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訳あり令嬢の妖精学レポート  作者: 石田空
妖精学者と呪われし青年
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妖精に人の心はわからない 前編

 気付けばルーサーは、花畑にいた。

 辺り一面に咲くネモフィラの花に、ルーサーは首を傾げたものの、そういえば元々住んでいる町の一角に、ネモフィラの花畑があったのだと思い至る。

 そこでネモフィラの花にはしゃいでいるラナの姿が見えた。

 まだ身長は今ほど高くはなく、頬もふっくらとしている。着ているワンピースは簡素であるが、彼女は花畑にいるだけで、花と花の間を飛び交う妖精のように美しかった。

 ラナの銀糸の髪が日差しに透けて見え、それがネモフィラの花によく似合っていた。


「ルーサー、見て!」


 にこにこと笑っているラナに、ルーサーも釣られて笑う。

 この頃はまだ、呪われてなんていなかった。

 ルーサーはネモフィラの花を摘んで、彼女の髪に挿してあげた。今思うとキザな行動だが、たしか本で見たことをそのまま彼女にしてあげたのだと思う。


「大人になったら、もっと花をいっぱいあげる」

「この花畑の花全部?」

「そんなにたくさんあげたら、花畑がはげちゃうよ?」

「それは困るね。でもたくさんくれるのね?」

「うん、その花をたくさん持って、結婚しよう」


 町角で式を挙げる夫婦は、皆花をたくさん持って笑顔を浮かべていた。ルーサーはそれを思ってラナに言ったのである。

 そのとき、彼女は屈託なく笑って「うんっ!」と言った。

 彼女の笑みが曇るようになってしまったのはいつだろう。ルーサーは考える。しばらくしたら、風車のようにカチリと場面が移り変わった。

 近所の友達とかくれんぼをしていたときに、ラナだけどこを探しても見つからなくなったのだ。空は既に血の色のように真っ赤な夕暮れになってきているのに、どこにもいない。


「ラナ! ラナ! ラナ!」


 どこを探しても見つからない。とうとう友達のひとりが「大人を呼ぼう!」と提案した。

 混乱していたルーサーでは思い浮かばず、皆で一斉に自警団の小屋に走って行ったのだ。ラナが行方不明だと知った大人たちは、一斉に捜索をはじめた。

 森の中に明かりを持って走り回る。ルーサーたち子供たちは皆家に帰され、ちゃんと眠りなさいと言われるが、眠れる訳がなかった。

 ルーサーは何度も自警団の大人に混ざって捜索の手伝いをしたいと申し出たが、当時はまだ子供だ。皆に首を振られて家に帰されてしまった。

 ベッドに入っても、眠ることができなかったが。次の日「見つかったよ!」と言われたのだ。

 一日ぶりに再会を果たしたラナは、ルーサーにとって発光して見えた。


「お帰り!」

「わあ……もう、大袈裟だよルーサーは」


 一日眠れなかったのだ、安心したのだからこれくらい許して欲しい。

 そう思った矢先。


──ヒックヒックヒックヒック


「えっ?」

「どうしたの?」


 妖精のようなラナは、不思議そうにルーサーを見つめた。


「今、誰かの泣き声が聞こえなかった?」

「鳴き声って……町には動物は入ってこないわ?」

「鳴き声じゃなくって泣き声……なんでもない。気のせいならそれでいいんだ」


 ルーサーは考え込んだ。

 今まで忘れていたが、たしかに自分は、泣き声を耳にしたのだ。

 皆に聞いても「知らない」「そんなの聞いてない」と首を振られてしまったので、ルーサーも自分の気のせいだと納得して、そのまま忘却の彼方に追いやられてしまっていたが。

 でも、そうか。やっぱり自分は泣き声を聞いていたのか。

 ルーサーはどうにか泣き声の方向を見ようとするが、自分の記憶を夢と見ているせいなのか、動かすことができなかった。

 呪われた原因がわかれば、あとはアルマに相談すれば、解呪が叶うかもしれないのに。


「どうかしたの? さっきからおかしいわルーサー」

「……ごめん、なんでもない」


 ルーサーがラナに謝ると、ラナは面白くなさそうに頬を膨らませた。

 なぜかそれの表情は、カウンセリングをしてくれたアルマの顔を思い浮かべさせた。


****


 目が覚めると、ルーサーは自室で眠っていた。

 本来、一・二年生は二、三人の同室なのだが、ルーサーは一番狭い部屋ということもありひとり部屋であった。寮の中では彼の呪いが発動しないとはいえど、トラブルにならないのならそのほうが彼にとってはありがたかった。

 ベッドから起き上がり、着替えてローブを羽織りつつ、考え込んでいた。


(今の夢……僕はなにかを忘れているんじゃ……それに、どうしてラナとアルマさんが重なって見えたんだろう……)


 片や幼馴染で妖精のように思っている同郷の少女。片や昨日会ったばかりの風変わりな先輩だというのに。

 ルーサーは首を傾げながら食堂への道を歩いていると「やあ!」といきなり背後から声をかけられた。それにルーサーは思わず「わあっ!」と答える。


「おやおや、ずいぶんな驚きよう。いや普通だねえ……」

「……おはようございます? ええっと……」

「いやいやいや。俺はジョエル。君の先輩の錬金術師だけれど……いやあ、呪われていると聞いていたけれど、変わった呪いにかかっているようだねえ……」

「はい?」


 ジョエルと名乗る赤毛の錬金術師は、興味深げにルーサーを上から下まで眺めるのに、ルーサーは困り果てて彼を見る。


「……ええっと、僕が呪われていることをどうして……」

「俺の幼馴染ねえ……基本的に妖精以外に興味がないんだよ」

「はい? アルマさん……ですか?」

「おお。初対面の君にまでわかりやすいほどに、妖精の話しかしなかったのかい?」

「……妖精以外に興味がないというよりも、妖精を憎んでいるように見えましたけど」


 そうルーサーはポツンと言う。

 犬猫を飼いはじめたら、犬猫にとって毒であるものはまず家の中に置かなくなる。花を生けること、特定の野菜を食べなくなることはよくある話だが。

 どうにもアルマの使い魔の扱いは、ルーサーからしてみるとぞんざいが過ぎて怖く思えた。

 使い魔のレーシーは妖精のはずなのに、あれだけ鉄のかかった呪い避けの部屋に、小瓶に入れているとはいえど同行させるのは、妖精が好きじゃないからに他ならないように思えた。

