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英雄は悪魔かもしれない  作者: カラフルなステンドグラス
第二章 王都コレガーレ
20/25

20 突き立てたナイフ

 その瞬間、幻影が見えた。


 ソレッラが泣いて手を握ってくる姿だった。


 エスペは目をつぶって、右手のナイフを胸の辺りに差し込んだ。


 しかし、ナイフには身体を貫き通した手応えはなく、なにか硬いものを刺した感触だけだった。エスペはつぶっていた目をゆっくり開いてベッドを見た。


 そこにはソレッラの姿がなかった。ナイフを抜いて、かけられた薄い布を剥ぐと、寝ていたときに着ていたであろう服がそのまま置かれている。


 ソレッラは、その姿がそのまま消えてしまっている。

 ナイフは刺さっていないのに?


 なぜ消えた? 分身体だから? 危険を察知して、本体に戻った?


 しかし、アビリティはたしかに受け取ったはずだ。少しだけ期待していたドキドキの幻ではなく、せつなくなるような幻が見えた。奪う条件は整っている……


 部屋のどこかに転移したのかもしれない、そう思って部屋を見回したが、いない。


 消えてしまった理由はわからないが、深夜この部屋に長居はしないほうがいい。動揺しながらもエスぺはそっと部屋を出て、ドアの施錠をする。開けるとき同様、少し時間がかかったが、閉めることもできた。


 自分の部屋に戻って、鏡を見る。

 鑑定をして魔力値の表示を探して確認すると、ゼロになっている。

 やはり【ぶんしん】はすでに自分の中にある。発現するまでは、今までの経験から三日かかるはずだ。それまで待つしかない。


 どうして、ソレッラは消えてしまったのだろう。それでもナイフを刺した感触がなくてよかった。


 エスペはそう思って硬いベッドに横になった。


 今夜はナイフを胸に突き立てられる夢を見るような気がして、寝るのが怖かった。




 ***




 昨日は遅く寝たにも関わらず、朝はいつものように起きることができた。

 ソレッラのことは考えないようにした。着ていた服はそのままに身体だけがなくなっていることを宿の人が知るのは、時間の問題だ。

 そのときは、なにも知らずに驚くフリをしなければならない。


 朝食を済ませ協会の資料室で書物を読み、街の古本屋やお店を巡る。

 昼食を済ませたあと魔の森に行って訓練をし、そのあと連邦側の森に移ってワイルドボアを探す。

 身体の表面に薄く張った魔力を徐々に周囲に広げてゆく。五メートル、十メートルと広げていくと、周囲を探索することができることを【マドウ】を得てからなんとなく身についていた。

 今は二十メートルほど広げることができる。

 ブラックラビットは見つかるが、ボアはなかなか見つからなかったが、一時間ほどで見つけ、狩ることができた。

 その重い一匹を担いで協会まで歩く。


 受け取り窓口で指名依頼のワイルドボアだと告げて、手続きをする。

 ラキアさんにも報告しようと思ったが、その姿は受付にもどこにも見えなかった。

 なんだかバタバタしてるみたいな気配だ。なにかあったのだろうか? 


 協会を出てエスペは思う。なにも考えないように過ごした一日だが、これからが本番だ。宿に帰ればきっとソレッラがいないことが話題になっているはずだ。まずは驚く……それから事情を聞き……短い帰り道でこころの準備をする。


 宿に戻ると、宿の主人も、ほかの従業員も、ふつうに働いている。ソレッラがいなくなって騒いでいると思ったにも関わらず、その様子はふだんと変わらない。

 エスペはおかしいと思いながら、自分の部屋に入る。


 いつもならあるはずの、ソレッラからの夕飯の誘いはもちろん、ない。


 どうして騒いでいないんだ? まだ、いなくなったことに気づいていないのか? まさか、でも、そうかもしれない。


 そう思って、部屋を出て、鍵を閉めると、ソレッラの部屋をノックする。いることが前提なので、誘うフリを一応しておく。ノックに対する反応がないことをしばらく待って確認してから、いつもの時間より遅れて一人で食堂に行く。

 いつもならソレッラと一緒なのに、今日は一人でいることを疑問に思われるかもしれない。そう思って、係の女性に夕飯をお願いしながら、恐る恐る聞いてみる。


「ソレッラがいないみたいなんですけど、どうしたのか、知ってますか」


 忙しそうな女性は、思いがけず軽い口調だった。

「あぁ、ソレッラさんなら、急用ができたらしく、昼過ぎに精算を済ませてタキアに戻ったみたい。エスペさんによろしく伝えてくれって言ってたみたいだよ。まぁ、あたしもマスターから聞いただけで詳しいことは知らないんだけどね。ごめんね、伝えるのが遅くなって」

 そう説明して、いなくなってしまった。


 女性はしばらくすると、お待ちどう、と言って夕飯をエスペの前に置く。




 エスペはなにを食べたかわからないまま、気がついたら部屋に戻っていた。








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