新釈「龍の形見」3
「平安クリーンスタッフ」の社長、塚原瑛太にとっては、「関東興行塚原組」の時代のことは、いまでも、苦々しい思い出である。
幸いに「平安クリーンスタッフ」には、昔の時代を懐かしむものは父親の塚原卜然を含めてもうわずかしかいない。
社長の塚原瑛太にしてみれば、そのような連中には、会社から早く消えてしまってもらいたいと思う今日この頃であった。
それが、いまの「平安クリーンスタッフ」社長、塚原瑛太の本音と言うもんである。
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「坊々(ぼんぼん)! いや、塚原瑛太さん社長さん、懐かしいですね」
死んだはずのその男、月陰熊五郎は、前触れもなく、突然、この会社、「平安クリーンスタッフ」に姿を現した。
その男、月陰熊五郎は死んだはずだと、塚原瑛太は思った。
塚原瑛太は、自分の目を疑った。
月陰熊五郎の死骸は、多く人の見送る中、火葬場で燃やされ、骨壺に納められた。
月陰熊五郎の葬儀には、塚原瑛太も参列した。
月陰熊五郎は、二十年して生き返ったのだろうか? 塚原瑛太の前にいるのは、確かに月陰熊五郎に見える。
しかし、そんな話は、絶対に人から、事実としては、受け取ってもらえないものだ。
死んだはずのその男、月陰熊五郎を実際前にした塚原瑛太社長でも、月陰熊五郎の復活を受け入れることはできない。
「月陰熊五郎のふりをして、また、人をおどろかそうとしているんでしょうけど、信じませんよ」
「あのひとが死んだのはずいぶん昔のこと。二十年前の話でしょう」
塚原瑛太は、ふと思い出すことがあった。
「そのころは、『龍の形見』の力で、死んだ人間が生き返えることもあったということだそうですが……」
月陰熊五郎は、ニヤリと笑った。その笑いは、確かに塚原瑛太が記憶している月陰熊五郎である。
「またまた悪い冗談を……」
瑛太社長は、机の引き出しに、昔の写真があるのを思い出した。そして、取り出した。それは、二十年前の闘技大会の参加選手の集合写真であった。
「それらしいのがいますね。今のあなたそっくりだ。でも、自分の目を信じられない時代ですから……」
月陰熊五郎は、瑛太社長からその写真を取り上げた。
月陰熊五郎は、その写真を懐かしそうに眺めている。
「われわれが本気でガツンガツン、やりおうていたのも、今にして思えば、夢物語や! そんで、何時までも終わらんだろう思ってたあの闘技会が、あの日を境にして、一晩にして終わってしまったのも一種のマジックや」
「……」
瑛太社長のいやな予感は、確信に変わりつつあった。
月陰熊五郎の話は続くのだ。
「ところで、今日、ここに寄らしてもろうたのは、二十年前に、皆が、話おうて、終了をきめた闘技会。これが再会されることになるという話を聞いたからや。儂は、嬉しゅうてたまらんで、こうやって挨拶をしにやってきたんよ」
月陰熊五郎は、上着を脱ぐと、シャツも脱いだ。
月陰熊五郎の胴体にも両腕にも、深い刀傷、打撲のあと、銃の弾痕が生々しく残っていた。
塚原瑛太は、もう否定はできない。
「えっ? やはり、あんたは、あの日、日本刀や、ナイフを腹に何本も突き刺さったままで、立ち往生の弁慶状態で、しかも、マグナムの銃弾が容赦もなく、頭部を襲い、真夏の海岸、すいか割り状態で、あの世に旅立った月陰熊五郎! 」
「瞼を閉じて、あの名を呼べば、今も鮮明にあのときの姿が目に浮かぶ、伝説の極道、いや、闇の格闘家の月陰熊五郎ではないですか」
月陰熊五郎は、深く頷いた。
「よう、思い出してくれた。でも、俺、昔とちっともかわっとらんやろう。バラバラになった頭部は、皆をビックリさせんように神様に言うて、直してもらっとるけどな」
「たしかに……」
しかし、塚原瑛太には、それでも納得できない事がある。
