前日
木剣同士の激しくぶつかり合う音が途絶えた。
本日最後の実戦形式の鍛錬が終わったのだ。
「……アレン。今日まで何年も、俺の我が儘に付き合ってくれて本当にありがとう」
レオナルドは顔が地面を向くほど深く頭を下げ、心からの感謝をアレンに伝えた。手に持つ木剣は相当に使い込まれており、これまでにいったい何本の木剣を使い潰してきたかもう数えることもできないほどだ。
「あ、頭を上げてください、レオナルド様!むしろお礼を申し上げたいのは私の方ですから!どんどん強くなるレオナルド様のお相手を務めさせていただいたおかげで、私自身、慢心することなく自らを鍛え続けることができたと思っています」
レオナルドの言動にアレンは慌てる。だが、彼の言葉は本心だった。レオナルドとの身体強化を使わない純粋な剣術の鍛錬は体の使い方や剣捌きを格段に向上させてくれた。
真面目なアレンらしい真っ直ぐな言葉にレオナルドの顔が自然と綻ぶ。
「そう言ってもらえると助かるよ。けど、今日でアレンとの鍛錬もしばらくできなくなるんだと思うと少し寂しいな……」
「そうですね。私も同じ思いです。ですが、レオナルド様達は明日からいよいよ学園生活が始まりますからね」
「ああ。けどそれはアレンもだろう?クルームハイト公爵領の騎士団副団長になるんだから。それはつまり、規模の大きいあちらで大軍の指揮を学んで、将来はジーク団長の後継にってことだ」
「あはは……。公爵領に行くことはその通りですが……、私が騎士団長になることはありませんよ」
「ん?なぜ?」
「私には他に目標がありますから」
「目標?けど、それ以上の地位なんて……」
レオナルドには皆目見当がつかず首を傾げる。
そんなレオナルドの様子にアレンはクスッと笑った。
「そうではありませんよ」
「え?」
「私は、レオナルド様の騎士になりたいのです」
「は………?い、いや、何言ってんだよ。俺は廃嫡された身で、偉くなることもなくて……、そんな俺の騎士だなんて……」
一瞬、何を言われたのかレオナルドは本当にわからなかった。そして、自分に向けられるアレンの真摯な目を受け止めることができず揺れてしまう。
それでもアレンは言葉を続けた。
「あなたがこれから先どのような道に進もうと関係ありません。私はあなたに仕えたいと、そう思っています」
ここには今レオナルドと自分の二人きり。そして明日からは当分顔を合わせることもなくなってしまう。ならば今こそ自分の気持ちを伝えるべきだと思ったのだ。
また、これはアレンの意思であると同時にセレナリーゼの願いでもあった。セレナリーゼに背中を押される形で、アレンは自分が何を望んでいるのかを理解した。そして、アレンの返事を聞いたセレナリーゼはすぐにフォルステッドやジークを説得し、レオナルドの意思次第という結論になったのだ。
「アレン……」
呆然とするレオナルドだが、心には温かくも激しい何かが溢れそうになっていた。と同時に息苦しさを覚える。けれどそれは決して嫌なものではなくて、むしろ……。
「今すぐ答えがほしいという訳ではありません。レオナルド様が学園を卒業し、進路を決められたときにあらためてお聞かせいただければ、と」
レオナルドは一度深く息を吐くと、ここでようやくアレンをしっかりと見つめ返した。
「……わかった。ありがとう、アレン」
「いえ、こちらこそ突然このような話を、申し訳ございませんでした」
「いいや、アレンの気持ちはすごく嬉しかったよ」
肩から力が抜けたレオナルドだが、すぐに一つの可能性に思い至り、表情を引き締める。
「だが、向こうでは十分に気をつけてくれ。魔物の数も王都の比じゃないが、何よりもクルームハイト公爵領はアドヴァリス帝国との国境を有しているからな」
「レオナルド様は今の情勢下で帝国が仕掛けてくるとお考えに?」
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
