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第36話 俺からは見えない

 人の家で食事をごちそうになること自体、俺にとっては初めてだ。しかも気になってる女の子の家なんだから、緊張で味が分からない可能性すらある。


『好きな』女の子とは言わないことについては俺自身、月花(つきはな)さんのことが好きなのかよく分からないからだ。


 この世界での月花さんの扱われ方が、元の世界での俺と重なっていて、共感という仲間意識から一緒にいたいと思うのか、それとも女の子として好きだから一緒にいたいのか。


 今までの俺なら、「あの子可愛い。好きだ!」といったような感じで、すぐに好きになっていた。一目惚れだってあるんだから、それ自体は悪いことじゃないと思うんだ。


 でも告白しまくるのは、今となっては良くなかったなぁと思う。断ることだって相当な負担になるはずなんだ。


 いずれにしろ共通して言えることは、月花さんにはもっと笑顔でいてほしいということ。そして月花さんと一緒に過ごすうちに、自然と込み上げてくる感情が好きってことなのかな? と、高校生ながらそう思っているんだ。


 そして俺自身は一言も発していないのに、月花さんとそのお母さんの二人から誘われ、夕食をごちそうになることが決まった。


「用意ができたら声をかけるから、それまで二人でごゆっくりねぇー」


 月花さんのお母さんは相変わらずの、ほんわかとしたスローテンポな話し方だ。


「そうだ、冴島(さえじま)くん?」


「はい、なんでしょうか?」


「うちの子は本当は甘えん坊なのよー」


「そ、そうですか」


 それを聞かされた俺はどうすればいいんだろう?


「もう! お母さんっ! 勉強の邪魔をするならあっち行っててよっ!」


 月花さんはぷんすかしながら、部屋の外へとお母さんの背中をグイグイ押し込む。


「あらあら、お母さんにだけ積極的でどうするのー? 好きな男の子がいるならガンガン攻めないと、もたもたしてたら他の誰かに取られちゃうわよー?」


「い・い・か・らっ!」


 月花さんはお母さんを部屋の外へと押し出すと、バタンと音を立ててドアを閉めた。ドアの向かうからは「少しでも長く二人きりでいたいのねー」と、追い出されてもなお(あお)るお母さんの声が聞こえる。


「冴島さん、お母さんが変なこと言ってごめんなさい」


「大丈夫だから気にしないで。それにしてもお母さん、話し方とは裏腹に大胆なことを言うんだね」


「そうですね。私もお母さんみたいに積極的になれたらなって思います」


 もしかして月花さんのお母さんは、月花さんの積極性を知らないのかな? もしそうだとしたら、俺にだけ見せてくれている一面なのかも?


 俺達は改めてソファーへと座り直した。やっとこれから勉強ができる。


「あの、私、冴島さんに聞きたいことがあるんです」


「何かな?」


「やっぱり冴島さんも女の子から攻められる方が好きですか?」


 どうやらさっきお母さんが言ったことを気にしているみたいだ。女の子から攻められる。これはあれかな? 『攻め』と『受け』というやつだろうか。ちょっと違うかな?


「えっと、俺からすると積極的な人は男女関係なく魅力的だと思うよ」


「そうなんですね。だったら……、冴島さん、正座してもらえませんか?」


 そう言われた俺は、ソファーの上で正座をした。ソファーの上で正座なんて不思議な感覚だ。


「えいっ!」


 その直後、右側から俺の顔に月花さんの髪の毛がそっと触れ、月花さんが俺の太ももに頭を乗せて来た。今度は俺のひざ枕で月花さんが横になっている。でも顔は俺の反対側を向いていて、その表情を見ることはできない。


「どうですか?」


「……いい」


「ありがとうございます。……あの、頭をなでてほしい、です」


「えっ、いいの? 女の子にとって髪の毛は大切だから、あまり触られたくないんじゃない?」


「確かによく知らない男の子なら嫌ですけど、冴島さんなら……」


 表情は見えないけど、その優しい声で俺はその気になっていた。


「それじゃ少しだけ……」


 俺は右手で月花さんの長くてツヤのある黒髪をそっとなでた。月花さんの温かな体温とともに、とても柔らかな感触が俺の右手を通して伝わってくる。


「すごく落ち着きます……」


 そして俺達はいつしか会話を忘れ、このまま時を過ごした。


 どのくらいそうやって過ごしただろう、部屋の外から月花さんのお母さんの声が聞こえる。どうやら夕食の準備が整ったようだ。


「月花さん、お母さんが呼んでるから一階まで行こうか」


 俺がそう呼びかけても月花さんからの返事は無い。耳をすませると、かすかに寝息が聞こえる。俺のひざ枕で月花さんが眠っている。


(どうしよう、動けない)


 もちろん起こせばいいだけの話なんだけど、そうするのはもったいないというか、このまま寝かせてあげたい気持ちの方が大きい。


 そうこう考えているうちに、部屋の外から階段を上る足音が聞こえる。お母さんが様子を見に来ているのだろう。こんな姿を見られたらどんなことを言われるのかな。


 やがて足音が止まり、部屋のドアが開かれた。


「ご飯の準備ができたわよー。って、あら?」


 お母さんはもちろんこの状況に気がついた。俺が自分の娘にひざ枕をしているんだ。今すぐ離れなさいと言われてもおかしくない。


「あ、その、これはですね。月花さんからの希望であって、俺からしたわけではなくてですね」


 俺はつい言い訳をしてしまった。


「もちろん分かってるわよー。それにね、この子の顔を見れば分かるの。きっと自分がそうしたかったんだなーって」


「さすが親子ですね」


「それもあるけどー、きっと誰でも分かることだと思うわよー?」


「どうしてですか?」


「そっかぁ、冴島くんからは見えないんだもんね。だってこの子、今とても幸せそうな顔をしているんだもの」

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