新釈「龍の形見」14
そして、塚原卜然の前に、月陰熊五郎に続いて、『龍の形見』に由来する不思議空間には、ドクターノバが現れた。
ドクターノバはアタッシュケースとノエル君が中に入った虫かごを持っていた。
塚原卜然は、ドクターノバを声かけた。呼び止めようとした。
「君、君が、ひょっとしてドクターノバか? 君のことなら、僕ははっきりと覚えているよ。君は、……」
「君、俺たちとともに、このリングで戦った時のリングネームはグレート松本だったよね」
「昔はドクターノバではなく、グレート松本という名前だったはずだ」
「君たち、エイリアンも『龍の形見』の闘いに参加してくれて、その時には、人間としての姿で、戦ってくれたんだよね」
「君とまさかこんなところで会えるとは思わなかったよ……」
「懐かしいなぁ」
塚原卜然の言葉には、実感がこもっていた。
ドクターノバは、塚原卜然が呼び止めたことなど全く耳に入らぬように知らんぷりして、通り過ぎようとした。
塚原卜然は、なおもドクターノバのことを必死に呼び止めようとした。
「君、話があるんだ。待ってくれ。おい、君。君と一緒のエイリアンで、君が大事にしていた選手がいたよね。そうだ。グロス川崎とか言ったな。あいつ、キャバクラ『スマイル』のリンダちゃんと駆け落ち騒動起こしたんだよね」
先代社長、塚原卜然は、ドクターノバのことを追いかけ始めた。
ドクターノバは、それほど足が早くない。先代社長、塚原卜然が、必死で追いかけると、ドクターノバと社長との距離はどんどんと縮まっていった。
ドクターノバは、それでも、塚原卜然よりも早く扉のところにたどり着けそうに思えた。
ところが、近くの建物が、不思議空間『龍の形見』中に生じた思いも寄らぬなにかの衝撃で、この建物の構造物の一部が落下して、ドクターノバの行く手を塞いだのだ。
ドクターノバは、落下した天井の構造物を避けようとした。
ドクターノバは、あわてていたのか、構造物と一緒に落下していたワイヤーに足を取られた。
ドクターノバは、床に倒れ込んだ。
ドクターノバは、アタッシュケースと虫かごを放り出しそうになった。
ドクターノバの持つ虫かごは、床に当たり、中からからガタガタと、生き物が動く音が聞こえた。
その結果、ドクターノバは虫かごの中のノエル君が無事が確認できた。
ドクターノバが、振り向くと追跡者の位置を確認した。
ドクターノバの目の前には、先代社長、塚原卜然の顔があった。
ドクターノバは、塚原卜然から、顔を背けた。
塚原卜然は、ドクターノバについに追いついていた。
「ドクターノバ、あるいは、グレート松本」
「竜王がその子の父親だというのは本当か? 」
「そこを知りたいんや。ついに君は、あの頃の夢を実現したやて。理想の王を生み出すという龍王とドクターノバの夢」
「わしは、そのころからグロス川崎が竜王だってことは知っていたや」
「竜王って言うのは、ずいぶんと偉いエイリアン」
「その龍王が、次の代の竜王の母親になるべき女性を捜して、宇宙を旅していたんだ。君は、龍王、想いの忠臣だったって話も聞いたんよ」
塚原卜然は、ドクターノバに真顔で尋ねた。
ドクターノバは、観念したのか、塚原卜然の質問に答えた。
「そうさ、こいつの父親は、間抜けな王、龍王さ」
「でも、二十年前のグロス川崎こと、龍王とグレート松本こと、ドクターノバリンダの『夢』そのものでもある」
ドクターノバは虫かごの中のノエル君を見ていた。
「この虫かごの中のノエル君こそが、龍王のあとを継ぐもの!」
「龍王はエイリアン王子で終わった。グロス川崎選手こと、龍王は、ついにエイリアン王になることはなかった」
「エイリアン王の王座は、龍王の代を飛ばし、このノエルが継ぐことになる」
