6 身体の中にあるモノ
窓から月は見えない。夕方から降り出した雨は客間を、王宮全体を、包み隠すように静かに降り続いていた。
エスぺは身体に異変を感じていた。
何かおかしい。ブラックに抱きしめられたころから身体に何か入ってくるような、体内がごそごそざわめくような違和感を感じ始めていた。
実際は抱きしめられてなど、いないのだが。
その肉感が強すぎて浮かれてしまったので、体の変化にそれほど意識が向いていなかった。しかし、夜、食事が終わって部屋に戻ってから身体が気になりだしたのである。
窓に当たる雨音を聞きながら、エスぺは考える。
そもそも自分の魔力は二十五しかない。アビリティを持たないマス《一般市民》でも五十ほどはあるという。
マスはアビリティなしでも、中にはスキルを持つ者もいて、ごく簡単な生活魔法なら使えるものもいると聞く。それも魔力があってこそだ。
魔力二十五の、魔術にまったく適性がなさそうな自分である。なぜ、その自分を王宮にいる魔導術師が、たとえ一日であっても、指導したのだろうか。
【けんせい】の次に指導に来るのだから、王国一の魔道術師に違いない。
窓をたたく雨音が大きくなってきた。雨が激しく降っているようだった。
エスぺは、さらに考えを進めてみたが、悪い推測が頭に浮かんでしまった。
自分は【えいゆう】という、わけがわからないがレアな、たぶん高位のアビリティを持っている。
聞こえてきた光背の様子では、極上かもしれない。
自分の、例えば頭の中とか身体の中とか、それらを調べるために、指導にかこつけて接触してきたのかもしれない。
調査のために、なにかを体の中に入れられたのかもしれない……
だとすれば……あの抱きしめられた感覚……あれも特別な魔導術で、なにかを仕掛けられた瞬間の感覚だった……
体全体を調査、分析してその内容を自分のもとに送信するような、なにか……
そう考えてみると、あの生々しさを帯びた幻も、なるほどと腹に落ちる。
浮かれた自分は、術中にはまって、まんまとしてやられた可能性がある。
ここまで考えたエスぺは、考えの方向を変えた。
もし、体内になにか魔導的なものを仕掛けられたとして、今の自分にはそれを取り除くことはできない。相手は王宮の一流、いや特級魔道術師だ、おそらく王都にいるどんな魔導術師でも無理なのではないか?
だとすれば、考えてもしかたがない。なるようにしか、ならない。もし不幸なことがあっても、それも自分が歩むべき試練だと思おう。
乗り越えられない壁ならば、蹴っ飛ばしてまわり道をしてもいいし、なんなら引き返してもいい。逃げるのもありだ。
なんとかなるさ。
エスぺはここで考えることをやめた。
気持ちを切り替えるためにシャワーを浴び、そして洗面所の鏡の前に立つ。
気持ちを切り替えようと思っても身体の中に得体の知れないモノがあるかと思うと、やはり落ち着かないところがある。
この身体の中になにかが埋まっている、そしていつか、それが発動する、それは今かもしれない。
そう思って鏡を見る。
すると、見える、見えるぞ。
鏡に写っている自分の後ろに、なにかある……




