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片足を返品した人魚姫ですが、承知の上で踊りませんか?  作者: 英志雨
第六章 Shall We Dance?
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「うるさいんだよ。この、亡霊め」

 打ちあげ用のピザを頼んでいるので取りに行くと言って槙島兄妹がスタジオをでていった。

 とてもではないがそんな気分になれず、義足とドレスを抱えて夏目がいるであろうバスルームのドアをノックした。

 一応帰るのならば声をかけるのが筋だろうと。

 しかし先ほど同様に向こうからの反応はない。

 バスタブに干された布団のような格好で寝落ちしている夏目が容易に想像できたので、構うことなくドアをあけた。


 誰もいなかった。

 顔を洗うとは何だったのか。

 もしかしてわざわざ五階まで行ったのか。


 改めてみるとひどいバスルームである。

 壁一面に貼られた切り抜きや注意書きは気持ち悪いを通り越してグロテスクだ。


 納涼祭にでたことを後悔してはいなかった。

 夏目の手を取って一歩踏みだした瞬間の、くらくらするような刺激は嫌いではない。

 ずっと何者にもなれないと思っていた自分が、フロアの上では〝何か〟になれた。


 つながった四点から繰り広げられる無言の攻防戦。

 一日の終わりには夏目の背中にぶら下がって階段をあがり、あの魔女のような部屋で断端を洗う。

 搬送中、低体温の背中が心地よくて、疲労困憊のマリが寝息を立て始めると「おい、寝るな。重い」と失礼極まりない声が飛んでくる。

 仕方なく眠気覚ましに深呼吸をしようとして、うなじに顔を(うず)めると石膏の匂いが鼻をつく。


 今まで居場所らしい居場所を持たなかった根無し草のマリが、ようやく切断された根っこを降ろしてもいいかなと思えた場所だった。

 しかし〝何か〟になれたと思っていたのはマリだけだった。

 マリは前世から相も変わらず〝人魚姫〟のままだった。

 選ばれないほうのお姫様。

 一時(いつとき)でも向こう側へ行けるかなと思ってしまったが、夏目はやはり一人のお姫様しか見ていないのだ。

 鈍色の足を受け取った支払いは今回も果たせず、泡になって消えるだけの噛ませ犬。

 それがマリだ。


 顔をあげた。

 たくさんの付箋が目に入ると槙島の声が頭の中で再生された。


〝昔世界を目指していたカップルがいてさあ。女の子のほうが向上心がありすぎて魔改造しちゃったんだよねえ〟


 振り向いて戸口に切り取られたスタジオの壁を見る。

 一番高いところに掲げられた張り紙には『世界に行けますように』。


 この付箋を貼ったのがミユキだったのだ。

 マリはいつの間にかミユキの亡霊が宿った足で、その軌跡をなぞるように踊らされていただけだった。

 それも全て、夏目が自己満足に浸って死ぬために。


(どうりで慣れているはずだよね。断端のケアも、五階への搬送も、幻肢痛への対処も)


 全部、ミユキで経験済みだったのだ。

 足が短いマリのための、特別な時間だと思っていたそれらさえ。


 つきあってられるか。

 自殺ほう助の片棒なんて。

 勝手に自己欲情死(テクノブレイク)して死んでしまえ。


 踵を返そうとした瞬間、視線が鏡に貼りついた。

 赤い口紅で書かれた文字が目に留まる。


Keep your(顔をあげて、) face up(あげて、) up up!(あげて!) to this messageこのメツセージまで!』


「……うるさいんだよ」

 この、亡霊め。


 気づけば義足を振りあげていた。


「……ぅ、ぁああっ……!」


 鏡に思い切り叩きつけると粉々になったガラス片が落下して、醜いマリに向けて白い光を跳ね返した。

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