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深夜の呼び声

作者: 田圭田

「おーい、タニグチ、いるんだろう?出てこいよ!みんなも来てるぞ!」

俺の名前を呼ぶ声がする。

何やら楽しげな様子だが、物事にはタイミングがある。

映画を見ている最中に、急に催したくなったり。

電車に乗っていて、急に腹が痛くなったり。

寝床について、さぁ寝るぞとなった途端に尿意が湧いてきたり。

まぁとにかく、間が悪い事は人生において珍しいわけではない。

今起きている事も、俺がこれから経験するであろう大小ある中で、どのくらいの大きさになるかは知ったことではないし、それを決めるのは人生の最期の瞬間だろう。

つまり主観で物事を判断する際に、相対的にレベルが決まると言うことだ。

前に挙げた最悪トイレタイミング三選も相対的にレベルが決まる。

最初に挙げた例と最後の例はトイレに行くことが億劫なだけで、別段辛いわけではないが、2番目の例はトイレに行けないことが辛いのだ。電車にトイレはあるにはあるだろうが、通勤ラッシュの時間帯に当たってしまったが最後、あの人でごった返した中を、あの耐え難い痛みと、便意と闘いながら進んで行くのは至難の業だろう。

となると、2番目の例>1番目の例=2番目の例ということになる。

さて、俺が無駄な抵抗をしている間に事態は収束に向かっていればいいのだが、まぁ収束した結果が二つにひとつなのが問題なのだが。

「おーい!タニグチ、いるんだろう?出てこいよ!みんなも来てるぞ!」

「ねぇ!タニグチさん!いるんでしょう?出てきなさいよ!」

「タニグチ!お前も来いよ!」

人数的には5〜6人くらいだろうか、内容は似たり寄ったりで。男女は同じくらいで、年齢もまぁ似たようなものだろう。

どうやら俺の抵抗も虚しく事態は悪化しているようだ。

俺にこんなご機嫌な友人たちがいたかどうかは定かではないが。仮に居たとして、やはりタイミングが悪い。今の時刻は午前3時なのだ、午後ではない間違っても。何しろ間違えようがない、部屋の中が暗すぎる、カーテンは閉めているが、それにしても暗すぎる。それに今は8月の半ばだ、昼の3時にこんなに暗いわけがない。壁掛け時計の夜光塗料の針が同じく夜光塗料で書かれた、アラビア数字の3を指しているからだ。

こんな時間に冷房のために締め切った部屋にいる俺にわざわざ聞こえる声で、わざわざ叫んでくれる傍迷惑な友人達がいるだろうか。そもそもこんな時間にそんな大きな声を出さずとも、携帯に電話をかけて来ればいいではないか。

深夜にあの耳障りな着信音が鳴り響けば、誰だって飛び起きるだろう。俺からすれば嫌がらせをしたいなら迷わずそうするのだが。窓の外の友人達らしき声達は、どうやらそうは思わないらしい。

だが、俺が何より恐れているのはそういう細かなところではなく、どう考えても俺にはこんな愉快と迷惑の判別もつかない調子の良い友人達は思い当たらないし俺の名前は確かにタニグチだが、友人のことをわざわざ苗字で呼ぶだろうか。

俺の知る中ではそんな友人はいないし、わざわざこんな時間に、俺の家に集団で押しかけてくるような間柄だ。相当仲はいいのだろう。そもそもこんな御宅を並べて考えるくらいしか気を紛らわすことができないくらいに、俺が恐怖を感じている時点でおかしいのだ、とっとと窓を開けて確認するなり、なんならとっとと表に出て嫌味の二言三言交わして、どこかに繰り出していてもおかしくないのに、俺は何故か布団の中で脂汗をかき震えているのだ。

そんなことを思っているうちに、また俺の名前を呼ぶ声が増えている事に気がついてしまった。

もう軽く10人は超えているだろうか、俺はもうどうしたらいいのかわからなかった。確かに声としては認識しているのだが、全く何を言っているのかはわからない。

音として判別する限り明らかに音の種類が増えていて、それで数が増えているのがわかったくらいで、もう俺の脳は限界を超えた恐怖を処理するのに回っていて、耳に入ってくる言葉を処理しきれていないのだろう。

ひどい耳鳴りもしてきた、熱中症だろうか。夜間熱中症だとか昼間のニュースで言っていたような気もするが、おそらく関係ないだろう。

ふと考える、窓の外の声は増えているが誰が発しているのだろう。窓の外には人がたくさんいて、たとえば俺に何か恨みがある人間か、それとも人を取って食うような妖怪がたまたまターゲットにしたのが俺なのだろうか、まぁどちらにしよ関係ないのだが。

このまま増えていくとして、いくら妖怪だろうと届く声に限界はあるだろう。これから増えていくにつれ家の周りは妖怪で埋め尽くされ、百人も越えればもう相当な面積を占めるだろう、そうなると聞こえもしないのにわざわざ俺を誘き寄せるためにわざわざ声を張り上げているのだ、なんだか健気であるが、だからといってみすみすやられてなるものか。

そこでまた別の考えに至った、窓の外の声達が無制限に増えていくとすれば、その中に俺に好意的な存在も混じっていたりするのではないだろうか、もしかすると最初の一人も悪い奴ではなく、たまたまそういう存在で俺とは相容れない関係だっただけで悪意はないのかもしれない、ゾウとアリみたいなものだ、そんなこともあるかもしれない。

窓の外の声達もしぶといが、俺もなかなかのものでいくら待っても気絶してくれやしない。

こういう怪談のオチはずっと気絶して何事もなかったかのように見せて窓に手形がついててしかも内側からとかそういうのでとっとと終わらせてくれればいいのに、どうやら書き手も着地点が見当たらなくて、困っているのかもしれない。

まぁ世の中そんなものだ、上手く行った試しなんて数えちゃいないが、覚えてもいない。成功体験ほどすっかり忘れるものだ、そりゃ死んでも馬鹿は治らないわけだ。

気がつくと夜が開けていた。

なんだ、案外あっさりしたものだ。

なんだったら夢だったのかもしれない。

連中も飽きたのだろう、俺を怖がらせるのが目的なら十分果たしていたし。窓の外にどれだけいたのかそれとも一人で何かしらよくわからない力で増えていたりしたのだろうが。割に合わないと判断したのかそれとも、どこかの誰かがたまたま通りかかるだとか呼び寄せられるなりして、犠牲になったのか。まぁ知ったことではない、まぁ単なる夢だったのだろう。そうすれば単なる怖い夢の中に放り込んで、一週間後には忘れているだろう。

そして今まで見た中で一番怖かった夢になるだろう。


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