時雨先生と猫。
時雨先生と猫。
「じゃあ僕は仕事に行ってくるからおとなしくしているんだよ?」
「にゃあ」
「よしよし、いい返事だね」
―――――――
僕は猫だ。飼い主の名前はなんとか時雨。大学だったか高校だったかわからないが先生をしているために時雨先生と呼んでいる。
先生と僕が出会ったのは一年以上前。その当時僕はまだ見た目が子猫で先生は特に理由があって僕を飼った訳ではなさそうだったがこの前『大きくなったら食べようかなって思ってる』と笑いながら言っているのをみて本気で出て行こうかなと考えたこともあった。
先生が学校に行っている間当然ながら僕がこの家を守る役職に就いている。たまに鍵をかけ忘れて行ったりするのでしょうがなく僕がカギをかけている。
そしてそんなある日、事件が起こった。
そう、先生不在の日に泥棒さんがやってきたのだった。
―――――――ー
がたがたという音に気がついて炬燵から這い出て音の主のもとへと向かう。雨が降っていて、時刻はちょうど九時頃、てっきり時雨先生が何か忘れものをしてとりに戻ってきたのかと思ったのだが違った。
カー○のおじさんみたいなひげを生やしたやつが玄関から堂々と入ってきやがった。
『やべっ!絶対あれ泥棒じゃんかよ!?仕方ねぇ、変身して僕が何とかしないと』
そこらへんの猫と僕が違う。
尻尾が二尾のためか変身できるのだ!井戸端会議なんてしている猫の中に僕のような二尾はおらず、そのおかげで村八分状態。猫からも二尾ある猫は気持ち悪いだのと言われたりしているのでもはやひきこもり状態だがたまに変身して出歩いたりしている。最も、変身できるのはよく見ている人だけ、つまり僕が変身できるのは時雨先生ただ一人ということになってしまうわけだけど。
しかし、変身した時の能力はどうやらその人の能力と同等になってしまうため若干ひ弱そうな時雨先生になったところでまるでボブ・サ○プみたいな体格の泥棒に敵うわけがない。
つまり、頭で勝負するしかないのだ。
「変身!」
ここに、僕と泥棒さんの対決が始まったのである。
――――――――
僕はげた箱できょろきょろとしている泥棒の前に立った。もちろん相手は驚いたような表情をするがこちらはあくまでにこやかに笑うだけ。
「お待ちしていました。この雨の中大変だったでしょう?ささ、どうぞ入ってください。いまタオルを持ってきますので」
「え?ええ、すみません」
よしよし、驚いてる驚いてる。まずはイニシアチブを掌握しなくてはいけない。
応接間へととおしてバスタオルを渡す。少しびくつきながらもそのタオルで濡れている体を拭いてもらう。その間にお茶を準備して持ってくる。僕の中でのあらすじはちゃくちゃくと現実へとなっている。
「それで、うちの地下にある巨大ロボットの研究のために今日は来てくださったんですよね?」
「え?」
ものすごく驚いた表情になってるぞ、この人。心の中では笑いながらもそういったひょ上は一切出してはいけない。僕はまじめな顔でひそひそ声で続ける。
「わざわざ匿名情報を流した甲斐がありましたよ。お話ではお昼少し前に来ると聞いていましたがこのように早くきてもらえたなんて光栄です」
「あ、気が変りまして」
どうやらこの茶番劇に付き合ってくれるようで僕としてはほっとしている。だが、そろそろ追い出す作業にかからないといけない。適当に地下に巨大ロボットがあるとかほざいてしまったのだが残念ながらこの家の地下にそんな面白そうな代物はないのだ。
そういうわけで僕は方向性を少し変えることにしてテーブルの上をみて驚くようなしぐさをする。
「あ、すみません、気が利かなくて。茶菓子を出すのをすっかり忘れていました」
「え?あ、いえいえ、結構ですので」
「いえ、そういうわけにもいきませんから」
そういって立ち上がってせんべいを取りに向かう。少し気が変って先生の書斎に入って茶封筒と一万円札、そして手紙に手短に文を書く。
そこでそのまま悲鳴を上げる。
「うわぁっ!!警察だっ!!」
もちろんこの声はあの泥棒さんにも聞こえているだろうし、僕はあの人が逃げる前に急いで戻る。
「け、警察ですって!?」
「え、ええ、近隣の家に出入りしていまして、どうやら嗅ぎつけられてしまったようでして、うちはこのほかにもいろいろとひとさまには言えないことをしているんです。とりあえず今日は顔合わせということでこれを、これをもって逃げてください」
茶封筒を押し付け、傘とタオルを渡して玄関から泥棒さんを押し出した。
雨の中必死になって荷が出していった泥棒さんは素人のように見えたのだった。
―――――――
「ただいま、今日は何か変わったことが起こったかい?」
「にゃぁは」
「はは、そうかそうか」
この人わかってそんなことを言っているのだろうかと思ったが僕は黙っておいた。ま、あの泥棒さんがこの家にやってくることはないだろう、たぶん。
―――――――
「ったく、あの家の主人には気をつけておかねぇと、いや、今度お礼をしにいったほうがいいな」
時雨宅から逃げ出した泥棒は茶封筒の中身と手紙を見ながらため息をついていた。
「『これでおいしいものでも食べてください』って知っててあんな芝居をうったわけだな、まったく、世の中捨てたものじゃねぇな」
その後、この泥棒が心を入れ替えて時雨にあいさつに来たのだが彼は当然それを覚えていなかった。