11 最後の昼食
この部屋で摂る食事もこれで最後か、そう思いながらエスぺは昼食を食べていた。
低いアビリティが判明した結果、王宮にいる必要がなくなったのだ。もともとアビリティを知るためにここにきたのだが、レアで高位だと思われるアビリティが出てしまったせいで、今まで留め置かれただけである。
荷物は少ない。王宮から支給された着替えと、アビリティを考慮してのことだろう、ごく普通の剣。それと二週間は暮らせるだろうと思われる二十ゴールドである。
ポリーニは、表情を一切変えず、今まで同じ態度で給仕をしてくれた。
儀式のあと、アビリティ所持者は三年間、家に帰ってはならないと王国では決まっていた。アビリティに従って己の能力、技量を磨き、王国の発展に寄与しなければならないというのがその趣旨だ。
アビリティを持つものにしかできない職があり、そのような職に就かせるためでもある。
エスぺのような【けんじゅつ】持ちは戦闘職なので、多くは冒険者となり、魔物の討伐やダンジョンでの資源確保などにあたらなければならない。
エスぺも冒険者になるつもりだ。
***
冒険者協会王都支部の執務室は気持ちのいい場所だ。
晴れれば大きな窓から遠くは王都の街並み、近くはルーフバルコニーの花々を見ることができる。
ルーフバルコニーにはミツバチの巣箱も置いてある。
ラキアの仕事の一つは、花を育てることだ。
四季折々の花が咲くプランターに水をやる。
秋晴れの今日はクロアゲハがやってきた。ラキアの周りを一周したアゲハは、遅咲きのコスモスに留まった。
ラキアはそっとアゲハの腹を触ってメッセージを取り出す。
窓から執務室に入ると、デスクの椅子に座って事務仕事をしているダッカにそれを渡した。
「王宮からの緊急通信です。悪い内容でなければよいのですが」
ダッカは開封すると拡大鏡を使って細かい文字を読んだ。内容を二度読んで確認すると、右手上段の引き出しを開け、防音の魔道具を起動した。
「残念ながら、あまりによい知らせではない。極秘事項だ。エスぺという人物がこれから冒険者登録に来る。光背が1の【けんじゅつ】、スキルなし、魔力5だ。要注意人物で、少しでも変わったところがあれば至急王宮に報告しなければならない。受付の対応を頼む。念のため、魔道具も起動しておいてくれ」
眉間に皺を乗せ、ラキアに指示を出した。
受付嬢兼秘書役のラキアは諦め顔で頷いた。
「わかりました。ずいぶんいろいろ低い人ですね……受付は私が担当します。ミツバチもすぐ飛び立てるようにしておきます」
そう言ってラキアはバルコニーに出て巣箱を調整したあと、一階の受付に向かう。
ラキアが出て行ったあと、ダッカはデスクで大きなため息をついた。
あの、エスぺ、か。
****
エスぺは王宮に来たときと同じように、二頭立ての馬車に乗っていた。
年老いた男性の御者と斜め向かいにポリーニが座っている。気持ちのよい秋晴れにもかかわらず、小さな窓は閉められている。街の喧騒は聞こえるが、王都の街の様子を見ることはできない。
儀式の教会ほど遠い場所ではないのだろう、それほど時間がかからず冒険者協会に着いた。
馬車を降りるとき、エスぺは、ことばの上だけではなく、こころを込めてポリーニに礼を述べた。
馬車を降りて見送ってくれたポリーニは、微笑みもなく、仕事ですから、と抑揚もない調子で頭を下げた。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
そう言って頭を上げた。
視線と視線が交差した、その瞬間、ポリーニは口だけを動かした。声には出ていないが、背後には気をつけて、と口元が語っている気がした。
「ほんとうにありがとうございました。御者の方もお世話になりました」
エスぺがそう言うと、興味なさそうに前を見ていた老人はエスぺを見て、手を振ってくれた。
エスぺも手を二人に振って冒険者協会の玄関に向かう。
ポリーニ、最後まで、ありがとう。
背後には気をつけて、か。
まさか殺しにくるわけではあるまい。殺すチャンスは今までにいくらでもあったのだから。
監視がついている、ということかもしれない。
そうエスぺは考えながら、協会の玄関に入った。
第一章、完結です。ありがとうございました。




