかに微笑んでいるだけに見えるセレナリーゼ。だが先ほどから言動に、才色兼備の淑女らしからぬ棘が含まれているのはなぜなんだ。
レオナルドは一人、現状に慌てる。
セレナリーゼはヘスティのことを知らない。
それに、まだアリシアの授業を受けていないのだろう。入学式では他の教師達と一緒に端で並んでいたのだが、小さい彼女には気づかなかったようだ。
会場にいること自体はわかっていたレオナルドも同じだったのでそれは責められない。
だから仕方のないことなのかもしれないが、ヘスティとアリシアの様子に気がついてほしい。
「はぁ……。この人はアリシア=ワーヘイツ先生。俺の担任だよ。それから彼女は同じクラスのヘスティ=フォーレ。セレナが何を考えてるかわからないけど、今週は学園も始まったばかりで、さすがにバタバタしてただけだから」
「っ、も、申し訳ございません。私ったら失礼な物言いを……」
セレナリーゼは、ハッと我に返った様子で頭を下げた。
「で、彼女はセレナリーゼ=クルームハイト。俺の妹です」
「申し遅れました。セレナリーゼ=クルームハイトです」
「ふん」
自己紹介を終えたセレナリーゼに対し、興味はないと言わんばかりにヘスティは鼻を鳴らすとそっぽを向いた。
「くくくっ、なかなか面白い子のようだね。いいよ、今回は水に流してあげよう。私は寛大だからね。ただし、次はないよ?」
アリシアも釘をさすだけで許した。
正直、少なくとももっと文句を言ったり怒り出したりすると思っていたため、レオナルドとしては意外だった。
「はい。本当にすみませんでした……。あの、レオ兄様はこれからお二人とどこかに行かれるのですか?」
「ああ、二人にはこれから私の研究室に来てもらうんだよ」
セレナリーゼの疑問にアリシアが答える。
「研究室に?」
いったいなぜ、そんな新たな疑問がセレナリーゼの頭に浮かぶが、そこに一人の男子生徒が介入してきた。
「セレナ。いないと思ったらこんなところにいたのか。みんな待ってるよ?」
やって来たのはアレクセイだ。レオナルド達のことなど眼中にないのか見向きもしない。
振り返って後方に向けたアレクセイの視線の先には、彼らのクラスメイトであろう生徒達が集まっていた。その中にはシャルロッテやフレイ、シルヴィアの姿もある。
待たせていいメンバーではなかった。
「予定があるんだろ?行っておいで」
だからレオナルドからも促す。
「はい……。あの、レオ兄様。ミレーネから聞いていると思いますが、十三日は絶対空けておいてくださいね?」
「ああ、わかってる」
レオナルドとしては嬉しいやら照れ臭いやら、だ。だってその日は自分の誕生日なのだから。
「それでは失礼します」
セレナリーゼはレオナルドの返事に一度頷くと、レオナルド達三人に向かって頭を下げた。それに倣ったのか、アレクセイもペコリと小さく頭を下げ、二人は離れていった。
「じゃ、私達も行こうか」
「はい」「…………」
アリシアの言葉にレオナルドだけが返事をする。
こうしてちょっとしたハプニングはありつつも、レオナルド達三人はアリシアの研究室へと向かうのだった。
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