新釈「龍の形見」15
堀米泰成が書いた遺書は、二通あった。
一通は、塚原卜然への宛名で書かれた。
もう一通は、「平安クリーンスタッフ」代表、塚原瑛太への宛名で書かれた。
二通の遺書は、内容はほぼ同じなので、ここには、塚原卜然宛ての遺書だけを紹介する。
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塚原卜然君への遺書
兄弟よ、ゴメン。俺は、おまえたちから託された金の全額、五億円。
俺たちの理想を復活させるための資金をすべてなんだが、大事なそれをある町で使い尽くした。
俺は、ある町を訪れた。
俺は、自分の果たしていない義理や、不人情というものをつくづくと実感してしまった。
過去の俺は、義兄弟の杯を交わした仲間たちのためになんにもしてこなかった。
同じ流儀で、俺は、この町の男たちと接した。
しかし、彼らは、俺を本当の兄弟としてもてなしてくれた。
歓迎してくれた。
任侠というものを、俺は誤解していた。
俺は、自分に都合のよいように任侠というものを、ねじ曲げて理解していた。
俺は、その町で真の友が示してくれた仁義、人情というものに触れて俺は泣いた。
そして、俺は、正しい任侠の人として心の底から生まれ変わることにした。
俺は、あいつらの俺にしめしたもてなしに、最大のもてなしを持って返すことにした。
すると、あいつらは、俺が示したもてなしにたいして、さらに、大きなもてなしで俺に返してくれたのだ。
そして、その結果、俺とあいつらとのもてなしの交流は延々と続くことになった。
そして、あいつらは、ほんとうに義侠の精神をここにみたと言って、俺に喝采を与えてくれた。
俺は、満足した。
俺は、真の任侠をここに会得したのである。
たとえ、カタギの人間が、五億円を投じた我等の任侠の宴を乱痴気パーティと揶揄しようとも、俺は、そいつ等に対して、これっぽっちも聞く耳を持たない。
義理人情の世界、任侠の世界は、俺のような大馬鹿者がいて初めて意味を持つものなのだ。
結局、俺は、一文無しになった。
しかし、俺は、兄弟と交わした約束が残されている。
俺は、わかっている。
俺は、わかっているから、こういう具合に遺書を書いているのだ。
最初、五億円を受け取り、俺がした約束も、俺の命と同じくらい重いものだと言うことを……
しかし、俺は簡単には犬死にするつもりはないのだ。
というのも、俺には、最後の算段があるのだ。
とにかく、俺は、俺の人生にけりを付けようとするとき、俺の胸に去来する思い出がある。
俺は、兄弟には、話してはいなかったものの、この二十年前に確かにあった『龍の形見』の日々を一時も忘れたことはない。
あの日に起こった出来事、あれから、たどった義理人情の没落を一時たりとも忘れたことはなかったのだ。
そして、俺たちの苦渋の二十年間にだれが笑っていたのかも、しっかりと突き止めている。
この町にやってきて、乱痴気騒ぎの間でさえも、俺はあいつ等の情報をしっかりと集めていたんだ。
兄弟よ、覚えているかい。
あれは、突然の出来事だった。
兄弟と、月陰熊五郎の闘いは、もつれにもつれていた。
しかし、兄弟よ。あんたは、熱戦に、月陰熊五郎が少しづつスタミナを失っていた。
明らかに、月陰熊五郎の動きが鈍くなったのを見抜いた兄弟は、渾身の一撃を月陰熊五郎に見舞った。
その一撃は、熊五郎の野郎の頭蓋骨にはっきりとした打撃を与えた。
熊五郎は、兄弟の攻撃をもう受け止められなくなってしまった。
熊五郎の意識がもうろうとなって、足下もおぼつかなくなっているのは、だれがみても明らかなことであった。
兄弟は、この因縁の闘いに最後の決着をつけるべく、とどめの一撃を見舞ったのだ。
月陰熊五郎の最後は、だれも想像していないくらいのあっさりとしたものだった。
その場に、へたり込むように、腰から落ちていくと、大の字になって、もう息をしなくなってしまった。
兄貴を称えて、満員の会場の観客は、喝采した。
そして、この闘いに、はっきりとしたけじめを付けるために、会場の客たちの手で、月陰熊五郎にとどめを刺すことになった。
月陰熊五郎は、引きずり起こされ、そして、その腹に向かって刃物のが突き立てられていった。
また、銃によって、体のあちこちが打ち抜かれていった。そして、心臓めがけて、最後に、マグナムの銃弾が発射された。
闘技大会の敗者には、限りなくむごい仕打ちが加えられた。
勝者と敗者とをはっきりと区別できるようにするためである。
なぜ、そんな残酷な事ができるのか?
我々には、分かっていたからだ。
『龍の形見』が生み出す闘技場で起こったことは、「現実」ではなく、「夢」であるということを。
『龍の形見』で起こった「死」は、翌日の朝には「夢」てあったと言うことになり、死者は、無傷の生者として目覚めるのである。
しかし、『龍の形見』は、あの日破壊された。
『龍の形見』の喪失のため、俺たちの闘いのイヴェントは、その存在意義を失ってしまった。
『龍の形見』は、死からの恐怖から解放し、我等がトコトン闘うことを可能にしていたが、『龍の形見』の喪失によって死は我々に動かしがたいものとなった。
その証拠に、我々は二人の友を永遠に失うことになった。
『龍の形見』が生み出す闘技場が失われた時に敗者となったために、月陰熊五郎の死は、「夢」の出来事ではなく、現実のものとなった。
あの頃起こったグロス川崎の突然の死も、『龍の形見』の死と関係があると言われている。
俺たち町は、『龍の形見』を失って以来、全てが変わってしまった。
我らの『龍の形見』が失われ、幸運の女神も、俺たちのことを見捨てて、この町を去っていたことに気づいた。
『龍の形見』という幸運の女神が去ったあと、巨大な負債が俺たちには残っていた。
俺たちを、悲しみのどん底に突き落とした一連の事件の背後に、『龍の形見』の喪失影が存在していたのを我々は、気づいた。
『龍の形見』の喪失以来、二十年をという年月が過ぎ、我々は、『龍の形見』の喪失という影と一戦交えることを決めたのだ。
俺は腹をくくったのだ。
この影と闘うということは、俺が思っているように、五億円とか、話し合いとか、なまっちょろいもので解決を付けられるようなものではないのだ。
これは、五億円を使い果たしてしまった俺だからいえることなのだ。
この問題にけりを付けるには、俺たちの新しい『龍の形見』がいるのだ。
これは、一文無しになったとしても変わりはしない。
覚悟を決めて、グッバイ!
堀米泰成より
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「要するに、大勢の仲間を集めて、豪勢にキャバクラで連日遊んで、五億円を使いきったという話かよ」
堀米泰成の遺書を後日読んだ岡寺のぶよは、吐き捨てるように言った。




