クラス表
(こいつは参ったな……。まさかこうなるなんて)
クラス表を見たレオナルドは複雑な表情を浮かべた。
『確かに想定外ですが、こんなもの些細な違いでしかありません』
(……本当にそう思ってるか?)
ステラがあまりに強く断言するため、レオナルドは却って疑わしく感じてしまう。
『…………いい傾向だと思いましょう』
(間が気になるんだけど?)
『そんなことよりどうもセレナリーゼの様子がおかしいですよ』
(絶対話逸らしてるよな?)
ステラにツッコミながら隣にいるセレナリーゼに目を向けたレオナルドは困惑した。
「そんな……」
クラス表を見ていたセレナリーゼががっくりと肩を落としたのだ。そのまま四つん這いになりそうな勢いだ。さすがにこんな人の多い場所でやらないとは思うが、そう感じさせるほど落ち込んでいるようにレオナルドには見えた。
「え~っと……セレナ?」
セレナリーゼらしくない、奇行とも言えるような突然の態度に訳がわからず、名を呼びかけるくらいしかできないレオナルドだが、
「…………」
その声も耳に届いていないのか、セレナリーゼは呆然としているようだ。
(本当にどうした!?)
レオナルドは本気で心配、というか混乱した。
そのとき、
「セレナリーゼ様……。お気を確かに」
そんなセレナリーゼにミレーネがそっと寄り添った。
「ミレーネ……」
肩を支えるように触れられたからか、セレナリーゼが反応を示し、ミレーネへと顔を向ける。
「……セレナ?」
それを見てレオナルドは窺うようにしてあらためて声をかける。
「レオ兄様……」
ようやくレオナルドの声にも反応し、目を向けてくれた。
だが、どうしたことだろう。セレナリーゼの目が潤んでいる。いよいよ只事ではない。
「とりあえずここから少し離れようか」
クラス表の周囲には他に何人もの生徒がいる。
レオナルドとしても気になる内容ではあったが、明らかに様子がおかしいセレナリーゼを今は優先することにした。
「はい……」
そうして場所を移動したことが功を奏したのか、セレナリーゼが少し落ち着いたように見えたレオナルドは、
「セレナ。大丈夫か?」
気遣うような目を向けながら尋ねた。
「はい……。取り乱してしまいすみませんでした」
セレナリーゼはレオナルドに顔を向け、か細い声で答える。
「いったいどうしたんだ?」
「……レオ兄様と違うクラスになってしまったので」
「へ……?そんなことで?」
絞り出すような声で言われた意外過ぎる理由に、思わずポカンとしたあほ面を晒すレオナルド。
だが、言葉選びが致命的に悪かった。
「そんなことなんかじゃありません!クラスは二年間変わらないんですよ!?」
沈んでいた気持ちが瞬間的にカッと昂ったようで、セレナリーゼから反射的に言い返されてしまう。
「あ、はい」
セレナリーゼの豹変ぶりにレオナルドは押され気味だ。
それを察したのか、セレナリーゼは意識して落ち着かせた口調で続けた。
「授業中はレオ兄様と顔を合わせることもなくなってしまったんです。今までは勉強するときだっていつもレオ兄様と一緒でしたのに……」
(ああ、そうか)
レオナルドはようやく納得した。これまで多くの時間を共に過ごしてきた自分がいなくなってセレナリーゼは不安なのだ、と。フェーリスからもちゃんと見ていてと言われたばかりだというのに気が回っていなかったと反省する。
「俺とは別々になっちゃったけどさ、セレナのクラスには、シャルロッテ様とかアレクセイとか、よく知る人もいるじゃないか。それにフレイとも親しくなっただろ?みんながいれば―――」
レオナルドは何とかセレナリーゼの不安を取り除こうとするが、
「そういうことではないのです!レオ兄様は何もわかっていません!」
どうやら再び感情を昂らせてしまったようだ。そして、むぅっと拗ねてしまった。
