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片足を返品した人魚姫ですが、承知の上で踊りませんか?  作者: 英志雨
第五章 人魚の墓場でふたりは。
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「いつも通りやれ」

「集中しろ」


 踊り終わってフロアから逃げ帰るさなか、夏目が険のある声で言った。


 確かに集中できていなかった。

 一曲目はむしろ周りが一切見えていなくて自分の思った通りの動きができていたのに、今になって余計な情報ばかりが視界に入る。


 初めて夏目と踊ったときも、岩井製作所へ行く道すがらも、今までは夏目と一体となって飲みこまれているような感覚があった。

 夏目の胎内にどっぷりと収まって生かされているみたいで、繋がれた手から流れる麻薬のような刺激は栄養補給のようで、不快ではなくてむしろ心地がよかった。

 でも今になって臍の緒が寸断され、しかし外に生みだされたわけでもなくて、酸素供給が途絶えた羊水の中でただ窒息死するのを待っている。

 魔女に声を奪われてから内心で文句をぶうたれる癖があったが、それが格段に増えている自覚がある。


「あ、ねえ。もうチェック表張りだされてるよ」


 槙島の声で顔をあげると、ウッドデッキの隅に設置されたホワイトボードに大きな模造紙が張りだされていた。

 チェック表とは一言で言えば成績表だ。

 七人いる審査員が次のステージに進むべき人を選んでチェックをつけるのだが、これを一定数獲得した選手が準決勝に進む。

 今回は七点以上で進出が決まるのだが……正直マリは諦めていた。

 一曲目はまだしも二曲目は、素人目に見てもぼろぼろだったので。


(まあもともと予選でとんずらするつもりだったからいいんだけど)


 増殖し続ける内なるぼやきをもう一つ追加して、なんとなく隣に視線を投げた。

 夏目はチェック表には一切興味がないようで、ウッドデッキの淵に立って黒い海が運んできたペットボトルを眺めている。

 波に煽られるたびに支柱にぶつかり、かこかこと音を立てている――落ちて当然だから見なくてもいいということか。


 忘れがちだが競技会に参加したのは義足の性能検査のためであり、マリにとってみればスマートフォンの修理代を稼ぐためのアルバイトだ。

 次は、もうない。


(……あれが最後だったなら、もう少しちゃんと踊っておけばよかったかな)


 頭の中に一瞬だけ、夏目と最初に踊った日のことがよぎったがすぐに掻き消えた。

 まあそんなもんだ、人生なんて。

 マリが何者にもなれないことは五歳のときに決まっている。


「チェック表わたしにも見せてー」


 柄にもなく明るい声をだして近づいた。

 慣れっこなマリと違ってきっと槙島は責任を感じるだろうから(なんたってマリは不憫な義足の子だ)。

 しかし振り向いた槙島が満面の笑みで両腕を掲げたので咄嗟に足を止めて身構えた。


「え? 何?」

「ハイタッチだよ! 通過おめでとう、マリちゃん」

「……は?」


 槙島を押しのけてチェック表を覗き込めば、縦の列に参加者の、横の列に審査員の名前が七人分並んでおり、右端には合計得点が書かれていた。

 夏目&月島ペア――十四点、CALL(通過)


「うそ、十四点って満点じゃんっ。わたし、あんなに下手くそだったのにっ」

「まあ……慧だからね」


 ……確かに。


 内心で言い捨てて、未だ打ちつけるペットボトルを眺めている夏目を振り返った。

 夏目のうまさは群を抜いていて、そして悲しいかな、マリの空気っぷりも群を抜いて完璧だったのだ。

 審査員がマリを一切無視して点数をつけたのならむしろ納得しかないくらいである。


 なら、マリは。

 いなくても勝てるのでは。


 飲みこんだ疑問が魚の小骨のようにちくりと喉を突き刺した。


 しかし通過したことは事実であり、その最大功労者が夏目であることもまた事実だ。

 一つ息を吸って吐き、槙島がしたように両手を掲げて振り返る。


「夏目さん、通過だって」

「知ってる」


 平板な声がさも当然そうに言うと、マリの頭にぽんと手を乗せてすれ違った。


「いつも通りやれ」


 燕尾服の裾がはためいて後方に流れていく。

 吹き抜けた風が夏目の匂いを運んできたが鼻に馴染んだあの石膏臭さはどこにもなかった。

 ぱりっとした燕尾服の匂いと爽やかな整髪剤の香り。

 マリの知らない匂い。


 あげたまま行き場を失った両手を白っぽい目で眺めた。

 知ってるってなんだ。

 見てもいないくせに。

 我が尊大不遜な王様は、たとえマリがどれほど足を引っ張ったとしても自分なら通過して当然だと?


「何、それ」


 と薄ら笑いを浮かべて振り返ったときには夏目の姿はそこになかった。

 いつも通りやっていないのはどっちだという悪態は言いそびれ、


 あれ、というかわたし……いつもどうやって踊っていたんだっけ?


 喉に突き刺さったままの小骨が気になり、そんな当たり前のこともわからなくなっていた。

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