二話
「俺の専属メイドってことは一緒に住むってことだよな?」
「そうです」
「……」
一人暮らしの夢は、柊の一言であっさりと砕かれた。
柊と同棲することが嫌なわけじゃない。むしろ専属メイドなんてマンガの世界だけだと思い込んでいたから、それがまさか現実に起こるなんて未だに信じられない。
親父に頼まれたとはいえ、柊は見ず知らずの俺と住むのはどうも思わないのだろうか。
柊にとっての俺の第一印象はおそらく『変態』に違いない。お互いにとって出会いは最悪だ。
「零央様はお父様から私のことを何も聞かされていないのですか?」
「なにも。しいていうなら今日から柊が来るってことだけだな」
「……そうですか」
「……」
しばらくの間、沈黙が続いた。気まずい……。だけど俺はコミュ力皆無だし、上手く聞き出すことが出来ない。こんなとき、俺の友人なら何気ない雑談をしながら柊自身についても上手く聞けただろう。
いつもはチャラく少しウザい友人が今だけはここに居てほしいと思ってしまう俺は男として本当に情けない。
柊がワケありなのはすぐにわかった。俺と同い年くらいなのにメイドとして働くなんて普通はしないから。俺がもっとイケメンだったら良かったのだろうか。そうすれば柊に優しい言葉の一つでもかけられたのだろうか。
「私も明日から零央様と同じ時間に学校に行きますので」
「やっぱり柊も学生だったんだな。ってことは学校に行ってる間は俺とは別行動ってことだよな」
「何を言っているのですか?」
「え?」
「私は零央様の専属メイドです。貴方から離れることはありませんよ」
「っ……」
俺は不覚にも柊の言葉にキュンとしてしまった。今なら少女漫画に出てくるヒロインの気持ちがわからなくもない。が、それだと俺が女子みたいに思われるから今のは撤回で。
ここまで美少女だったら学校で話題になるが、今の今まで柊の存在は見たことも聞いたこともない。それとも俺が情報に疎いだけで、実は同じ学校だったとか? それこそ、ありえない話だ。
「出会ったばかりの俺にそこまですることもないだろ。ほら、今さっきだってお前の下……」
「私は無かったつもりで接しているのですが、掘り返したいのであれば今から説教でもしましょうか」
「すみませんでした」
誰だって異性に下着姿を見られたら怒って当然だよな。恋人だったらまだしも、俺なんて今日出会ったばかりの童貞陰キャ野郎なわけだし。
メイド姿の美少女に見下されてるとか、一部のマニアからしたら羨ましい光景なんだろうな。
俺は怒られるのが嫌だから、代われるなら今の状況を代わってやりたい。
「それよりお腹は減ってませんか?」
「そういや食ってなかったな」
「何か作りましょうか。食べたいものはありますか?」
「ん〜」
ここで「なんでもいい」と応えるのが一番駄目なのは俺でもわかる。かといって適当に言った答えが実は作り方が難しいもので柊の機嫌を悪くしてしまうかもしれないし。だが、こうして無駄に考えている時間が一番イラつかせているかも。
「朝は白飯派だから、それに合うものならなんでも」
「わかりました」
柊は台所に向かった。結局、なんでもと言ってしまったが大丈夫だっただろうか。
普段は親父が俺の好物を作ってくれていたから特に要望を言うことはなかった。専属メイドっていうのは響きはいいが、相手は異性なわけだし、案外接し方が難しい。というのも俺が学校でもプライベートでも女子と会話をしないのが原因なんだが……。
世の男子は女子と普通に会話が出来るのだろうか。羨ましい限りだ。
「好物がわからなかったのでとりあえず和食にしましたが、今後食べたいものがありましたら先に教えてくれると助かります」
「あ、あぁ」
卵焼きに鮭、豆腐とわかめの味噌汁。ザ日本人の朝食ってメニューだ。そもそも冷蔵庫にそんな食材があったことすら知らなかった。親父に丸投げしていたのが今になって堪える。料理スキルがない俺は卵焼きすら作れない。
「いただきます」
「どうぞ」
「……!」
ふわふわの卵焼き。少し甘めの味付けがちょうどいい。俺好みだ。こんなのメイドからしたら簡単に作れるのかもしれないが、俺からしたらありがたい。
「こんな美味い飯を毎日食えると思うと俺は幸せ者だな」
「寝言は寝てるときに言ってください」
「わるかった」
思ったことを口にしただけなのに何故か怒られてしまった。
俺は柊が不機嫌になることを言っただろうか? 女心ってのは難しい。素直に「上手い」と伝えるのがそんなにいけないことだったのだろうか。
「柊は食べないのか?」
「私は見てるだけで十分です」
「そうか」
見られてると逆に食べにくい。柊の視線が痛いほど突き刺さる。今の柊の発言は要約すると俺とは一緒に食事をしたくないってことか!?
