コーヒーパーラー「ライフ」2
大晦日も昼下がりになり、コーヒーパーラー「ライフ」の様子を覗いてみると、この店のマスターの正面、カウンターの席のひとつには、髪を金髪に染め、尖った特徴的なヘアスタイルの一人の若者の客がカウンターに突っ伏している。
仮眠を取っているのだろうか? その様子、あまり、行儀のよいものではない。
彼の髪型と容貌は、普段は下町の地味な雰囲気の中では、異彩を放っているパンクロッカー風である。
しかし、今のように仕事中の彼は、胸に「平安クリーンスタッフ」のロゴの刺繍がついている作業着の上下を着ている。
彼が、今日、大晦日のコーヒーパーラー「ライフ」の一番乗りの客である。店を開けてそれほど時間が経っていない頃とはいえ、少し寂しさを感じる。
このカウンターに突っ伏した若者、大沢毅という名前で人は、彼のことを、バンドマン ツヨシと呼んでいる。
彼は「平安クリーンスタッフ」の社員である。
バンドマン ツヨシは、午前のキツいノルマをこなして、次の仕事の予定時間まで、コーヒーパーラー「ライフ」でゆっくりと過ごしていた。
バンドマン ツヨシには、午後の仕事にそなえて、十分な英気を養うために、コーヒーパーラー「ライフ」での心安らかなカウンター席での仮眠が必要に思われたからである。
「平安クリーンスタッフ」は、バンドマンツヨシに限らず年末の大掃除業務で、連日あちこちのビルを回り掃除を行い、疲れ果てているのである。
しかし、バンドマン ツヨシ以外は、今日はまだ、コーヒーパーラー「ライフ」に姿を表してはいない。
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バンドマン ツヨシの正面、カウンターの向こうのマスターは、バンドマン ツヨシの行儀の悪さなど気にしていない。というか、気にしていられない。
というのも、コーヒーパーラー「ライフ」という店、マスターが、ひとりで店の切り盛りをしているからである。いわゆる、ワンオペという業務の形態である。
大晦日なので、スタッフが休んでいるために、マスターが、ひとりで切り盛りせざるをえなくなったのではない。
マスターがこの店をやり始めるようになってから、スタッフを誰一人雇うことなく、コーヒーパーラー「ライフ」という店を切り盛りしてきたのである。
掃除、テーブルの片付け、コーヒー、軽食の用意、会計から、一日の後始末から、翌日のための準備まで、さらに、帳簿まで、ひとりでマスターが行っている。
マスターは、客のもてなしについては、客たちの間で悪くない評判を取っているが、マスターを観察すれば、マスターが、営業時間中せわしなく動き続けている事実に気づいて驚いてしまうことは間違いのない事である。
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大晦日の一日、店にやってきた客は、バンドマン ツヨシをはじめとして、「平安クリーンスタッフ」の社員やその関係者、それと占い師の岡寺のぶよだけであった。
そこで、少し「平安クリーンスタッフ」という会社について語っておこう。