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腕 その4


「~♪ 毎日、健康。農協牛乳♪ 健すこやか暮らしのお手伝い♪」


農協牛乳のCMが、今日もコーヒーパーラー「ライフ」のラジオから繰り返し流れてる。


      #       #


岡寺のぶよが、ふとつぶやいた。


「よくよく考えてみたら、私自身が分かってなかったわ」


清水員子かずこが私やマスターに自分の彼氏のこと自慢してた。その自慢の仕方が今考えてみると変だった。彼氏の手の甲が厚くて男らしいとか、いかにも繊細な指先に一目惚れしてしまったとか。彼氏の手のひらに触れると、彼の心の温かさも伝わってくるとかと。また、彼の手が優しく愛撫すると、もう言葉はらないとか。今考えてみると、清水員子は、彼のことについて『腕』の話しかしなかった」


「でも、なんか変……」


岡寺のぶよは、「腕」や、清水員子かずこや、今度の事件についてさらに何か重要なことに、気づいた。


「私が、清水員子かずこが『腕』の彼氏自慢していても、全然不審に感じなかった理由が分かった」


岡寺のぶよは、ギョロりとマスターをにらみつけて、言った。


「ねぇ、マスター、あんた清水員子かずこの彼氏の友達だって話だったわよね。清水員子かずこが、この店にやってくるようになったのも、清水員子の彼氏にマスターの話をよく聞かされるので、清水員子が、マスターにあってみたくなったのがキッカケと清水員子が言ってた」


「だから、マスターの友達だからということで、清水員子が彼氏について変な話をしても、ぜんぜん不審に感じなかった。……。」


岡寺のぶよは、突然、びっくりした表情を浮かべた。重大な事実に気づいたようだ。


「マスター、あなたは、自分の目で『腕』という怪物を目撃しているのよ。なんで、そんなに大事なことを私に話してくれなかったの。それどころか、マスター、『腕』なんかと怪物と友達だなんて、あんたは一体何者なの?」


      #       #


岡寺のぶよは、感情的になり、マスターに食ってかかった。


しかし、マスターは、眉一つ動かすことなく、いつも通りの沈着冷静さを保っていた。


だた、マスターは、バンドマン ツヨシや、岡寺のぶよが、大混乱の事態じたいに陥った原因となった『腕』について自分が二人に説明してあげる立場であることは、理解していた。


      #       #


バンドマン ツヨシや岡寺のぶよの話を注意深く聞いていたマスターは、『腕』を理解できない、『腕』や、マスターに怒りを持ち始めている二人のために、十分説明する事にした。


「『腕』は、単独では腕の部分だけがふつうに見える透明人間。そんな存在なんですね」


「そんな『腕』が単独で歩いていたりする場合には、それは、とても奇異な存在に見えてしまいますが、たいていの場合、『腕』は、透明な部分は、服を着たり、帽子をかぶり、サングラスをするなどしています」


「さらに、多くの場合、群衆の中に『腕』は存在しているので、その『腕』が寄り添う人物、あるいは近くにいる人物の腕に見えていまい、奇異な感じがいたしません」


「『腕』は、そのような特性を生かして、人に寄り添い、寄り添う人の『腕』のふりをして様々な犯罪を行うのです。寄り添われた人、偶然近くにいた不運な人物は、『腕』が行った犯罪の犯人に仕立て上げられてしまうのです」


「たとえば、満員電車の中で、痴漢に祭り上げられてしまうとする。その人物は、身に覚えがないとしても、彼に寄り添って、彼のふりをして痴漢行為を行った『腕』が存在しているというわけです」


「『腕』は、ほかにも、強盗を行ったりもします。また、酔っぱらいの中年サラリーマンを襲ったりもします」


コーヒーパーラー「ライフ」のマスターは、まるで他人ごとであるかのように、沈着冷静に『腕』について語った。


「そのほかにも、女をだましたりもするのよ。清水員子かずこにやったように。『腕』の男って本当にたちが悪いのだから」


と、岡寺のぶよが付け足した。



バンドマン ツヨシは、どうにも納得がいかなかった。


「残念ながら、俺には納得できません。根本的なところがどうしても理解できない。頭も、体も、足も、胴もない。腕だけが宙に浮いている。そんな生き物が存在するなんて」


「でも、いちばん分からないことは、マスター、あなたが、この『腕』の友達であるということ」


バンドマン ツヨシの発言に強く共感した岡寺のぶよが、うんとうなずいた。


マスターは、静かに、落ち着いてバンドマン ツヨシや岡寺のぶよ反論を聞いていたが、ポツリとつぶやいた。


「二人の気持ちは分かるけど、僕は現実を信じるよ。僕自身が実際に『腕』に会い、彼らと話をした経験を持っているのだから、信じるしかない。厳しい現実だが」


「その上、『腕』については、彼の存在を示す写真が昔から多く残されている」


「僕は、昔、人に頼まれて、そういう写真の研究を手伝ったことがある。ヒトシ カタギリという人物だ。僕が、『腕』と知り合いになったのもヒトシ カタギリを通してのことなのだ」


「それって、バンド、ピエロヒーローズのヒトシ・カタギリのことですよね」


バンドマン ツヨシが嬉しそうに言った。


「そうだよ。彼は、パンクロックのほかにもカタギリは、さまざまなカルトに通じていて、それでも、世間に知られている。さらに、ヒロシ カタギリは、生物学の世界で重大な研究に携わっている研究家でもあるんだ」


マスターは、物置に行った。


マスターは、みかん箱を持ってきた。みかん箱の中には、色の落ちかけた写真がたくさん入っていた。


いろんなタイプの記録写真だった。


それぞれの写真は、教室だったり、公園だったり、観光地だったり、個人の部屋だったり、脈絡のない場所でとられていた。


時代も、最近のものもあれば、大昔の写真もあった。写っている人間も、老人もいれば、若者もいる。制服姿もいれば、派手な私服姿もいる。


「これらの写真は、共通点のないバラバラな写真に見えますが……」


バンドマン ツヨシと岡寺のぶよは、ひとつひとつ写真を自分でも手に取り、眺めながら首をひねった。


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