「グロス川崎こと龍王は、闘技大会に没頭し、消えかかっていた自分の命をそこで燃やし尽くした。エイリアン王になり損ねたとんだ間抜け野郎さ」
「……」
ドクターノバは、笑い出した。
ドクターノバは、高らかに笑った。
ドクターノバの笑いは、どんどんと勢いがついて行った。
塚原卜然は、ドクターノバの笑う様子をみまもっている。
塚原卜然は、ドクターノバの意図に反して、煽られるようなことはなかった。
それどころか、塚原卜然のの心は悲しみに満ちていた。
塚原卜然は唐突に話題を変えた。
「あんたは、自分の『龍の形見』を闘技大会のために用意してくれた。あの頃の闘技大会の主催者と聞いたんやが?」
ドクターノバは、塚原卜然の質問には答えずにいた。
そして、ドクターノバは、むしろ開き直った。
「そうだ。それがどうしたというのだ」
「そうか、やはりそうことだっんや」
「俺は、知っているんや。あの闘技大会を維持するためにグレート松本という男が自分の命を削っていたことを」
「内緒にしているつもりだったんやろうけど、みんな知っていたよ。龍王ももちろん。グロス川崎が闘技大会をやめる決心したのは、君のつまりグレート松本の健康のことを案じてのことだったんよ」
「あの頃、あんたは一刻も早く、地球を離れなければならないと医者に言われていたけど、あんたは、それを隠して、グロス川崎こと、龍王に付き合っていたんよね」
ドクターノバは慌てて話を変えた。
「『男たちが意地と意地とで作った龍の歴史が存在した』とか、世迷いごとを言っているのはおまえたちだったよな?」
ドクターノバは、塚原卜然を挑発した。
「そうだ、あの闘技場で戦った男たちは死ぬまでそれを誇りに感じるだろう」
ドクターノバは、それに答えずに、笑った。
「おれの事を『なんと失礼なヤツだ』と思ったろう」
「……」
「俺は、おまえたちのように気取ったヤツが、一番嫌いなのだ」
「宇宙で、おまえたちのような奴らがのさばっているのを見るのが耐えられないのだ。そんなバカなおまえたちに、現実というものを思い知らせるために俺の『龍の形見』が生んだ『夢』を奪い取りたかった…‥」
「結局は、闘技場は、友を俺から奪ったわけだからな」
「龍王よ!」と、ドクターノバは呼びかけた。
ドクターノバの呼びかけにに答えるように、『龍の形見』の中の世界全体が揺らいだ。
塚原卜然は、やっと気づいた。
「わしがいる、この『龍の形見』の世界は龍王の持ち物の『龍の形見』に中なんや。二十年前に死んだ龍王は、あの世から蘇り、わしと月陰熊五郎のために自分の『龍の形見』を提供してくれたんや」
ドクターノバは、あの世のエイリアンの王子、龍王に言った。
「龍王、つまり、お前は、こいつらにだまされ、言いくるめられ、『男の意地』を賭けた 戦いとやらにのめりこんでいった。そして、自分の最後の命を削り、死んでいったのだ。龍王は、俺や、お前の愛する妻、リンダのことさえ顧みず戦いの中で自分の命を燃やしつくしてしまったのだ」
業を煮やした、エイリアンの王子、龍王は、天上の世界から、ドクターノバに語りかけてきた。
「いいわけは止せ! 」
「五億円横領した言い訳は聞きたくない。お前は、さらに、十億円を不正に手に入れようとしている」
「お前が、自分自分の心を裏切るために、苦しんでいる。なんとか、昔の『夢』を否定しようとしている」
「しかし、俺たちの『夢』はお前の想像していうものとは全く違ったものに育っているのだ。俺たちの『夢』のただしい姿を見なさい。そうすれば、お前は、苦しみから自由になれるはずだ」
「言い訳ではない。これが 俺の本心さ。いっさいがっさいをはかいする。これが、俺の本能なんだ」
「どうして、自分を見つめないのだ」