やっぱり下着を見たことをまだ怒ってるのか? はたまた柊の手料理を褒めたことか。一体どっちなんだ?
「零央様。今日出かけられる予定はありますか?」
「今日はせっかくの休みだし家でゴロゴロするつもりだ」
「そうですか。私は家の掃除などをしていますので、零央様は自室でゆっくり休まれてください」
「今日が初日なんだし、柊もゆっくりしたらどうだ?」
「零央様はお優しいのですね。ですが、私の心配はいりません。ただ今日から一室を借りることになるのでご迷惑をかけるかもしれません」
「それはお互い様だ。柊も知らない男と一緒に暮らすのは嫌だろ?」
「零央様のお父様から頼まれましたので」
親父のヤツ、柊になんて言って、ここに住まわせたんだ? 親父に限って脅したりはしないだろうが、少し気になるな。
「それに自分の家より零央様の家のほうが落ち着きますので」
「そ、そうか」
やっぱりワケありなのは間違いない。年が変わらない俺に敬語を使ってるところを見ると育ちは良さそうだが、実は家出少女だったりするのだろうか。
「それに……」
「ん?」
「零央様は陰キャの童貞なので逆に心配はいらないと零央様のお父様が言っていました」
「親父の野郎……! つーか、今なんて?」
柊の口から汚いセリフが飛んできたのは俺の耳が腐っていたのか。
「零央様は陰キャの童貞といいました」
「あー……柊さん柊さん」
「なんですか」
「童貞ってわかります?」
「すみません。私はその手の知識が乏しくてわかりません。陰キャというのもわからないのですが、どういう意味ですか?」
「……」
家出少女? 不良娘?それは俺の勘違いだ。
柊は育ちが良いお嬢様。それ一択だろ。
「零央様。童貞とはどういったものなのでしょうか」
「っ……!」
近っ……。気づけば顔がゼロ距離ってほど近かった。
キスしそうなほど近くてドキッとする。近くで見ると柊の顔はかなり整ってて。最初見たときから分かっていたことだが、やっぱり綺麗だ。
可愛いし、綺麗。そんな言葉が柊には似合う。俺は柊の顔にすっかり見とれていた。好きとかじゃない。ただ、異性の顔をこうして近くで見ることがないからドキドキしてるだけ。
これは柊だからじゃない……ハズなんだ。
「柊が大人になったら教えてやる」
「どうすれば早く大人になれますか」
「大人の階段でも登ればなれるんじゃねぇの?」
しまった……! さすがに今のはセクハラだよな。適当にあしらうつもりが、冗談では済まないセリフを吐いてしまった。
これが同性同士なら「童貞のくせに何言ってんだ〜」と軽いノリで終わるのに。
「それなら私は零央様と一緒に大人の階段を登りたいです」
「やめてくれっ……」
「零央様、どうしました?」
「柊。お前はどこまでわかって俺をからかってるんだ?」
いくらなんでも学生にしてはその手の知識が乏しくて逆に疑ってしまう。
まわりの友人が真面目な奴が多くても一人くらいは下ネタを話す女子くらいいるだろ。表では話さないけど、実はそれなりに興味があったりするってのが俺の女子に対するイメージだ。
それは俺がそうだから。でも女子は男の俺なんかと違って綺麗だし、実はそういうことに対して一切興味ない! ってのが正解なのか? わからない。童貞の俺じゃ女子の本質は全然わかんねぇ。
「さぁ? どこまででしょうね」
「ぅっ……」
柊のニヤけた顔。というよりもイジワルな表情。
この時、俺は察してしまった。柊は純粋そうに見えて、俺が考えているよりも上手なことを。
俺の専属メイドは可愛いだけじゃない。柊の本性は俺の反応を見て楽しむ隠れSだったようです。
3話以降は不定期更新となりますので、気長に待っていただけたら嬉しいです。
読んでいただき、ありがとうございます。
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