コーヒーパーラー「ライフ」3
ところで、「平安クリーンスタッフ」という会社は、ビル清掃業者である。
この「平安クリーンスタッフ」という会社、もとをただしていくと、その歴史の始まりははヤクザ一家にぶち当たる。
多くの伝説的な武勇伝やエピソードが輝かしいヤクザ一家、任侠の歴史を担った事もあるヤクザ一家、名の知れた任侠者が多く集ったとあるヤクザ一家が、実はこの「平安クリーンスタッフ」という清掃会社の前身の組織である。
しかし、そのヤクザ一家と「平安クリーンスタッフ」との関係や、「平安クリーンスタッフ」の歴史を、真面目に話すものはなぜか、「平安クリーンスタッフ」のある界隈にはいない。
近所の住人にとって、昔のヤクザ一家のイメージと、今の「平安クリーンスタッフ」のイメージは、あまり結びつかないからである。
確かに、「平安クリーンスタッフ」がある辺りに、昔、流行らないヤクザ一家の組事務所があったような記憶が残っている人は近所に多い。
しかし、その組事務所は、人が気づかないうちに、ゆっくりと没落していたので、近所の住人は、ヤクザ一家にはまったく関心を抱かなくなった。
そして、その組事務所は、何時とは知れず、消えてなくなってしまっていたのだ。
そして、ある日近所の住人がふと気づくと、ヤクザ一家の組事務所のあった場所では、「平安クリーンスタッフ」という清掃会社が営業を開始していたというわけだ。
そういう事情もあってか、かたぎの清掃会社とヤクザ一家とのイメージの落差が大きすぎるのか、「平安クリーンスタッフ」を昔のヤクザ一家と結びつけて考える人は、あまり見かけない。
塚原組というのが、「平安クリーンスタッフ」の元となったヤクザ組織の名称である。
塚原組が、ヤクザの一家を廃業することにして、十余年の時が過ぎた。
塚原組の記憶が「平安クリーンスタッフ」と結びつかないのは、この清掃会社の関係者にとっては、好ましい事である。
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私が先ほどまで話していたコーヒーパーラー「ライフ」というのは、清掃会社「平安クリーンスタッフ」から通りを隔てて筋向かいの位置にある。
ところで、このコーヒーパーラー「ライフ」というのも、不思議な店である。
コーヒーパーラー「ライフ」は、そんなに遠い昔からここで店を開いているというわけでもないのに、「ライフ」という店が、いつ頃から「ライフ」という名で店をやっているのか近所の住人にとっても、ぼんやりとした記憶しかない。
というのは、コーヒーパーラー「ライフ」のマスターは、コーヒーパーラー「ライフ」のある場所に新しく建物を建ててコーヒーパーラーの営業を始めたわけではなかったからである。
コーヒーパーラー「ライフ」というのは、すでに何かの喫茶店が建っていて、その店が何かの事情で店をやめてしまい、その店にその建物を使って次のオーナーが、新しい店を始めたけど、それも何かの事情で、店を畳み、その後に次のオーナーが入って喫茶店を始めたのだが、それもやはりうまく行かなかった。
ということで、ついにコーヒーパーラー「ライフ」のマスターに開店の順番が回ってきたというのがコーヒーパーラー「ライフ」の始まりである。
だから、コーヒーパーラー「ライフ」の客の中には、同じ建物の中に昔あった喫茶店の記憶とコーヒーパーラー「ライフ」の記憶が混同してしまう。
記憶が混同してしまった客は「ライフ」のメニューにはない食べ物を注文したり、マスターが知らない、前の代の喫茶店のウエイトレスの話を始めたりするものもいたりするのである。