表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/63

7.5日目 国によっては逮捕です

 ラーメン大勝軒。

 昔ながらの醤油ラーメンが売りである。


 最近、どうもコッテリ系が胃にもたれるようになってきたので、気が付けばここばかりに通っている。


 二人掛けのテーブルに陣取ると、物珍し気に辺りを見回すメスガキにメニューを手渡す。

 黄ばんだ文字だけのメニューをキラキラ瞳で覗き込むメスガキ。


「ね、何が美味しいの?」

「ここは醤油ラーメンがお勧めだな。トッピングは何か欲しいのあるか」

「んとね、モヤシ乗せていい? あと餃子も二人で分けよっか」

「分かった。すいません、注文を——」


 テーブルにコトリ、と水の入ったコップが置かれる。


「お客さん、こんな大きなお子さんいたんだ」


 いつも注文を取りに来るベトナム人アルバイトのグエン君でなく、この店の大将だ。

 ……せっかくカウンターを回避したのに、わざわざ出張してきやがった。


「俺独身ですよ。こいつ親戚の子供で、週末ちょっと面倒を——」

「始めまして。あたし、このおじさんにナンパされちゃいましたー♡」


 こいつなんつーこと言いやがる。

 しかしここで騒いではメスガキの思うがままである。


「……大将。こいつのラーメン、トッピング全無しで」

「冗談だってば! あたし、醤油ラーメンにモヤシトッピングで」

「俺も醤油ラーメン、煮卵トッピングで。あと餃子一枚」

「大将、いいとこお願いね!」

「あいよ、任せときな!」


 ……注文一つでこの面倒くささである。


 とはいえ、20才差の親子だって珍しくは無い。普通にしてれば親子と言っても通用するはずなのに、なぜこいつと一緒だと変な緊張感が走るのか……


 そんなことを考えながらぼんやりメスガキを眺めていると、両手で頬杖を突きながら俺を見つめ返してきた。


「おじさん、そんなに見つめられると照れるんですけどー♡」

「気にするな。Yahooのトップページをとりあえず眺めてるようなもんだ」

「ハイ、ギョーザお待たせネ」

「ありがと」


 餃子を持って来たのはベトナム人留学生のグエン君だ。

 真面目な仕事ぶりの好青年で、なにしろ余計なことを言わないのが——


「田中サン、今日は可愛い子連れてるネー。イイナー」


 にやにやと笑いながらグエン君。

 ……前言撤回だ。さっとと国に帰って噂の許嫁とよろしくやるがいい。


「そうなのよ。おじさん、あたしのこと好き過ぎて大変なの♡」


 メスガキは小皿を俺の前に置きながら、ニンマリ笑う。


「言ってろ。お前、ラー油入れるか?」

「うん。お酢は多めがいい。胡椒ちょっと入れて」


 こいつ中々に注文が細かい。

 俺はオーソドックスにギョーザのたれとラー油中心だ。


 やはり料理は定番が一番だ。トンカツはソースをドブドブかけるし、サンマは塩焼きだ。こしあん派とかいう邪教徒は、そいつらだけ消費税が上がればいい。


「はい醤油ラーメン二つ。お嬢ちゃん、チャーシューおまけしたよ」

「わあ、ご主人ありがとうございます」


 笑顔でお礼を言うメスガキ。こいつ、俺以外には可愛く装ってやがる。


 さて、そんなことよりラーメンタイムだ。

 ドンブリから上がる湯気を大きく吸い込む。今日は鶏ガラの香りがよく出ている。


 いきなり麺に行くのは素人というものだ。

 まずはスープの表面を軽くかき混ぜ、レンゲですくって——


 ズルズルズル……

 メスガキはいきなり麺を食い始めた。


「おいしっ! おじさん、いい店知ってるじゃない!」

「だろ? スープが絶品なんだ。まずはレンゲで———」

「チャーシューも美味しいね。大将、美味しいよ!」


 大将と親指を立て合ってるメスガキを見て、俺は苦笑する。

 