歯切れの悪いレオナルドの顔が悩ましげに歪む。説明なんてできない。ゲームの知識を持つが故に、その可能性があることを知っているだけなのだから。
『レオ、私達にもこれから起こることのすべてがわかる訳ではありません。すでにレオの知識とは色々と違ってきている。未来は変わっていくのです。ならば考えすぎても仕方がないでしょう?』
(ステラ……。そうだけど。ステラの言うことはわかるんだけど……)
レオナルドは万が一にもアレンに死んでほしくないのだ。
『……本当に甘いですね、レオは』
レオナルドの気持ちを正しく察したステラは呆れた声色だ。だが、レオナルドはそんなステラの声に包み込むような何かを感じた。
「万が一帝国が攻めてきても守り抜いてみせます」
「っ、あ、ああ……」
アレンの力強い言葉にハッとしたレオナルドは何とか笑おうとしたが、上手くできなかった。
「レオナルド様は意外と心配性なのですね」
「な!?」
「ですが、大丈夫ですよ。信じてください」
くすりと笑ったアレンに言い聞かせるような穏やかな口調で言われて、レオナルドは顔が熱くなった。杞憂かもしれないことで悩む自分をアレンが慰めようとしてくれていると感じたから。
「わ、わかってる。信じてるさ。けど、無理はしないようにな!」
「はい」
語気が強くなってしまったレオナルドだが、アレンは目を細める。
「…それで、アレンはいつあちらに出発するんだ?」
この流れはよくないと思ったレオナルドは冷静を装いながら、話を変えた。
「明日の御者役に立候補させていただきましたので、皆様を無事学園に送り届けた後、出発する予定です」
「そうか。それじゃあ明日はよろしく頼む」
「はい」
こうしてこの日、約六年間毎日のように続けていたアレンとの鍛錬が終わりを迎えたのだった。
午後になり、レオナルドはセレナリーゼとお茶の時間を楽しんでいた。給仕係はミレーネだ。ここには気心知れた三人しかいない。
そんな中、レオナルドは朝から気になっていたことを訊いた。
「そう言えば、セレナ。朝のことだけど、父上と母上、二人に話って何かあったのか?もし何か問題が起きたなら俺にも話してくれないか?できる限り力になりたいから」
朝はセレナリーゼにはぐらかされてしまったが、レオナルドにはそのとき彼女の表情が強張っているように感じたのだ。
身近な人が関わることとなると、レオナルドはゲームで起こることでも悩むし、ゲームと違うことが起きても心配になってしまう。何とも面倒な状態になっていた。
「いえ、大したことではないんです」
セレナリーゼはそんなレオナルドの気持ちを知ってか知らでか、ゆっくりとかぶりを振った。
「そうなのか?」
「はい。学園が始まればあまり会えなくなるので今がいい機会だと思っただけで。少し疑問に思っていたことをお父様とお母様に教えていただいたんです。ミレーネにも一緒に聞いてほしくて同席してもらいました。ね、ミレーネ?」
「はい」
微笑むセレナリーゼに視線を向けられミレーネは頷く。
「そっか」
二人を見やったレオナルドはそっと安堵の息を吐いた。セレナリーゼは自然体で、朝のように強張った様子もない。
「ふふっ。でも、心配してくれてありがとうございます、レオ兄様。すごく嬉しいです」
「いや、俺は何も……。けど何もないならよかったよ」
疑問というのが何か気にならないと言えば嘘になるが、とりあえず差し迫った問題がある訳ではなさそうだ。
「はい。ただ、私達としては、レオ兄様にこそ何でも言ってほしいです」
「え?俺?」
切り返すように今度は自分に話が振られたレオナルドは間の抜けた声を上げる。
「はい。最近レオ兄様は考え事をされていることが増えたように思います。それは、レオ兄様が明日からの学園生活に思うところがあるからではないか、と。以前、あまり学園には行きたくないご様子でしたので。……今なら私にもレオ兄様が当時何を懸念されていたのかわかるつもりです」
言いながらセレナリーゼの表情が曇る。
「覚えていたのか……」