「言い訳じゃない。その証拠に、一切合切を破壊する。龍王よ、手始めに、俺は、おまえの子供を破壊する」
ドクターノバは懐から、鋭いナイフを取り出すと、虫かごの中のノエル君に狙いを定めた。
そして、ドクターノバは、迷いを振り切るようにナイフを振り下ろした。
すると、ドクターノバが思ってもみなかったような、女性のうめくような声が辺りに響いた。
ドクターノバは、自分の振り下ろしたナイフが、ノエル君の母親のリンダの心臓に突き刺さっているのに、気づいた。
「リンダ。お前はどうしてここにいるのだ?」
ドクターノバの足下に倒れたリンダは、すでに息絶えていた。
タツノオトシゴに似ているノエル君は、虫かごの中からつぶやいた。つぶやき声は、不思議なことに、闘技場内に響き渡った。
「私の母であり、龍王妻、リンダは、死んだ。予言を実現するために」
「麒麟の誕生のためにすべては用意されていた。龍王の死も、『龍の形見』も何千年も続いた龍王とドクターノバの旅も」
エイリアンの王子、龍王の子、ノエル君の言葉を聞いたドクターノバの瞳には、涙があふれた。
そして、ドクターノバの頬をつたって落ちていった。ドクターノバは、自分が何者なのか悟った。
ドクターノバは、エイリアン王の家来と言うわけではない。
ドクターノバは、エイリアン王国を従え、エイリアン王国の中心である麒麟であったのだ。
「すべてが、俺のためだったとは、それなのに俺はなんと言うことをしてしまったのだ。俺は、俺を愛していてくれた人たちに、なんと多くの見当外れの恨みをいだいていたのか」
ドクターノバのほおをつたう涙は、炎に変わり、ドクターノバを焼き尽くした。
声が辺りに響き、龍王の『龍の形見』力は失われた。
「麒麟よ! 君こそが選ばれた存在。」
「そして、その炎の中から、麒麟が生まれたのだ」
ドクターノバが死に、ドクターノバの悔恨の念の炎の中から、麒麟が生まれたのだ。
そして、龍王の『龍の形見』は、失われた。
麒麟に姿を変えたドクターノバ。
虫かごのノエル君や、塚原卜然の頭上には、新宿の青空が広がっている。
麒麟は、炎をまといながら空へ高く、高く飛び立っていった。
塚原卜然は、地面に落ちた虫かごを拾い上げ、虫かごの中のノエル君と一緒に、麒麟の旅立ちを見送った。
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妻を失い、友を見送った龍王の慟哭が一度新宿都庁ビルの上空にこだました。
ところでドクターノバが、麒麟に変わった頃、岡寺のぶよが捕らえられていた『龍の形見』の内側の壁にWCと記された扉が現れた。
岡寺のぶよは、まだ、見張られていると思って警戒していたのだが、やがて意を決するとトイレを借りるふりをして、その扉を開けるとダッシュしてドクターノバの『龍の形見』を脱出し、外に飛び出してきた。
岡寺のぶよは、急激な運動のあと息が切れたままで、しばらく、苦しんでいた。
そんなときに、誰かがとつぜん岡寺のぶよの肩に、背後から手をかけてきたのだ。
岡寺のぶよは驚いて振り向いた。
岡寺のぶよの肩に背後から手をかけてきたのは、バンドマン ツヨシであった。
「これ、俺に代わって、『平安クリーンスタッフ』の仲間のところに届けてもらえませんかね。俺、何日も寝てないし、深夜バスで新宿へ着いたのも、たったいまのことなんで、立っているだけで、ふらふら状態なんですよ」
バンドマン ツヨシは、岡寺のぶよの肩を借りた言い訳をした。
「これを塚原卜然か、コーヒーパーラー『ライフ』のマスターか、岡寺のぶよさんに渡せって言われているんで、堀米泰成さんから」
バンドマン ツヨシは、堀米泰成の遺言を岡寺のぶよに手渡した。




