第1話(1/5)
この世は一つの物語で出来ている。
神様が書いた脚本のね。
そう思っていた時期がボクにもあった。
だが、実際は少し違う。
神様が書いた脚本はあるかもしれない。
だけど、その脚本を変えることができるかもしれない。
ボクたち“人間”がね。
だからボクは「ハッピーエンド」を目指して、今日も歩く。
物語の中をね。
この世界は“勇者”を必要としている。
なぜなら、“魔王”がいるからだ。
魔王を倒すため、世界中の人々が立ち上がった。
魔王を倒し、勇者になるために。
そんな人々の夢を現実は次々と壊していった。
斬ったり、殴ったり、喰ったり、色々な方法で。
だが、いずれ勇者は現れるだろう。
そして、魔王は敗れるだろう。
最後には悪が滅びる。
昔からのお約束だ。
だが、問題は“いつ”のことなのかだ。
その“いつ”かが来るまで、世界は傷を負い続けるだろう。
ボクたちは、その日を一日でも早く迎えるために、歩き続けている。
今、そして明日も。
「オジちゃん。」
ん?
おや、男の子。
「オジちゃんのカオ、どうしてシロいの?」
フフッ、またこの質問か。
「それはね、恥ずかしがり屋だからさ。」
「ふーん。 じゃあ、どうしてハナがアカくてマルいの?」
「それはね、ハチに刺されたからさ。」
「ふーん。 じゃあ、どうしてナいてるの?」
「それはね、オジさんが優しい人間だからさ。」
「ふーん。」
子供は知りたがりだな。
この子は将来、この世界のどこまで知るのだろうか。
少し気になるところだな。
「ちょっと、こっち来なさい!」
「あっ、ママ。」
母親に呼ばれ、ボクから離れ母親のもとへ。
そして、母親からなにか言われているのが見えた。
まあ、大体予想がつくけどね。
ボクが今いるところは、大都市にある大型レストランだ。
そこの席の一つにボクが座っている。
旅の途中の休憩だ。
ボクも大勢いる勇者候補の一人だ。
旅というのも当然、魔王を倒す旅だ。
元々は道化師をやっていた。
道化師といっても宮廷道化師とかではなく、街中の隅っことかで事前予告なしにやる方のね。
旅を始めてからも化粧をしている。
なんとなく、「これがボク」という感じがするからだ。
ただ、僕が着ている真っ黒い帽子やコートと、ボクの化粧はあまりに不釣り合いらしく、よく他人から気味悪がられてしまっている。
結構子供からは好かれたりするけどね。
さてと・・・。
休憩は終わりにして、街から出ようかね。
ボクは椅子から立ち上がり、レストランの扉に向かって歩み出す。
周りの他のお客さんがチラチラとこちらを見てくるが、ボクは特に気にしてはない。
むしろ道化師は見られる方が良いだろう。
・・・道化師だったらね。
先ほども言った通り、ボクは“元”道化師だ。
化粧をしているが、既に道化師をやめている。
今のボクはただの旅人だ。
・・・そんなことを考えながら、ボクはレストランを出た。
レストランの外に広がる光景は、とても大きく目を回しそうになる。
大都市であるため、色々な建物がある。
町育ちのボクにはなんか落ち着かない。
ふと、遠くの景色を眺めていると、どこからか声が聞こえてきた。
「ドロボー!!!」
声がした方を向くと、同じように近くの通行人たちが一斉に声の方向に顔を向けた。
奥の方の人々が左右の端に寄り、道を空ける。
すると、奥から全速力でコチラに走ってくる一人の男が見えた。
顔を布で隠して素顔が見えないが、体格からして男であろう。
その男の脇には鞄を抱えていた。
“泥棒”だ。
「誰か捕まえてー!!」
さらに奥の方で必死に走ってくる女性が、そう叫んだ。
