腕 その3
数日が過ぎた。
あの日、清水員子は、コーヒーパーラー「ライフ」を泣きながら、飛び出して行った。
岡寺のぶよも、清水員子をほっておけなかった。
岡寺のぶよは、清水員子を追ってコーヒーパーラー「ライフ」をでた。
岡寺のぶよは、清水員子を再度、コーヒーパーラー「ライフ」に連れ戻そうという考えであった。
「私のことは、ほっといて下さい。私にはもう構わないで!」
清水員子は、岡寺のぶよが手を差し伸べようとするのを拒んだ。
岡寺のぶよは、清水員子をこれ以上追い詰めてはいけないと思った。
岡寺のぶよは、清水員子のことは、いったん、引くことにした。
岡寺のぶよは、ひとりでコーヒーパーラー「ライフ」に戻ってきた。
清水員子は、気持ちが落ち着いたら、コーヒーパーラー「ライフ」にやってきて、マスターや、岡寺のぶよと楽しいおしゃべりをするだろう。
そう、マスターや、岡寺のぶよは考えていたが、清水員子は、あれ以来コーヒーパーラー「ライフ」に姿を現さない。
岡寺のぶよの心にはしばらくすると、清水のことではしくじったという気持ちが起こってきた。
「員子というのは、恋に自分の命さえ賭けるような女よ。員子が思い詰めて、思い切った行動でないか心配」
岡寺のぶよは、清水員子には、銀座で働いている知人がいるという話を聞いていた。
岡寺のぶよの占いのお客さんには、銀座でお店をやっている女性もたくさんいるので、そういう女性たちから、清水員子の情報を聞けるかも知れない。
岡寺のぶよは、そういう変な期待もしていた。
しかし、岡寺のぶよの所には、今日まで員子について、岡寺のぶよの期待に添うような情報は入ってきてはいない。
岡寺のぶよは、今日もがっかりした気持ちで、バンドマン ツヨシの様子を眺めていた。
バンドマン ツヨシは、週刊誌の『腕』の記事読んでいる。
バンドマン ツヨシは、コーヒーパーラー「ライフ」にやってくるたびに、飽きることなく繰り返し週刊誌の『腕』についての記事を読みふけっていたのだ。
バンドマン ツヨシは、読み進めながら、マスターに話しかけた。
「昔、あったよね。たとえば、人面魚、口裂け女とかいう都市伝説。こんどは、『腕』が大人気の都市伝説になってしまいましたね」
「時は世につれ、世は時につれ。時代、時代に、人間というのは、おもしろいものを考えつきますよね」
「しかし、今世間を騒がせている『腕』という都市伝説。実在する奇抜な生き物的なものなのか。こんな具合に実物の写真でさえいくつかあるのに、それでも俺なんかには、その全体像というかからくりがどんなものか想像もつきませんけどね」
「世間の人たち中には、冤罪事件、無実の罪というやつの背景には、この『腕』という存在が関係している事例があると考えている人がいるようですね」
「『腕』と冤罪とが、どういう風につながるの?」
岡寺のぶよが、バンドマン ツヨシの話に反応した。それに、バンドマン ツヨシが、答えた。
「たとえばですよ。身に覚えもない罪を着せられるというケースについて考えてみます」
「たとえば、僕が、スーパーマーケットで万引きをしたと、言いがかりをつけられたとします」
「自分が何の落ち度もない場合、無実の罪と言うことになるのでしょうが、その場合、それが冤罪である、それを証明することは、非常に困難だと思います」
「本人が、絶対にやっていないと主張しても、多くの目撃者がいて、実際にものが盗まれたりしている場合には、さらに盗品が自分のポケットから発見されたような場合、言葉だけで自分の無実を証明することはほとんど不可能です」
「しかし、そのような不利な立場にいる人でも、その犯罪は、実は自分の罪ではないことが実際にあるのです」
「つまり、それらの冤罪のいくつかには、その中で今まで知られていなかった『腕』の存在が絡んでいる場合が実はあるのです」
「この『腕』という存在に、我々が気づいた結果、俺を犯人に陥れた『腕』というものを原因と考えることにより、いくつかの冤罪事件が解決したそうです」
「どういうことかというと、『腕』というのは、我々のふりをして万引きをしたりして、『腕』はその罪を我々に着せてしまうらしいのです……」
バンドマン ツヨシは、ここで行き詰まったようだ。
「しかし、正直に言うと、俺にはイメージが湧かない……仕組みがぜんぜん分からないのです」と、
そう、バンドマン ツヨシは匙を投げた。




