第一正妃と第二王子
約束していたダンスをすべて終えたレオナルドはセレナリーゼ、ミレーネ、フレイの三人と一緒に待機場所を離れた。
そして全員が給仕から飲み物を受け取り一息吐いたところに、何人もの年頃の男子が次は自分だと彼女達をダンスに誘うため近づこうとしていた。だが、そんな彼らよりも早くその二人はやって来た。
「やあ、レオナルド」
レオナルドが男性の声に呼ばれそちらを見るとそこには真紅の髪をした青年、第二王子のルクスと青みがかった白髪の女性、第一正妃のフローラが並んでいた。つまりはシャルロッテの兄と母だ。二人ともどちらかと言えばたれ目で、おっとりとした雰囲気をしている。シャルロッテの勝気そうな目元は父親のジャガン似なのだろう。
レオナルドはすぐに正式な礼をした。
「ご機嫌麗しゅう存じます、フローラ王妃陛下、ルクス王子殿下。ご無沙汰しております」
レオナルドに合わせて、一緒にいたセレナリーゼ達もカーテシーをした。
「ああ、そんなに畏まらないでくれ。この夜会の主役は君達なんだから」
ルクスは穏やかな笑みを浮かべ気さくに話しかける。
「はい」
ルクスの言葉に従い、レオナルド達は姿勢を戻した。
「歓談中邪魔をしてしまってすまないね。どうだい?今日の夜会楽しんでるかな?」
「え、ええ。まあ」
「くくっ、聞くまでもなかったかな?しかし君も隅に置けないね。身内だけでなく、まさかフレイ殿の最初のダンスパートナーまで務めるとは」
「それは、えと…、あ、あはは……。と、ところで、ルクス殿下。お身体の調子が優れないと聞いていたのですが、随分と回復されたのですね」
「ああ。それはフレイ殿が回復魔法をかけてくれたんだ。母上が依頼してくれてね」
「フレイが……?」
レオナルドは知識になかった情報に思わずフレイへと視線を向けると、フレイはその視線に気づいたようで笑顔で応えた。
「その件で僕からも直接フレイ殿にはお礼申し上げたいと思っていたんだ」
「お礼ならばすでにいただいておりますわ。それにすでにお伝え申し上げた通り、恐らくは一時的な回復効果しかございませんから……」
「それでもだ。本当にありがとう。公の場で頭を下げることもできない不自由な身分の僕をお許しいただきたい」
「いえ。どうかお気になさらないでください」
「ありがとう……。フレイ殿はこの夜会をお楽しみいただけているだろうか?」
「はい。レオのおかげでとても楽しませていただいておりますわ」
フレイの言い様にルクスは一瞬目を丸くするが、すぐに穏やかな微笑に戻った。
「それはよかった。レオナルドに感謝しないといけないかな?」
「ル、ルクス殿下!?」
「はははっ。レオナルドは本当に面白い反応を返してくれるね。もう少しそれを楽しみたいところだが、今はやめておこうか。母上がレオナルドと話したいみたいでね」
「フローラ陛下が?」
ここで交代とばかりにフローラが一歩前に出た。
「レオナルド。しばらく見ない間に大きく、立派な殿方になりましたね」
フローラは母性溢れる慈愛のこもった目でレオナルドを見つめる。その表情も実に柔らかだ。
「ありがとうございます、フローラ陛下」
小さい頃から知っている相手に面と向かって言われたレオナルドは気恥ずかしさを覚える。
「ふふっ、照れてるの、レオ?そ、れ、と、昔みたいにフローラお姉さんって呼んでくれてもいいのよ?」
フローラは慈愛から一転、茶目っ気たっぷりの目をレオナルドに向ける。
「相変わらずですね、フローラ陛下」
レオナルドは困ったような笑みを浮かべた。セレナリーゼもレオナルドと同じような顔をしている。こちらがフローラの素なのだ。それを知っているからこそ、先ほどの余所行きの言葉がレオナルドには何となく決まりが悪かった。
他国から嫁いできたフローラをフェーリスが気にかけ、同年代ということもあり二人はすぐに仲を深めていった。レオナルドも幼い頃はよくフローラに会っていた。ちなみに、フローラお姉さんというのは、まだ幼いレオナルドが初めてフローラを紹介されたとき、フローラおばさんと呼んでしまい、即座にフローラ自身からそう呼ぶよう言い含められたのだ。実際、今の時点でもお姉さんと言った方がしっくりくるほどその見た目は若々しい。さすがはサブとはいえヒロインの一人といったところだ。
「あら残念。レオも随分大人な対応するようになっちゃったのね」
「母上……。それくらいにしてください」
ルクスが額を抑えながら窘める。