間違いなく被害者であろう。
しかし、女性の必死の叫びは聞いてもらえず、通行人たちは次々と逃げ道を作ってしまう。
どうやら一般人しかいないようだ。
ならば、仕方ない。
その役目、ボクが引き受けよう。
ボクはコチラへ向かってくる泥棒から目をそらず、一歩一歩ゆっくり近付いた。
向こうは全速力でコチラへ向かっている。
狙いはボクではなく、後ろの道であろうが。
ボクは一切足を止めず、ゆっくりと進み続けた。
泥棒はボクがどくつもりがないことを理解し、走ったまま殴ろうとする構えをとった。
ボクは右手で腰に差している刀の鞘を持ち、左手で刀の柄を握った。
そして約2メートルくらいの距離まで迫り、相手は拳を飛ばしてきた。
拳はボクの顔面目掛けて接近してくる。
その刹那、ボクはやや左に移動し、飛んでくる拳を避けた。
そして左手に握っていた刀の柄を引っ張り、右足を一歩前に出し、引き抜いた刀で泥棒を勢いよく斬った。
当然“峰打ち”だ。
鞘から右手を離し、倒れようとしている泥棒の手に握っている鞄の紐を掴んだ。
気を失う寸前だった泥棒には握力は無いに等しく、鞄の紐から手が離れそのまま床に倒れた。
鞄の紐を握っている右手で再び鞘を持ち、刀を鞘に収める。
納刀の音をがしたことを確認し、足を揃える。
そして再び前へ歩き出す。
当然ながら、ボクは周りの人たちの視線を一斉に浴びていた。
ボクは被害者の女性のそばまで移動し、一言。
「どうぞ。」
その言葉を聞いて、女性は鞄を受け取る。
女性は「ありがとうございます。」と頭を下げてお礼を言った。
ボクはただ微笑み、その場を後にした。
「へえ~、やるわね。」
この容姿も相まって、結構目立ってしまった。
だが、ボクは無視して歩み続けた。
そろそろ別の街にでも行こうかな。
「ちょっと、そこのお兄さん。」
・・・後ろから声をかけられた。
女性の声だ。
振り向くと、そこには一人の美女がいた。
紫色の長い髪。
口元のホクロ。
膨らんだ胸。
そして短めのタンクトップとデニム。
とてもセクシーな女性だった。
「こんにちは。」
胸元を強調してくるかのように、やや前屈みになりながら挨拶をしてきた。
思わず視線を避けそうになりながらも、ボクは彼女を見た。
「こ、こんにちは・・・。」
ボクが挨拶を返すと、女性は微笑んだ。
すると、さらに近寄ってきた。
互いの距離は1メートル近くであろうか・・・。
「少しお話、いいですか?」
背はボクの方が圧倒的に高いので、彼女は見上げながら聞いてきた。
そんな彼女を見て、ボクはやや戸惑ってしまった。
彼女が美人なのもあるが、それとは別に不安もあった。
美人局、もしくはツボを買わされるのではないかという疑惑である。
「わ、わかりました・・・。」
とりあえず、話だけでも聞こうと思った。
なにかあったら逃げればいいし。
ボクが答えると彼女は微笑みながらボクを誘導した。
彼女は明るい通りから、暗い路地へボクを誘い込んだ。
・・・本格的に怪しくなってきた。
すると、彼女はクルンッと回ってコチラを向いた。
後ろで手を組み、コチラへ笑顔を向けた。
しかし、どことなくその笑顔が怖く見えた。
しばらく互いに黙っていると、彼女が口を開いた。
「あなた、“ブルズアイ”でしょ。」
・・・そう一言。
ボクは思わず言葉を失った。
なぜなら、ある時から今まで誰にも教えなかった“ボクの名前”を当てたからだ。
「ふふっ、その様子だと当たりのようね。」
ボクはなにも反論ができなかった。
今までボクの正体がバレることがなかったからだ。
なぜ、彼女はボクの正体を・・・。
