第十六話 ゲスい二回目デート
流れで二回目のデートに行く事になった道貞。
初めてのカフェデートを無事乗り越える事はできるのか?
どうぞお楽しみください。
日曜日の朝の駅前。
……下種は案の定、約束の時間から十分遅れでやって来た。
「お待たー」
「……そう思うなら早く来い」
「ごめーん。髪型がうまいこと決まらなくてさー」
「……で、それなのか」
どう見ても後ろでまとめただけの髪に見えるが……。
「服に合わせてあれこれ考えたんだけどー、これが一番しっくり来てさー」
確かに前回買ったダメージジーンズと、俺のゆきっつぁんと引き換えにしたTシャツというラフな格好と、そのさっとまとめた感じの髪型は合っていた。
しかし前回は半袖のジャケットも合わせてなかったか?
何か羽織ってないと、胸が目立つな。
……あぁ、それが狙いか。
また男の悲しい性を逆手に取って、マウントを取ろうという魂胆だろう。
だが対策はある。
ゆきっつぁんの魂を宿したそのTシャツが俺を助けてくれる!
「そのTシャツ、着てくれてるんだな」
「まーねー。せっかくの初プレだしー? どうー? 似合ってるでしょー?」
「そうだな。つい目が行くよ」
こう言っておけば、つい胸に目が行ったとしても「何見てんのー」「服」と言い訳が立つ。
「えへへー、そっかー、つい見ちゃうくらい似合ってるかー」
「あぁ」
上機嫌だな。
これは良い傾向だ。
うまくすれば、より高次な恋人のフリも代償なしに実行できる可能性がある。
「じゃあ行こっかー」
「あぁ」
下種の進むままついていくと、大規模チェーンの『フロント・オブ・ザ・サン』が見えてきた。
意識高い系喫茶店の代名詞みたいな店だ。
飲み物の注文が高難度と聞いて、足を踏み入れた事はなかったが、下種は躊躇なく入っていく。
さすが陽キャ。
陰キャにできない事を平然とやってのける。
そこにシビれもしないしあこがれない。
「いらっしゃいませ。ご注文を承ります」
「じゃあ今日はー、ホットトールフォーミーサンライズラテウィズキャラメルソースで」
「かしこまりました」
「ミッチーはどーする?」
何だ今の呪文。
杖から光が飛んで悪霊を爆散させてもおかしくないぞ。
アイスコーヒーでいいんだけど、下手な事を言うと爆発させられそうな予感さえする。
いや待て。
ここは日本。
日本語で注文して何が悪い。
「あの、アイスコーヒーってありますか」
「ございますよ。サイズはショート、トール、グランデの順に大きくなりますが、いかがいたしますか?」
S・M・Lって感じか。
ならトールだな。
「トールで」
「かしこまりました。コーヒーは通常のものとノンカフェインのものとが選べますが、いかがいたしますか?」
「あ、普通ので」
「かしこまりました。ミルクは加えますか? 通常のミルクと脂肪分ゼロのノンファットミルクとでお選びいただけますが」
「えっと、なしでいいです」
「他に生クリームやキャラメルソース、チョコレートソース、フレーバーソースなどを追加する事も可能ですが、いかがいたしますか?」
「いや、その、なしで」
「かしこまりました。ご用意いたします」
……成程、この質問と返答の過程を省略したのがあの呪文というわけだ。
ただの意識高い系の遊びかと思っていたが、中身を知ると印象も変わるものだな。
「ちぇー。ミッチーがあたふたしたら教えてあげよーと思ってたのにー」
そんな事だろうと思った。
こいつには格好をつけると足元をすくわれる。
わからないものはわからないと正直に言った方が、結果優位に立てる気がする。
「それではお会計が、ホットトールフォーミーサンライズラテウィズキャラメルソースが七百八十円、アイストールノーミルクサンライズコーヒーが四百五十円になります」
ふっかつのじゅもんかな?
次同じものを頼む時には述べよ的な?
そうそう来る事もないから、メモはしないけど。
おっと払うもの払っておかないとな。
また奢るとか言われても困る。
……いや、待て。
閃いたぜ! 神の一手!
「じゃあ二千円からで」
「え? あたしの分……」
「これくらい奢るよ。教室で助けてもらったしな」
「……ありがとー」
かかったな下種!
これで伴野に疑われた時のメッセージの借りはチャラだ!
コーヒー一杯で立場を回復する、やはり天才か……。
「お会計ありがとうございます。それでは右手の受け取りカウンターの前でお待ちください」
「じゃーあたし席取っておくねー」
「あぁ、頼む」
下種が離れたところで、コーヒーの香りを吸い込みながら、俺は周りに目を配る。
一目で恋人らしい動作や様子というのはないだろうか。
何組かカップルらしい男女がいるが、どれも普通に歓談しているだけだ。
このデートもどきの間に、伴野をぐうの音も出ない程納得させられる方法を探さないとな……。
「お待たせいたしました」
「あ、ありがとうございます……」
店員からトレーを受け取り、手を振る下種の元へと向かう。
そうだ、下種からそれとなく聞き出してみよう。
明らかに経験豊富だしな。
「良い席だな。ありがとう、し、マッキー」
「どういたしましてー。こちらこそサンキュー」
折良く下種は上機嫌。
向かいに腰を下ろした俺は、その油断を突くべく、会話の組み立てを始めた……。
読了ありがとうございます。
『フロント・オブ・ザ・サン』は、女神のお店のもじりです。
呪文はそれっぽいのをパク……、参考にしました。
ちなみに呪文作成アプリもあるんだとか。
喫茶店の奥は深い。
次話もよろしくお願いいたします。




