腕 その5
マスターは、バンドマン ツヨシや岡寺のぶよの様子を見てほほえんだ。
「マスター、あなたは、わたしがにらんでいたとおり、普通の素性の人間ではないわね。あんたは、自分の研究のためには、平気で悪魔に魂を売ってしまうマッドサイエンティストよ。あなたは、そんな匂いを漂わせているわ」
岡寺のぶよは、ご機嫌ななめになっている。
しかし、マスターは岡寺のぶよのご機嫌を取り繕うようなことはしない。
マスターは、みかん箱から数枚の写真を見つくろった。そして、それら一枚、一枚の写真の説明を始めた。
「いや、これらの写真すべてには、説明の付かない何かが写っているという点で、共通なんです」
マスターが、話を始めると、バンド マンツヨシも岡寺のぶよも、集中して話を聞いた。
「……」
マスターは、最初の一枚に選んだ写真の説明を始めた。
「たとえば、コレ! 説明の付かない、この『腕』ですよ」
マスターは、選んだ写真の一部分を指差した。
「この写真の男性は、両手を膝にのせていますが、それでいて、隣の男性と肩を組んでいます。自然に見えますが、写真の通りならば、この男性は三本の腕を持っていると言うことになります」
マスターは、選んだ写真の次の写真の説明を始めた。
「また、こちらの写真では、カウボーイの格好をして、ロープ投げをしているが、彼の腰の拳銃を抜こうとしている誰かの手が写っています。これも三本腕の人物と言うことになりますね」
マスターは、選んだ写真の三枚目の写真を、バンドマン ツヨシと岡寺のぶよの前に差し出した。
「そして、これも三本腕。恋人の手を引いて、遊園地を歩いています。一方では、説明の付かない『腕』が、彼女の腰に置かれています」
「これらは、世間で言うところの心霊写真と言うものでは……」
バンドマン ツヨシがきいた。
「これらの『腕』の写真は、心霊写真ではない。現実に存在して、私たちの世界、現実の世界の中で日々暮らしている現実の『腕』を撮影した写真です」
「世間で言うところの心霊写真と思われているものの中には、実際には、心霊写真ではなくただ、この『腕』が写っているだけの写真が多くあります」
「ところで、我々研究家は、この『腕』たちに、私たちは名前を付けてみました」
「すると、これらの『腕』たちは、どれも似たような『腕』というものではないことが分かってきたのです。一本一本の『腕』には、それぞれの個性というものがあります」
マスターは、みかん箱の中から、さらに何枚かの写真を選び出した。
マスターは、選んだ写真を、バンドマン ツヨシや岡寺のぶよの前に並べた。
「たとえば、この写真の腕は、結婚指輪をしていますね。この指輪の色とか形には特徴があって、三笠さんと呼んでいます」
マスターは、選んだ次の二枚の写真を組にして説明した。
「この二枚の写真。二つの『腕』がしている指輪が共通ですね。そうやってみると、指のごつさとか、細かい部分でも同じと言うことが分かります。そこで、私たちは、この『腕』にロバードという名前をつけました」
「こういう小さな特徴を頼りに『腕』を識別していって、千人近くの『腕』に名前を付けたのです」
「こうやって調べていきますと、新しい発見がありました。『腕』というものが、最近までは、数が限られていたのですが、現在その数が急速に増えているのです」
「彼らはたまに見られるだけの存在でしたが、この数年急激に勢力を拡大してきています。今は、彼らが原因のトラブルがあちらこちらで見られるようになりました。たとえば、最近話題となっている冤罪事件もそのひとつでしょう」
「このように『腕』の事件が増加する事で、マスコミも『腕』のことを真面目に取り上げざるを得ない状況になっていると言うことです」
岡寺のぶよは言った。
「コワイわ! 彼らが人類に危害を加えることだって十分に考えられるわね」
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その晩から、大雨が降り出した。雨は数日降り続いた。ちょうど同じ頃には、『腕』に対して、撲滅作戦が本格化しつつあった。
「~♪ 毎日、健康。農協牛乳♪ 健すこやか暮らしのお手伝い♪」
