第二十話 ゲスい事後処理
ヤンキーの絡みを警察を使って回避しようとした道貞の目論見は、下種牧舞の見事な投げで瓦解した。
このままでは牧舞が罪に問われると考えた道貞は、その手を引いて現場から離れたのであった。
どうぞお楽しみください。
駅から離れた公園で、ようやく俺は足を止めた。
ベンチにへたり込む俺の前で、下種は不満そうに俺を見下ろす。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「もー、ドーテー、なんで、急に、走るのー?」
お前のせいだろ。
こっちが警察呼んでるのに相手を投げ飛ばしやがって。
あれじゃ正当防衛にならないだろうが。
せめて俺が一発殴られるまで待てっての。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
……駄目だ。言葉にならない。
滅多に全力で走らないからな。
息が整うまでは、このままか……。
「ウケるー。もっと身体鍛えた方がいいよドーテー」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
大きなお世話だ。
もう息が整ってるお前がおかしいんだよ。
くそ、反論もできない。
「あたしさー、小学校の時に公園で苗字の事でイジられてさー。相手は男子で四人だったかなー? 言い返せなくて超泣いてたんだよねー」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
……何の話だ?
まぁいい。息が整うまでは聞いてやる。
「そん時にカッコよく助けてくれた男子がいてさー。それから苗字イジりもなくなったし、超ヒーローって感じだったんだよねー。だからあたしも身体鍛えたんだー」
「はぁっ……、はぁっ……」
それにしたって強すぎだろ。
守られたい願望はマジで嘘だったのか。
つーか苗字イジりまで止めるとか、そいつ何したんだ?
世紀末に無双する一子相伝の暗殺拳使いか?
それともヤの付く自営業の御曹司か?
駄目だ。ツッコミが追いつかない。
「ドーテーさー、さっきあたしを守るためにわざと殴られようとしたよねー?」
「……、はぁっ……。はぁっ……」
そんなつもりはない。
殴られる可能性も選択肢にはあったが、あくまで選択肢の一つ。
大して頭に血が昇ってない奴らなら、あれで引くと思ってたんだよ。
「それってあたしのコト、身をてーしてかばおうとしたってヤツー?」
「……ち、がう……。ふぅーっ……。違う……。あれが場を収めるには、ふぅ、最善と判断したまでだ……」
力で従わせようとする奴等には、より強く、より正当性のある力をぶつける。
俺が小学校の時に学んだ教訓だ。
少し遠出をした先の公園で、気に入らない連中に文句を言ったら顔を殴られた。
派手に出た鼻血に警察と救急が絡む大騒ぎになり、後日そいつらが親と共に土下座謝罪に来た。
あれで俺は腕力でイキる奴等には、学校や警察を盾にするのがベストと知った。
だから今日も実行したまでだ。
「なんにしても守ろうとしてくれてありがとー」
「……契約の内だ。身体目当ての男から守るって話だったからな」
「それでもいーの。ありがとー」
「……どういたしまして」
何だ、にやにやしやがって。
あれか? 強くなりすぎて、形だけでも庇われたのが新鮮とかそういう感覚か?
ま、勝手に機嫌良くなってくれ。
「おっと」
携帯が鳴った。
知らない番号だが、このタイミングなら警察だろう。
とりあえず誤魔化しておくか。
「もしもし」
『あ、先程通報された方ですか?』
「あ、はい。すみません。通報した事に気付かれて、激昂されたので逃げてしまいました」
『そうでしたか。ご無事ですか?』
「はい、僕と同行者は……。ただ無我夢中で振り払ってしまった時に、僕の胸ぐらを掴んでいた人が転んだかも知れないのですが、その人は無事でしょうか?」
『そうですか。とりあえず現場にそれらしい人はいないようです』
よし。なら大丈夫だな。
後は調書を適当に回避して、と。
『では詳しくお話を聞きたいので、署までご足労願えますか?』
「あ、すみません。同行者の女性が今回の事で大きなショックを受けているので、側を離れられないのです。状況についてはこのまま電話でお伝えしてよろしいですか?」
『……あー……、そうですか……。しかし……』
「被害届などを出すつもりはありませんので、どうかお願いします」
『うーん……、まぁそういう事でしたら……』
よし、このまま押し切る。
「みっちぃ……。でんわだれとぉ……? はやくかえろぉよぉ……」
下種ぇ! 何でお前満面の笑みでガチめの泣き声出せるんだ!?
……そういやこいつはそういう奴だった……。
『あー……。わかりました。では手短に状況だけお知らせください』
「わかりました。ありがとうございます」
……親指を立てるな。
こうして俺は、下種が断続的に漏らす泣き声に焦る警察官に、状況を手短に伝えるのであった……。
読了ありがとうございます。
ちなみに牧舞の投げですが、手首を外側に捻り、体勢が崩れた足を払って転ばしただけです。
格闘素人の道貞には、投げ技のように見えました。
なので怪我とかはなく、バツが悪いのでそそくさと立ち去りました。
残り二話で一旦この話は終わりにしようと思います。
どうぞ最後までお付き合いください。