「でも、あなたが二十年前と変わらない姿で、同じ若さで生きていることは、私には、全く理解のできないことです」
月陰熊五郎は、塚原瑛太の用心深さをたしなめた。
「細かいことばかり、考えちょったら、はよう年とってしまうよ。大事なのは、今、儂が生きていること。月陰熊五郎が塚原瑛太さんの前に来とるという現実やないか? 」
「よけいなことにばかり、気を取られとったら、あんた間違い犯してあとで後悔する事になるでぇ」
「ところで、あんた、若社長さん、先代の社長、塚原卜然は今どうしているんかのう」
「会社の名前も、『関東興業塚原組』から『平安クリーンスタッフ』とか、ずいぶんと軽うなってしもうて……、ワシにはもうなじめんような時代になってしもうたなぁ」
「話は、こっちにもきていると思っているんだがなぁ。先代社長、塚原卜然さんと、堀米泰成さんがおらんかったら、話がみえんからなぁ。」
「話とは……? 用件を私に話してもらえれば、父、塚原卜然に伝えておきますが」
「まあ、あんたと『龍の形見』の話しても埒はあかんからな」
「なに、なに、なーにー! 『龍の形見』ですって! しかし、『龍の形見』は、あのとき壊れてしまったのでは」
「そう。確かに、壊れてしまった。壊れたのではなく、別のあれが、出てきたそうやから、別の『龍の形見』……」
「その『龍の形見』の購入資金に、先代社長、塚原卜然に五億円ばかり、用意してもらおうとおもうてな」
「ご、ご、五億円?!」
「端数の数字は、俺、よう覚えとられんから、たしか、数字はそんなもんやったと思うんや。五億円」
「ところで、塚原組は、『平安クリーンスタッフ』に変わってしまったから、組の金はもうありません。そんな理屈は、通じんからな! 」
月陰熊五郎は、念を押した。
「たしか、会社、起こすとか騙して言うて、田舎のじいちゃん、ばあちゃんたちからかき集めた金、五億円は楽にあったはずやと思うけどな。先代社長さん、塚原卜然さんに預けとったんやけどなぁ? 先代社長、塚原卜然さんは、留守か……。今の社長さん、塚原瑛太さんに言うても埒あかんしな」
「すみません」
「社長、留守とはなあ……」
といって、月陰熊五郎氏は、寂しそうな様子で帰って行ったが……。そのとき、月陰熊五郎がつぶやくのが塚原瑛太にははっきりと聞こえた。
「話はうごいとるんや、後戻りはできんで」
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それ以来。瑛太社長の心は、絶望感で胸一杯の状態になった。いわゆる、鬱である。
さらに、社長を鬱にさせてしまった原因は、この大事なときに、先代社長の塚原卜然と、堀米泰成が留守で、しかも、この二人に連絡が付かないこともある。
塚原瑛太社長は、月陰熊五郎が訪問してきて以来ずーっと、連絡を取ろうとしたが、全く連絡がなかった。ただ、昨日、会社の留守番電話にメッセージが残されていた。
「虫の知らせっちゅうやつや! 夢に月陰熊五郎が現れおったんや。どこぞで、刺しつ、刺されつの闘技場同窓会やろうと思うて、日本中かけまわっとるそうや。いいかぜ、ふきはじめたんよ! 俺もやらんことがあるから、しばらく会社には行けんよ」
留守番電話の先代社長、塚原卜然の話しぶり、テンションの高さは、二十年前のあの悪夢の時代「関東興行塚原組」の時代の熱狂と同じだった。
瑛太社長はこの鬱状態に加え、さらに悪いことは重なるもので、この数日、バンドマン ツヨシとも連絡が付かなくなっていた。
バンドマン ツヨシは、頼りなくもあるが現場の清掃作業では確実に戦力になってくれる。
バンドマン ツヨシの不在のせいで、仕事に穴があき、塚原瑛太は、人の手配で、きりきり舞いの忙しさになりつつあった。
そう言えば、女装の占い師、岡寺のぶよも最近は見かけない。
塚原瑛太社長は、岡寺のぶよに会って相談したいと思うほど弱気になっていった。




