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腕 その2

この清水員子とマスターが話している話題が、ひと月同じ内容で、窓際のバンドマン ツヨシにとっては、あまりに単調で退屈なものだった。


あるとき、バンドマン ツヨシは、清水員子の話の盛り上がったとき、我慢しきれなくなって大あくびをしてしまった。


清水員子は、バンドマン ツヨシのあくびを最悪の敵対行為と理解したらしかった。


それ以来、この清水員子は、バンドマン ツヨシを嫌ってしまったのだ。


清水員子は、コーヒーパーラー「ライフ」に入ってこようとするバンドマン ツヨシを威嚇するような目つきで睨んだ。


「入ってくるなと言いたいワケか? 」


「くそったれ、そっちこそ、コーヒー一杯でいつまでねばる気だ! こっちも、あんたが引き揚げるのを、いつまでも外で待っていられるほど暇ではないのだ」


バンドマン ツヨシは、意を決してドアを開けた。


コーヒーパーラー「ライフ」のドアベルが鳴って、来客を知らせた。


中にいたマスターと、清水員子かずこと、岡寺のぶよが入口のバンドマン ツヨシを見た。清水員子の視線には敵意がこもっていた。


バンドマン ツヨシは、素早く反応して、目をらした。


バンドマン ツヨシは、清水員子の嫌悪に満ちたひとにらみをかわしたのだった。


「あの女、今回は俺をにらみつけるのに失敗しちゃったぜ」


「こっちは、用事を言いつかってきたわけで、あんたのにらみでひるんではいられないんだ」


      #       #


「~♪ 毎日、健康、農協牛乳♪ 健すこやか暮らしのお手伝い~~♪」


牛乳のコマーシャルに続いて、ニュースが始まった。


「謎の事件は、いまのところ、解決の糸口が見えておりません。……」


マスターは、ラジオのスイッチを切った。


マスターの顔からは、苦々しい気持ちが読み取れる。


「バンドマン ツヨシくん! ちょっとタイミングが悪かったかなぁ」


岡寺のぶよも、非難めいたまなざしでバンドマン ツヨシを見た。


「あんた、お呼びでないのよ!」という、岡寺のぶよの趣旨は、バンドマン ツヨシにも伝わった。




それでも、今日はバンドマン ツヨシは、めげない。


バンドマン ツヨシは、この数週間、ある下心を持って、マスターの小間使いとして、コーヒーパーラー「ライフ」の仕事の手伝ってきていた。それは、バンドマン ツヨシが、とある人物をマスターに紹介してもらいたかったからだ。


バンドマン ツヨシの図々しい願いだと言うことは、分かっていた。


しかし、バンドマン ツヨシとしては、このチャンスをみすみす逃すわけには行かなかった。


バンドマン ツヨシは、今からいおうとすることをすでに頭でまとめていた。


「今日はマスターのご機嫌はいかがですか」


「今日こそは、お願いしたいことがあります。マスターは、有名なパンクバンド、ピエロヒーローズをご存じだそうですね。しかも、そこのドラマーのヒロシ・カタギリをご存じだそうで……。おっと、お察しがよろしいですね。さすがマスター! つまり、私、どうしてもヒロシ・カタギリとお会いしたくて......」


バンドマン ツヨシは、凍るような空気を感じ我に返った。


バンドマン ツヨシ、言おうとした言葉を押し戻した。


バンドマン ツヨシは、話題をお使いの話に変えた。


「頼まれたものちゃんと買ってきましたよ。トマトジュースに、オレンジジュース、レモンに、そして、農協牛乳……」


バンドマン ツヨシは、そう言いながら、カウンターにレジ袋の品物を並べて行った。


「なに?!」


この清水員子かずこは、色をなした。清水員子は、農協牛乳に反応したのである。


バンドマン ツヨシは、危険を感じとった。


バンドマン ツヨシは、いったん農協牛乳をレジ袋に戻した。


バンドマン ツヨシは、次の品物を取り出した。


それは、一冊の週刊誌だ。週刊誌の表紙には、今評判の「腕」の写真が載っていた。


清水員子かずこは、この週刊誌の表紙の「腕」の写真に激しく反応した。


清水員子は、バンドマン ツヨシから週刊誌を取り上げ床に投げ捨てた。


清水員子かずこは、コーヒーパーラー「ライフ」から泣きながら飛び出ていった。


岡寺のぶよが、清水員子を追って店を出た。


岡寺のぶよは、泣きじゃくる清水員子かずこ肩を抱いてコーヒーパーラー「ライフ」に戻ってきた。


員子かずこ、まだ話しついていないでしょ」


「話が込み入っちゃって、私も少し混乱しちゃったし、反省している。でも、安心して、私の占いの力を信じて! 私の占いの力で、員子はまた幸せになれる。員子、あなたは、あなたの愛を信じて! そんな心の小さな雑音には影響はされてはいけないわ」


岡寺のぶよは、続けた。


「あなたが生きるべきあなたの道について、あなたは、ちゃんと分かってると思うの。どうしちゃったの? 待って!」


員子かずこは、岡寺のぶよの手を自分の肩から振りほどくと、コーヒーパーラー「ライフ」を出て行ってしまった。


岡寺のぶよも、清水員子かずこをほっとくわけにはいかず、清水員子のあとを追った。


「員子さんは、牛乳はダメみたいだな。これははっきりした。とくに、農協牛乳は。CMがラジオから流れてくるだけで、苦痛の表情を浮かべる。そして、取り乱してしまうのだ」


マスターは、この場の状況が理解できていないバンドマン ツヨシに説明した。


バンドマン ツヨシは、今さらながら反省した。


「員子さんの彼氏、実は、今評判の「腕」だっていうのは本当でしょうか?」


バンドマン ツヨシの手には、床から拾い上げた週刊誌が握られていた。


その週刊誌は、「腕」の大写しの写真が表紙となっている。


コーヒーパーラー「ライフ」に戻ってきた岡寺のぶよがつぶやいた。


「それよ! それ。せっかくいいところまで、話してくれていたのに。あんた、バンドマン ツヨシがすべてを台無しにしてしまった。惜しいことしたわ」


岡寺のぶよは、吐き捨てるように言った。


「このままだと、あの女、また、棄てられるわよ。何度同じことを繰り返せばすむのかしら」



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