12 受付の窓口
魔の森は、その名のとおり、魔物が住む広大で深い森である。
高い技術と強大な軍事力をもつ帝国はときに隣国の王国を脅かしたが、それははるか昔のことである。突如として現れた三人の悪魔が七日の間にその帝国を滅ぼし、その地は悪魔の黒い魔力によって、魔の森に変わったと言われている。
今では、帝国の滅亡を、「悪魔降臨の七日間」と呼んでいる。
「降臨」は神が天から降りてくることをいうことばだが、神にも匹敵する能力を持って広大な帝国を瞬く間に滅亡させたことを畏怖して、人びとにそう呼ばれたらしい。
森に侵食された廃墟からは、帝国が繁栄をしていたことを明かすような財宝や高度な魔道具が発見される。
この魔の森には連邦や王国からの冒険者が帝国のお宝を夢見て、狩猟採取や駆除討伐に立ち入る。
ときにダンジョンも見つかる東側は森が深く広大で上級者が、南側は連邦と接しているため中級者が立ち入ることが多い。境界の道を南に進めば右手は魔の森、左手は連邦の辺境となり、辺境都市タキアがある。
***
午後の冒険者協会は閑散としていた。
所属している冒険者は皆仕事に出向いているのだろう。
初めて来る場所なので要領を得ないエスペは、まず受付を済ませることにした。
協会の規模に対して、正面受付の窓口は二ヶ所しかなかった。しかも端の左側は閉鎖している。右側にも人はいない。カウンターに行くと、その表面は木ではなく、厚いガラスが敷かれている。おしゃれなガラスカウンターの上には使い古されたインク瓶に清潔そうなペン、それから呼び鈴が置いてある。
呼び鈴を鳴らすと、風に揺れる風鈴のような涼しげな音がして、女性が現れた。後ろで仕事をしていたようだ。
エスペは挨拶をしたあと、用件を伝える。
「儀式でアビリティの確認ができましたので、冒険者の登録をしたいのですが」
「ごめんなさい。席を外して。私は受付のラキアです。アビリティの獲得、おめでとうございます。冒険者デビューですね。それでは、この紙に必要事項を書いてください。ペンとインクはそこのを使っていいわ」
そう言ってラキアはちらりと視線を下げて、紙を差し出した。腰に下げている剣を見たのだろう。
ありがとうございます、エスペがそう言って、受け取った紙は登録用紙だ。記入するところは多くはない。名前、性別、生年月日、年齢ぐらいである。アビリティは重要な個人情報で、トラブルの原因になることもあるので、他人には基本教えない。
エスペは記入を終えるとラキアに紙を戻す。
代わりに冒険者証を渡される。
冒険者証には41822という番号と大きく1とある。
「この冒険者証はエスペさんにしか使えません。ここに番号がはいっていて、これで本人確認をすることがあります。決して貸与したり譲渡したりしないでください。発覚した場合は、冒険者資格が剥奪されます。この1はランクです」
エスペはラキアの説明に頷きながら、これで自分の行動を追うこともできるんだと思った。
「ありがとうございます。あと、この近くで安くて清潔な宿があったら教えてください。まだ今日の宿が決まっていないので」
「それじゃあ、特別サービスでいい宿を紹介しちゃおうかな」
にっこりしながら、革の表紙がついた冊子を後ろから取り出して、その中から宿を紹介してくれた。冒険者協会から程近い場所だ。
エスペはふと気がついて、ラキアをじっと見つめる。
ラミアは肩口で髪を切り揃えたかわいい顔立ちの女性だ。二十歳ぐらいか。
エスペの真剣な眼差しを意識しながら、ラキアは説明を続けた。
「あと、注意してね。掲示板の依頼はすべて指名依頼。まぁ、冒険者なりたてだからまだ指名はないけど、経験を積んだら指名されることもあるから、ちゃんと掲示板を確認してね。二階は資料室、分からないことがあれば、調べられるから利用してね。それから、ふだんは自由に狩猟採取して構わないわ。取ってきたものをあっちの受け取り窓口に出せば、時価で精算するので。今なにが高価な値段で買い取られるかを知るのも冒険者の腕よ。がんばってね」
ラキアはそう言うと、やさしげに微笑んだ。
「ありがとうございました。今日はこのまま宿に行きます。明日から活動するのでよろしくお願いします」
エスペは礼を言って、ラキアと別れ、紹介された宿に向かう。
歩きながら、エスペは考える。
ラキアには、三重の光背と少し複雑な紋様が見えた。ポリーニより高い、なかなかのアビリティだ。しかし、文字は読めなかった。
このアビリティの高さから考えて、仕事は受付だけではないだろう。
冒険者協会の受付をしながらの、隠れ冒険者ってことはないよな……
たわいのないことをエスペは思ったが、ふと疑問がわいた。
ラキアのアビリティは読めなかった。アビリティの文字が読めるときと読めないときがあるのどうしてだ?
宿に向かいながら、試しに、ゆっくり歩いてすれ違う人を鑑定してみることにした。




