第2話 女剣士にスカウトされた
翌朝、俺は普段よりも早く目を覚めた。
だけど周りを見ると、いつも一緒にいたメンバーがいない。そうか、俺はパーティーを追い出されたんだったな。
思い出したくなかったが、思い出してしまう。また再び憂鬱の気分になった。かわいい小鳥のさえずりも聞こえてきたが、全く気分は晴れない。
「これからどうしようか」
とりあえずベッドから起きた。起きないことには何も始まらない。顔を洗い、軽い食事もすませ気持ちを落ち着かせた。
「まずは、所持金だ。今いくらあるんだ?」
俺は【アイテムボックス】を開いた。財布を取り出し、中身を確認する。
「いち、に、さん……全部で十七枚かよ」
数えたところ銀貨が全部で十七枚しかなかった。一瞬絶望してしまう。
冒険者の一か月分普通に生活を送るとしたら、金貨約十枚ほど必要だ。そして金貨一枚は、銀貨十枚と同額。
単純計算で行くと、三日くらいしか生活できない。これではまずい。今泊っているこの宿も格安なのだが、それでも銀貨二枚ほどかかった。
「とにかく、今は仕事を見つけないとな。俺でも達成できる簡単な依頼を探そう」
重い腰をあげ、ミゾリア町の中央部にあるギルドへ向かうことにした。ギルドはいつも通りの光景だった。多くの冒険者達が依頼書が貼られた掲示板の前に立っている。
俺もその中に混じった。そして俺でも達成できる簡単な依頼を探した。
「薬草採取は……ないか」
俺は項垂れた。非戦闘職である俺はモンスターと戦うことすらできない。掲示板に貼られている依頼書は、モンスターの討伐依頼ばかり。
薬草採取は俺でも可能な数少ない依頼だ。だけど掲示板には一枚もない。
こうなったら魔石採掘の依頼だけでも。そう考えて再び掲示板を隅々まで見た。
「ねぇ、そこのあなた!」
突然後ろから女性の呼び声が聞こえた。だけどほかの冒険者に声を掛けてると思って、俺は振り向かなかった。
「ちょっと、あなたよ。そこの黒髪の!」
黒髪。そう言われて俺はハッとした。周りには黒髪の冒険者はいない。非常に珍しい髪の色と言われているから、俺はまさかと思い振り向いた。
すると目の前には赤髪の美しい女性が立っていた。腰に剣を携え、深紅色の鎧を身に着けたスラっとした体形、それでいて引き締まった筋肉質の体をしている。剣士だろうか。
「やっぱり! 似てると思ったけど、間違いないわ!」
「あの……俺のこと言ってる?」
「そうよ。あなた、スタンリー・フォーゲルでしょ!?」
女性が俺の名前を言い当てた。一瞬ドキッとした。
「ど、どうして俺の名前を!?」
「何言ってんの? スタンリー・フォーゲルと言ったら、かのAランクパーティー『白銀の彗星』の一員でしょ!?」
女性は俺が所属していたパーティーも言い当てた。いや、よく考えれば当然かな。
俺が所属していた元パーティーは『白銀の彗星』、Aランクで確かにこのミゾリア町では有名だった。しかももう一息で、最高のSランクに到達するところだったからな。
「光栄だわ。『白銀の彗星』の【アイテムボックス】持ちのスタンリーに会えるだなんて! ね、握手していい?」
「あ、あぁ。いいよ……」
女性が差し伸べた手を俺も握りしめた。ほんの数日前なら、この出来事もかなり嬉しく、俺も鼻が高くなってただろう。だけど今の俺には、嫌な思いがよみがえるだけだ。
「そういえば自己紹介まだだったわね。Bランクパーティー『白竜の翼』で剣士をしているタウナ・バンフィールズよ。よろしく!」
「よ、よろしく……」
「どうしたの、そんな浮かない顔して?」
「え? いや、なんでもないよ!」
俺の今の心境がすっかり顔に出ていたようだ。
「そう、私みたいな低ランクの剣士と握手したって嬉しくないってわけ……」
「ち、違うよ! そんなつもりじゃないから!」
「別に無理しなくっていいわよ。それはそうと、あなたこんな場所で一人で何やってるの? ほかのパーティーのメンバーは?」
「あぁ、それはね……」
俺はなんて答えればいいか迷った。まさか昨日起きたことを、ありのまま伝えるわけにはいくまい。
「俺はただの【アイテムボックス】持ちに過ぎないからね。雑用とかけっこう任されるんだ……」
「ふぅーん、でも戦闘スキルもいくつか持ってるでしょ?」
「それは……」
タウナは痛いところを突いてきた。確かに【アイテムボックス】持ちとはいえ、それなりの戦闘スキルは所持しているのが普通だ。
でも俺には戦闘スキルはない。それを正直に言うべきか。
「おい、聞いたかよ。例の話」
「例の話ってなんだよ?」
「Aランクパーティー『白銀の彗星』で追放劇があったらしいぜ。追放されたのは、【アイテムボックス】持ちらしい」
突然ほかの冒険者達の会話が飛び込んできた。まさに昨日の俺のことじゃないか。タウナも当然聞こえていた。
「……今の話、本当?」
今更誤魔化してもしょうがない。俺は黙って頷いた。
タウナは一瞬動揺した顔を見せたが、すぐに真剣な顔に戻った。
「理由はどうあれ、あなたは今フリーってことよね? ってことは、チャンス」
「え? なにがチャンスなんだ?」
「代わりに私達のパーティーに入ってくれない? 実は私達のパーティーにいた【アイテムボックス】持ちが突然失踪しちゃって、困ってたの!」
「それはありがたいが……でも」
なんていうタイミングだろうか。タウナのパーティーにスカウトされてしまうだなんて。
正直断る理由はない。追放されてどこにも行く当てもなかった俺には、またとないチャンスだ。
でも、素直に受け入れるわけにはいかなかった。
「……ちょっと、考える時間をくれないか?」
「はぁ? まさか、ほかのパーティーからもスカウトされてる?」
もちろんそんなことはない。スカウトされているのはタウナのパーティーだけだが、ここは適当に頷いて誤魔化しておこう。
「……わかったわ。でも早いうちに決断を下してね、駄目だった時でも返事をちょうだい。私は酒場の近くにある赤い屋根が目印の宿に泊まっているから」
タウナはそれだけ言い残して、ギルドを出て行った。なんか申し訳ない気分になった。
「どうしたらいいんだ? せめて例の欠陥がなくなれば……」