「今は亡き『コンラッド王国』の親衛隊副隊長、“一刀のブルズアイ”。 それがアナタでしょ。」
・・・。
その通りだ。
ボクは元々『コンラッド王国』を治める王に仕えていた親衛隊の一人。
その副隊長を務めていた。
・・・あの日、国が亡びるまで。
「なぜ、わかった。」
ボクが聞くと、彼女は微笑みながら答えた。
「半分は勘だったんだけど、あの抜刀技は昔見たことあって、もしかしたらと思ってね。」
そうか・・・。
さっきのでバレたのか。
・・・だが、もう一つ疑問はある。
「昔ということは、もしかして・・・。」
「ええ、その通り。 私、『コンラッド王国』の出身だったの。」
『コンラッド王国』の出身・・・。
数少ない生存者か・・・。
抜刀技だけを見てボクだと気付けるのは国外の人にはほぼ不可能だ。
気付けるのは国内でボクを見たことある人のみだ。
しかも、長い間・・・。
「あの事件が起きる前に、国外に出たからね。 私は無事だったというわけよ。」
「なるほどな。」
国内では約1割の人間しか生存しなかった。
ボクもその一人。
国外へ出た出身者なら生存してて当然か。
「まさか、あのブルズアイが生き残っていたとはね。」
「幸か不幸か、ボクは生きるチャンスを得られた。」
生きてたことは幸福だが、あの悲惨な状況を見てしまったことは不幸だ。
今でも脳裏に焼き付いている。
忘れたい過去だ・・・。
「さて、暗い話はこの辺りにして本題に入りましょうか。」
彼女は手を叩きながら、切り替えた。
「本題とは・・・。」
ボクがそう言うと、彼女は先程のように近寄ってきた。
いや、さっきより近い。
互いの距離は1メートルもないだろう・・・。
「私と手を組まない?」
そう、彼女は言った。
「なに・・・?」
彼女の顔がやや近く、目を逸らしそうになる・・・。
だが、彼女の言葉に集中した。
「アナタも勇者を目指しているのでしょう?」
「“アナタも”ということはキミも・・・。」
「ええ、その通り。」
そういえば、彼女の腰には鞘に収めた小型ナイフがあった。
そしてショルダーバッグも。
ボクが戸惑っていると、彼女はさらに迫ってきた。
右手をボクの胸に当て、体を密着させてきた。
「ねえ、いいでしょ?」
顔をかなり近づけて、ボソッと言葉を発してきた。
さすがにボクは彼女から顔を逸らした。
すると、彼女はさらに顔を近付けてきた。
そしてボクの頬にキスをする。
ボクは冷静さを失いかけていた。
さらになんと彼女は、今度は左手の人差し指でボクの右太ももをつっつき、指をなぞってきた。
「い・い・で・しょ・?」
・・・。
ボクは無意識に彼女から距離をとっていた。
そして無意識に刀に手が伸びていた。
「破廉恥な・・・!」
ボクは冷静さを取り戻し、彼女を警戒した。
完全に彼女のペースに乗せられるところだった。
「ふふっ、やりすぎちゃったかしら。」
彼女は笑った。
彼女の容姿を改めてみると、確かに旅人のような恰好をしていた。
しかし、ナイフだけで魔王を倒せるハズがない。
彼女がボクの力を必要としていることは本当かもしれないな。
「・・・まあ、ボクも仲間を作ろうとはしていた。」
「え?」
独りで魔王と戦おうとするのは不可能だろう。
それができれば、ソイツは本当の勇者だろうが。
だが、ボクはそんな運みたいなことに賭けるほど愚かではない。
「キミの力を見たい。 話はそれからだ。」
キョトンとしていた彼女は、ボクの言葉を聞いて数秒後に微笑みを取り戻した。
「わかったわ。」
すると彼女はボクに急接近した。
そしてボクの右手を掴むと、来た道を走って戻った。
ボクは彼女に引っ張られながら、路地裏から通りへ出たのだった。