 飯を食うのにウンチクは不要だ。好きに食べて、美味しければ親指を立てる。

 そんな普通のことを最近ちょっと忘れてた。


 俺は勢いよく麺を啜る。中太の縮れ麺がスープによく絡む。


「餃子、最後の一個もらうね」

「おう。……って、俺まだ一個も食ってないぞ」


 いつの間にか餃子の皿は空になっている。


「そうだっけ。おじさん、欲しがり屋さんだなあ」

「なんでだよ。餃子はそもそも二人で分けるんだろ」


 メスガキは箸に掴んだ餃子を皿に戻す———ように見せかけ、そのまま俺の口の前に突き出してきた。


「はい、アーン♡」


 ……こいつ、大人をからかうつもりか。

 しかし俺だってアラサーだ。アーンの一つくらい経験は———


 俺は記憶をたどる。


 えーと……あれは上司に連れられてったスナックで、お相手は還暦超えてたな。

 じゃあ、学生の時のあれは……女装した柔道部の山本だったな。


 ……あれ。俺、アーンの経験無い?

 思わず固まる俺の口に餃子が押し込まれる。


「はい、よく食べられました♡ えらいえらい♡」

「いやお前、ここ人前だからな」


 餃子を水で流し込むと、俺は一気にラーメンを啜り込む。


 ……今度からは個室の飲食店で飯を食おう。

 いや、却って変な感じになるのか……?


 このくらいなら家で飯を食った方がましかもしれない。

 帰りに米でも買いに行くか……



 メスガキがようやく食べ終わったのを確認すると、俺は伝票を手に取った。


「さて、そろそろ行くぞ」

「えー、あたしまだ帰りたくないなー♡」

「子供は夕方になったら帰りなさい。はい、駅まで送ってやるから先に外に出てろ」

「はーい。じゃあ、大将またねー」


 メスガキは大将に手を振ると、軽い足取りで店の外に出る。


 ……やれやれ。この週末も大変だった。

 あいつを改札に放り込んだら、ようやく一休みだ。ビールでも飲みながら、ネット小説でも読むとするか……


 レジで財布を取り出していると、グエン君がやけに笑顔で俺を見ている。


「グエン君、どうしたの」

「アノ子と随分仲いいネ。オトモダチ?」

「だから親戚だって。はい、二千円から」


 グエン君はレジを叩きながら、しきりに頷いている。


「日本いいトコダネ。自由の国ダヨ」

「自由の国?」


 さて、何のことを言ってるのか。ベトナム的ジョークなのだろうか。

 グエン君はお釣りを俺に渡しながら、白い歯を見せて笑う。



「———田中サン、ウチの国なら逮捕ダヨ」

 本日の分からせ:分からせられ……60:40


 アラサーさん、メスガキの猛攻にも大人の余裕で堂々渡り合いました。そして海外旅行は避けた方がよさそうです。

 次回、アラサーさんの新たな一週間の始まりです。


 そして、この新連載の行く末は皆様のご支援とわからせの力に掛かっています!

 メスガキさんをわからせたい方は、ブクマ、バナー下から★~★★★★★にて、わからせポイントをどうかお願いいたします!


 わからせられたい人も、メスガキさんに★マークをお捧げ頂ければ幸いです。

 きっと、あなたが風邪を引いたとき、熱い麺をフーフーして冷ましてくれながら『こういうのがいいんでしょ、ヘンターイ♡ さっさと治っちゃえ♡』と優しく食べさせてくれます。


 私は、熱いまま口に突っ込まれるのもありかと思いますが、一般的には要審議事項なことを理解しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最後のオチ最高に草w そして、日本でもアウトだよw
[良い点] 日本で良かった…w [気になる点] やはり、ジャンル的には「恋愛」なのか…? まぁ、確かにメスガキさんには女を感じるし…いいかw [一言] くっ、この1年、風邪をひいていない!
[一言] 15年前に浜松で見かけた餃子に酢こしょうが最近よく見るようになって困惑中 お勧めしてたのは旨いけどかなり見た目はボロボロな町中華の店だけだったんだが…… グエンくんは勘違いしてるけど日本で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