 ルーサーの言葉に、ジョエルは口笛を鳴らす。


「うん! いい指摘だ。君も早く転科をして懸命に魔法の研究に励みたまえよ。その着眼点は武器になる」

「はあ……あのう。それで、なんの用だったんでしょうか?」

「ああ、君のことをアルマが気にしているから、珍しいと思ったんだよ」

「……アルマさん。僕じゃなくって、僕が妖精に呪われているから気になっているだけだと思っていましたけど」


 そうルーサーは口にする。

 彼女と一緒にいて安心したのは、彼女は自分自身に対して興味を持たなかったからに他ならない。呪いを振りまいてむやみやたらと声をかけられまくるルーサーからしてみれば、自分と話をしても、自分自身に関心を持たない人は貴重であった。

 それにジョエルは「ははははは」と笑う。


「それはいくらなんでも、アルマに対して失礼じゃないかなあ? 彼女、本当にびっくりするくらいに勉強して、妖精言語をマスターしたんだから!」

「ええっと……」

「妖精を憎んで憎んで憎みきっているのに、それでも妖精学の研究に励んでいる彼女。それは取り返したいものがあるからに他ならないんだよ」


 そこでようやくルーサーは気付いた。

 ジョエルはひょうきんな口調で口元には笑みを貼り付けてはいるものの、目はちっとも笑っていないということに。

 彼はずっと、ルーサーのことを観察していたということに。


「魔法使いっていうのは、外部の人間のことが本当に嫌いでねえ、なかなか友達ってものができないのさ! 魔法使いに限らず、人間ってしてもらったことでなかったら、誰かにしてあげることはできないらしいよ! 彼女、相当苦労しているから、もしちょっとでも彼女に対して思うことがあるんだったら、彼女に話しかけてあげるといいさ! きっと喜ぶよ!」

「……あの、ジョエルさんが話しかけるっていうのは」


 なにも昨日会ったばかりの後輩が話しかけなくても、幼馴染であり、同じく正式な魔法使いのジョエルがアルマに話かければそれでする話では。

 そうルーサーは思ったが、ジョエルはそれをひょうきんな態度で笑い飛ばす。


「ははははは! 錬金術師がシャワーも浴びずに妖精学者と仲良く話なんてできる訳ないだろう!? ……俺は、幼馴染にはそれなりに幸せになって欲しいのさ。じゃあなっ!」


 質問を答えることなく、言いたいことだけ言って、風のように去ってしまう。


「……魔法使いって、小難しい遠回しなしゃべり方ばっかりして、皆こういうものなのかな?」


 ジョエルがいったいなにを言いたかったのか、ルーサーにはさっぱりわからなかった。

 食堂に降りると、ラナが「おはよう、ルーサー」と駆け寄ってきてから、「くちゅんっ!」とくしゃみをした。


「おはよう……風邪?」

「……そうね、オズワルドに来てから、くしゃみが止まらなくって困るのよ。いったいなにが原因でこんなにくしゃみが止まらないのか知りたいわ」

「うん、そうだね……そういえば、昔の夢を見たんだ」

「夢?」


 ラナが小首を傾げると、彼女のローブに彼女の流れる綺麗な銀髪が映えた。それにほのぼのとした気持ちを持ちつつ、ルーサーは頷いた。


「君が一度、妖精にさらわれていたときのことを夢で見たんだ」

「ええ……怖かったわ」

「あれ?」

「ルーサー?」

「君、そんなに怖がってたっけ? 僕、君がいなくなったことで混乱して泣いてたけど、君が怖がっていた記憶がないんだけど……」

「も、もう! いきなり森から知らない場所に出たら、怖いに決まってるじゃない!」

「……そうだったっけ?」


 そこで初めて、ルーサーは「あれ?」と違和感に気付いた。

 自分の記憶がたしかなら、ラナは行方不明になったとき、なにも覚えてなかったはずなのだ。自警団に何度尋ねられても、彼女は「覚えてない」と言って首を振っていたのだから。

「怖がっただろう?」と労わっていたのは近所の人たちだけで、当の本人はきょとんとしていただけだった。

 なんで今更になって、怖かったなんて言うのだろう。


「……もうひとつ、質問いいかな?」

「どうしたのルーサー。今日は夢見が悪かったの? なんだかあなたおかしいわ?」

「違うよ。夢見はよかったほうだと思うよ……あのとき、誰が泣いていたの?」

「誰って……あなたじゃなかったの?」


 ラナに首を傾げられたとき、ルーサーはまた「違う」と心が訴える。

 どうして突然、そんなことを思い立ったのかはわからない。ただたら、ルーサーは混乱した。


「ルーサー……なんだか今日、あなた変よ。授業は休んだら?」

「……大丈夫だから。ただ、今日は早めに行くよ。会いたい人がいるんだ」


 なにかがおかしい。喉になにかが引っかかった感覚があるが、上手くその正体を引き出せない。

 このことをどうにかアルマに質問したいと、朝食もそこそこにルーサーは食堂を飛び出したのだった。

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