「お、おぅ」
そんな顔もセレナリーゼの美貌を損なうものではなく大変可愛いらしいのだが、こうなってしまった彼女の機嫌を直すのが大変なことをレオナルドは知っている。それに、彼女の言葉に若干傷ついてもいた。
助けを求めるようについ目がいってしまったミレーネまでもがやれやれといった様子で、セレナリーゼの言い分を正しいと思っていることは明らかだった。
この場にレオナルドの味方はいない。
すると、
「それとも、レオ兄様は私と同じクラスになれなかったこと、何とも思わないのですか?」
セレナリーゼは拗ね顔のまま、横目でレオナルドを見ながら追撃してくる。その目には何かを期待する色が含まれていた。
「いや、まあ……、ただこればっかりは学園が決めることだしなぁ」
レオナルドはどう答えたらいいかと頭に手をやりながらも、結局はただ事実のみを答えるに留めた。
セレナリーゼと違うクラスだった衝撃は一緒のクラスになると思い込んでいた自分の方が大きいだろうなぁ、と思いながら。
そう。ゲーム通りならレオナルドはセレナリーゼ、アレクセイ、シャルロッテ、シルヴィアそしてフレイと同じクラスなのだ。
こんなゲームの基本設定のような部分にも違いが出てしまうなんてレオナルドとステラにとっても完全に想定外だった。
だが、少し冷静になった今、客観的に考えればおかしいのはゲームの方だ。
入学前の試験にあった魔法実技。クラスは基本的にその成績に則る形で決まっている。今回レオナルドのクラスに彼女の名前があったことからも間違いない。
セレナリーゼ達のクラスはその魔法実技の成績上位者が集まるクラスという訳だ。魔法実技最優先の是非はともかくとして、正しく評価すればそこにレオナルドがいないことはむしろ当然だろう。
ゲームとの違いがあるとすれば、次期公爵ではないレオナルドには学園側も忖度する必要がないということなのかもしれない。
「むぅ……」
レオナルドの言葉が期待するものとは程遠かったようで、セレナリーゼの機嫌は全く直らない。
「そ、それにさ、合同の授業もあるし、授業以外ではいつでも会えるだろ?」
だからレオナルドは慌てた様子で言葉を加えた。これにセレナリーゼがポジティブな反応を示す。
「…約束ですよ?」
「ああ、もちろん」
レオナルドはこれを逃してはならない、と力強く頷くのだった。
これで気持ちに一区切りをつけたのか、レオナルドへの追及をやめたセレナリーゼは、しかし、はぁっと大きなため息を吐くと、ぽつりと呟いた。
「けど、あんなにたくさん祈っても、ささやかな願いすら叶わないのですね……」
セレナリーゼだってクラスは学園が決めることだなんてわかってはいるが、レオナルドと同じクラスになりたかった彼女は今日まで連日神様にお願いしていたのだ。
そして期待と不安を胸に、いざクラス表を見たら、レオナルドとは別のクラスだった。そのショックが思いの外大きかったのである。
セレナリーゼの呟きにいち早く反応したのはミレーネだった。
「セレナリーゼ様……。なんとお労しい」
ミレーネは同情せずにいられなかった。セレナリーゼの気持ちも、祈りを捧げていたことも知っていたから。自分だってセレナリーゼの立場だったら同じことを求める。
「……神はいないのかもしれません」
「そうですね。残念ながら私もずっと以前から神はいないと思っておりました」
「ちょ、二人とも!?」
二人から不穏な言葉が出てきて焦るレオナルド。
「ですが、今の私には他に信じるべきお方がいます。セレナリーゼ様はいかがですか?」
「ミレーネ……。確かに……、そうですね。その通りです。私ももう神を信じたりしません!」
「その意気です。セレナリーゼ様」
(キミら、こんなところでいきなりなんて話をしてんの!?)