もう五年近くも前のことになる。フォルステッドからセレナリーゼを次期当主にと言われた際、レオナルドはダメ元で学園に行きたくないと伝えた。そんな申し出はフォルステッドにあっさりと却下されてしまいそれっきりとなっていたのだが……。
「もちろんです。忘れるはずがありません」
セレナリーゼは覚えているのが当然だとばかりに力強く頷いた。ミレーネも気遣わしげに見つめてくる。
自分の態度で随分と心配をかけてしまっていたようだ。
そんな彼女達を見て、レオナルドは口元を緩めた。
「そうだなぁ。学園に行くことはちゃんと納得してるよ。父上の言っていた貴族の義務も理解しているつもりだ。幼い頃から勉強をさせてもらって、ずっと剣の鍛錬も続けてこられた。今こうしてセレナやミレーネとお茶ができるのだってそうだ。みんなこのクルームハイト公爵家に生まれたからできてることで、それらを享受してきた俺には当然相応の義務だって発生する。ただ、俺には貴族として最も重要と言っても過言じゃない魔力がないからさ。どんな学園生活になるのかなぁってどうしても考えちゃってたんだ」
レオナルドはゲーム知識を除いてだが、本心を二人に吐露した。
「レオ兄様……」「レオナルド様……」
「でももう大丈夫。答えはさ、とっくに出ていたんだ。その覚悟ももうできたから。心配かけてごめんな」
これから待ち受けているだろうことについて不安はあるが、ステラとたくさん話して気持ちの整理はできていた。
それに、夜会のときの感じから楽しい学園生活にはなりそうにないが、これについても頑張るだけだ。
それに、レオナルド=クルームハイトとして、家に迷惑をかける生き方はしたくない。ゲームのラスボス展開なんてもっての外なのだ。
「レオ兄様には私達がついています!だからいつでも頼ってくださいね!」
「セレナリーゼ様のおっしゃる通りです。頻度こそ少なくなってしまいますが、今後もレオナルド様のお世話は私が定期的にさせていただきますので」
「前もそう言ってたけど、ミレーネはセレナの専属なんだから、俺のことまではいいんだぞ?」
「セレナリーゼ様とのお話し合いの結果、もう決まったことですから。それにこれは私の役得ですので」
すまし顔で言い放つミレーネ。ただ、最後の方、頬が少しだけ赤らんでいるように見えたのはレオナルドの気のせいだろうか。
ミレーネが自分の世話係になってしまうのはゲーム本編に近づくことを意味しているが、もうゲーム内容とは色々違い過ぎてレオナルドにはそれでいいのか悪いのか、何が正解なのかすでにわからなくなっていた。
「はは。何だそれ?でも、そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう、セレナ、ミレーネ。ただ、二人に迷惑はかけたくないから、気持ちだけ受け取っておくよ」
レオナルドは困ったような笑みを二人に向ける。
『レオには私がついています。心配することなんて何もありません』
(ああ。ありがとう、ステラ。頼りにしてるよ)
自分達の気持ちを正しく理解してくれないレオナルドに、セレナリーゼとミレーネは不満顔になるが、レオナルドの鈍感さは今に始まったことではないため、繰り返し伝えようとはしなかった。
夕食時、レオナルドとセレナリーゼの門出ということで、テーブルには豪華な料理が並んでいた。
食事を始める前にフォルステッドが口を開く。
「時間が経つのは本当に早いものだな。レオナルド、セレナリーゼ。明日から始まる学園生活が有意義なものとなるように励みなさい。ミレーネ、二人の生活を支えてやってくれ」
随分あっさりした言葉だな、と思ったレオナルドだが、そう思ったのは自分だけではなかったようだ。
ちらりと見ればフェーリスが小さく苦笑していた。
レオナルド達がフォルステッドの言葉に返事をして食事が始まり、家族皆で美味しい料理の数々に舌鼓を打ちつつ、楽しいひと時を過ごすのだった。
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