「わかってるわ、ルクス。…レオ。本当はこんな場で言うべきことではないのだけれど、楽しんでもらうはずの夜会であまりにも目に余ったものだから。娘の…シャルの態度を親として謝らせてほしいの。たくさん嫌な思いをさせてしまってごめんなさい」
多数の目があるため頭を下げることは叶わないが、心から申し訳なさそうにフローラは謝罪した。
「お、お止めください。私は気にしていませんから」
だが、言葉だけだとしても誰に聞かれているかわからないためレオナルドは慌てる。
「セレナにも随分嫌な思いをさせたわよね。ごめんなさい」
「い、いえ、そんな……」
「シャルは国王…父親への愛着が強くてね。この国の考えに深く傾倒するようになったの。あの子の気持ちもわかってしまって私はそれに強く言えなかった。レオにとってはとても好ましくないものでしょうし、言い訳にもならないと思うのだけれど……。王妃なんて立場にありながら何もできなくてごめんなさい」
「それについては僕の責任も大きい。僕が健康な身体ならシャルの考えも少しは違っていたかもしれない。少なくともあそこまで自分が何とかしなければとは思わなかったはずだ。すまない、レオナルド」
セレナリーゼとミレーネはフローラ達の言葉を神妙な面持ちで聞いていた。フレイは状況を理解しているのかいないのかよくわからない、何とも読めない笑顔をしている。
「本当にお止めください。…この国の考えは十二分に理解しているつもりです。それに俺がそぐわなかったというだけで。シャルロッテ殿下のおしゃっていることは至極当然の常識であって俺に思うところは何もありません。これからも自分にできることを精一杯頑張っていくだけです。なので、お二方に謝っていただくことなんて本当にありませんから」
レオナルドとしてはこんな衆目の中で王族に何度も謝られては気が気じゃなかった。それに他国の人間であるフレイの目の前というのも大問題だろう。フローラ達だってそれくらいわかっているはずなのに。それともこれくらい問題ないのだろうか。レオナルドには正確なところはわからないが、とにかくこの話を早く終わらせたかった。だから自分の思っていることを素直に伝えた。
その気持ちが通じたのだろうか。
フローラとルクスは揃ってぽかんとした表情を浮かべていた。そして先に立ち直ったフローラが何かとても眩しいものを見るような目でレオナルドを見つめる。
「……ありがとう。レオは強い心を持っているのね。それに他人を気遣える優しい心を持っている。ふふっ、フェーリスもきっと鼻が高いでしょうね。息子がこんなにいい男の子に育って」
「……僕も今心からそう思ったよ」
レオナルドからは見えないがセレナリーゼとミレーネはうんうんと小さく頷いていた。表情も何だか嬉しそうだ。フレイは変わらず何とも読めない笑顔をしている。
「どう、でしょうか。そうあれたらいいなとは思っていますが……」
「大丈夫よ。だからもっと自信を持ちなさい」
「はい」
「よろしい。それじゃあ私達があんまりお邪魔しても申し訳ないからそろそろ退散しようかと思うんだけど……、最後にレオ」
「はい?」
「少しだけフローラお姉さんと二人でお話しましょ?」
「はい?」
「母上……。何を言い出すかと思えば。いい加減にしてください」
「え~、だってレオとお話するの、ううん、会うのだって本当に久しぶりなんだもん」
「もん、って……。母上、ご自分の立場と年齢をもう少し考えてください」
「もう!母親に向かって何てこと言うのよ!私だから許してあげるけど、それは禁句よ、禁句。わかった?ルクス。本当に少しだけだから。ね?セレナも少しだけレオを貸してくれる?」
「あ、いえ、え…っと、私は……はい」
いきなり問われたセレナリーゼはチラチラとレオナルドに視線を動かすが、結局は頷いた。というか頷く以外の選択肢はなかった。
「ありがとう、セレナ。それじゃあレオ、庭に行きましょうか」
なぜかもう決定事項という流れができてしまっている。
「わかりました……」
レオナルドは心の中でがっくりと肩を落とした。
(そりゃ断れる訳もないけどさ。先に俺の返事を聞いてくれても……)
『憐れですね』
ステラの素っ気ない響きの言葉が胸にぐさりと突き刺さる。
こうしてレオナルドの意思に関係なく、レオナルドとフローラは二人で庭へと出て行った。
お読みくださりありがとうございます。三章も本編の終わりが見えてきました。
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