何やらいい雰囲気で微笑み合う二人に対し、レオナルドは思わずきょろきょろと周囲を見回し、誰にも聞かれてはいないことを確認して安堵する。
『神……。確か人間達が信仰している聖教とやらで世界を創造したとされている者でしたね。そんなもの、信じる価値などないことには完全同意ですが?』
(そういうことじゃない!こんな話もし信者に聞かれでもしたら―――)
大事になりかねない。
神と言えば聖教の神しかあり得ない。そしてムージェスト王国民は聖教を信仰している。
彼らにとって神は存在しており、心の拠り所としている者も大勢いるのだ。
熱心な信者がいるかもしれない中で、神の存在否定という大変危うい会話を繰り広げる二人に、聞いているレオナルドの方がヒヤヒヤしてしまった。
しかもその理由がクラス分けの結果っぽいだなんてヤバすぎる。
『?そんなに問題のある内容とは思えませんが?まさかレオは神とやらを信じているのですか?』
(は?俺が信じてる訳ないだろ。魔力がないってわかったときに、そんな曖昧な存在は憎しみをもって否定したよ。それに前世でも信仰とかとは無縁だったみたいだしな)
『そうですか』
ステラとこんな神談義を続けてもいられない。
それより先に言うべきことがある。
「二人ともそういう話は他に人がいないところでしようか……」
これ以上神関係の話を続けさせる訳にはいかない、とレオナルドが窘めるように言葉をかけるが、二人からは、何を当たり前のことをとでも言いたげな、きょとんとした顔で返されてしまい、レオナルドにどっと疲れが押し寄せる。
そのときだ。
「おはよう、セレナ」
セレナリーゼに声がかけられた。瞬間、レオナルドの肩がビクッと揺れる。
そして三人は一斉に声の方へ顔を向けた。
「シャルさん。おはようございます」
セレナリーゼが挨拶を返す。声の主はシャルロッテだった。
「こんなところで何をしているの?」
シャルロッテは小首を傾げながら尋ねる。
「クラス表を確認して少し話をしていました」
「そうだったの。けれど、もうすぐ入学式が始まるわ。あちらに皆さんもいるのよ」
シャルロッテが示した先には、アレクセイ、シルヴィア、フレイの三人がいた。
レオナルドがそちらに目をやると、フレイと目が合った気がした。どうやらそれは気のせいではなかったようで、フレイが笑顔で小さく手を振ってきたため、レオナルドは小さな笑みを浮かべる。
「セレナも一緒に会場へ行きましょう?私達はこれからクラスメイトになるのだから」
「いえ、私は―――」
断りの言葉を言おうとしたセレナリーゼは自然とレオナルドを見てしまった。
そして、すぐにその視線の動きに気づいたシャルロッテは、
「いいでしょう?レオナルド」
敢えてレオナルドに確認を取った。
「もちろんです、シャルロッテ様」
確認と言っても、これは命令に等しく、シャルロッテ自身断られるなんて微塵も考えていない表情だ。レオナルドはそれを正しく察して答えた。
「レオ兄様……」
セレナリーゼの呟きには頷きで返すレオナルド。
「ふふっ、あなたも妹にくっついてばかりいないで、早くクラスに馴染めるように頑張った方がいいわよ」
レオナルドの態度に満足したのか、シャルロッテは機嫌良さげに言葉を続けた。ただ、その目は明らかにレオナルドを小馬鹿にしたものだったが、レオナルドは「そうですね」と軽く聞き流した。
シャルロッテがセレナリーゼを連れて離れた後、ミレーネとも別れたレオナルドは一人で会場へと向かうのだった。
会場内に入ったレオナルドは全体を見渡す。
セレナリーゼ含め、シャルロッテ達は最前列に座っていた。そして、前方に座っている者達は、夜会のときシャルロッテと親しくしていた顔が多い。
どうやらすでにはっきりと区分けされているようだ。
レオナルドは苦笑しながら後方の席に座った。
入学式は滞りなく進み、答辞は第二王女であるシャルロッテが行った。
その内容は、「才能溢れる皆で切磋琢磨し」とか「次世代を担う私達が一致団結することで」とか「王国の安定と更なる発展に貢献」とか、要所要所で明らかに彼女の思想を反映したものだった。
レオナルドはそれをつまらなそうにあくびをかみ殺しながら聞いていた。
お読みくださりありがとうございます。
面白い、続きが気になるなど思ってくださった方、画面下の☆☆☆☆☆から応援していただけると嬉しいです!
【ブックマーク】や《感想》、《イチオシレビュー》も本当に嬉しいです!
モチベーションがとんでもなく上がります!
何卒よろしくお願い致しますm(__)m