コーヒーパーラー「ライフ」では、CMが一日中流された。
テレビ、ラジオで繰り返し流されるCMに、『腕』たちは、強く牛乳を飲みたくなった。
これは、不思議な事であるがマスターの友人らの研究の成果である。これは、世界的な規模の研究であった。
「腕」たちは、このCMがテレビやラジオ流れてくると、耐えられなくなり、農協牛乳を飲み、そして、死んでいった。
「腕」たちは、牛乳によって体の温度が上がり、そして、体の発する熱に耐えられなくなり、河に身を投げていった。そして、「腕」たちは溺死したという。
「わたしたち人間にとって、大切な栄養分を提供してくれる牛乳が、皮肉なことに、『腕』にとっては最悪の毒となってしまうのですね」
マスターは、ため息をついた。
多くの『腕』の死体が、コーヒーパーラー「ライフ」の近くの河川敷にも打ち上げられたという。
マスターやバンドマン ツヨシや岡寺のぶよは、河川敷に出向いていった。
あの日、コーヒーパーラー「ライフ」を飛び出して行った以来、姿を消した清水員子を捜しに行ったのだ。
それは、岡寺のぶよが、
「どうもそんな気がしてならないのよ」と言い張ったからでもある。
「それよ! 」
そこで、岡寺のぶよは、霊感の高まりから清水員子かずこの彼氏の『腕』の死体を発見した。
たしかに、その「腕」の二の腕に「員子love」とハートのマークの入れ墨が彫られていた。
その「腕」の体に当たる透明な部分が、白濁して、本来は背の高い、普通の人間の体型を「腕」がしていることが分かった。
警察官が死体のそばにはいて、その「腕」の死体にすがって泣いていた女性がいたという。
しかし、三人がやってきたときには清水員子の姿は、河川敷のどこにも見られなかった。
その後、清水員子の姿が、バンドマン ツヨシによって目撃された。
バンドマン ツヨシの話では、東京マリーン動物園でぼんやりと動物たちを眺めているという。
「気の毒で声をかけられなかったよ。あのやつれ果てた員子さんを見て、彼女が本気で『腕』を愛していたということがわかった」
バンドマン ツヨシは思い出して言った。
それから、数日後、清水員子が、コーヒーパーラー「ライフ」を訪れた。
清水員子は、いまだに、彼女の彼氏の死に対して納得がいっていない様子であった。
「はじめから分かっていたのよ。牛乳が毒だって。あの人が、牛乳を飲むと具合が悪くなって、透明の体の部分が白く濁っていったの」
「他の食べ物じゃそんなことはなかった。とくに、農協牛乳を飲んだときの体の変調はただものではなかったわ。だから、彼が牛乳を飲まないように私も必死で監視していたわ。ずーっと。そして、あのCMも聞こえないようにしていたのに。」
「それでも彼が死んでしまうなんて、考えられない……」
清水員子は、悲痛な胸の内を明かした。
それでも、員子は、帰りにマスターからチーズケーキの入った箱を渡されると、久しぶりに本物の笑顔が員子の顔によみがえった。
「これが食べられなくて、本当はずいぶんと寂しい思いをしていました」
彼女の喜ぶ様子を見ていたバンドマン ツヨシは、思った。
「さすが、マスターのこだわりのチーズケーキ。ファンの心をしっかりとつかんでいるな。マスターのチーズケーキに対するこだわりは普通じゃないからな」
「マスターには、材料を絶対に変えないこだわりもその一つだ」
「そう、『農協牛乳』が手に入らないときには、チーズケーキはお休みだもんね」
さらに、エピローグ!
「腕」の事件から何日かが過ぎた。
バンドマン ツヨシは、カウンターの椅子に腰掛けている。
バンドマン ツヨシの前には、洗い物をしているマスターがいる。
バンドマン ツヨシは、マスターに「腕」について思うことを語ってみた。
「『腕』は、昔から知られていたのに、なぜ急に滅ぼされてしまったのでしょう? 『腕』たちが滅ぼされてしまったのは、すごいお宝を持っていたのが知られてしまったからだと思います」
「僕は、思います。『腕』たちが滅んでしまったことによって、『腕』たちが持っていた『腕』たちのお宝を手に入れたヤツがいるのではないかと」
了




