7日目 ラーメンとメスガキちゃん
「———はい、百々瀬のチームは予定通りで進んでますんで。いや、オンスケなんでトラブったら終わりです。課長、最初から織り込み済って言ってましたよね」
俺はイライラを隠しながら、モニター上のカメラに向かって報告を続ける。
日曜日の夕方恒例、課長とのオンラインミーティングである。
『それをハンドリングするのが主任の仕事だろ。現場のことはお前の責任だ』
「いや、百々瀬が倒れたからフォロー入ってるだけですから。最初は課長が直々に面倒見るって話だったじゃないですか」
……全く、無駄な時間だ。
モニターの隅、限界まで小さくしたウィンドウには課長の顔。俺は通話を切るタイミングを見計らう。
「それより、急ぎの提案資料は今晩中に送るので作業に戻———」
「ねえ、ポイントもう無いんだけど。おじさん、パスワード教えて」
横から声を掛けてきたのは、例のメスガキ。
しばらくは黙ってろと言ったのに、こいつ守る気なんかありゃしない。
『おい田中。お前さっきからゲームやってんのか? それに女連れ込んでんじゃないだろうな』
連れ込むも何もここは俺んちで休日だぞ。
俺はうんざり顔も隠さずに手を振った。
「YouTubeですって。BGM代わりにかけてるんです」
「——あれ、あんたんとこの課長じゃん。週末なのに何してんの」
「おまっ! 出てくんな!」
メスガキがひょこりとモニターを覗き込む。俺はその小さな顔を手で押しやる。
『おい、いま背景に女の姿が———』
「Vtuberです! Vtuber! それじゃ課長、失礼します!」
問答無用、俺はミーティングルームを退出する。
俺はぐったりとうなだれた。確かに昨日約束したが、本当に二日連続で来やがった。
すぐに飽きて帰ると思ってたが、マイクラで遊びだしたのだ。よりによって時間潰し特攻ゲームに手を出すとは。
「お前なぁ……声も姿も出すなって言っただろ?」
「だってほら、カッコいい家ができるとこだし。あんたの部屋もあるのよ」
「家?」
小娘がしこしこ作っていたのは、一軒の家。
PS4のコントローラーを片手、嬉しそうにテレビを指差す。
「真ん中におっきなリビングがあってね。みんなの部屋がその周りにあるの。パパとママの部屋もあって、ここがあたしの部屋」
「……俺、社長達と同居すんの?」
「仕方ないじゃない、わがまま言わないで。あんたの部屋、シアタールームにしてあげるから」
「マジか。スクリーンはデカクしてくれよ」
シアタールームは男の夢だ。できれば地下室にして欲しい所だが、そこは妥協しよう。
「あ、ソファは黒色な」
「それで庭にはプールも作るの。夏には友達呼んで泳ぐのよ」
庭にプールか。
いいな。泳がなくていいから、プールサイドでビール飲みたい。
……おっと。仮想現実の豪邸にほだされてる場合じゃない。
すでに外は暗くなり始めている。JSをこれ以上家に留めるわけにはいかない。
「また今度続きやっていいから、そろそろ帰れ。俺、ラーメン食い行くし。お前も夕飯の時間だろ」
「Uberで頼むから大丈夫。あんたの分も注文してあげるよ」
小娘はスマホを取り出し、アプリを立ち上げた。
俺はスマホを取り上げる。
「ちょっと、なにすんのよ」
「お前な、社会人が小学生に奢られるわけにはいかないだろ」
「だからパパのカードだって。食事代はいくら使っても怒られないし。社長の奢りだと思えば構わないでしょ?」
社長の奢り? そう思えば遠慮することは———いやいや、そういう訳にもいかないって。
「お前経由で払うんなら一緒だって。それに家で家族が待ってるだろ。勝手に夕飯食ったら怒られるぞ」
アプリを閉じてスマホを返す。
また文句でも言うかと思いきや、メスガキは詰まらなそうな顔でうつむく。
「……二人とも週末は仕事だよ。いつも一人で外食か宅配だし」
「あー、そうなのか」
……なるほど。こいつがなんかゴネてた理由が分かった。
週末、友達と遊べても、夕飯まで一緒に食べるのはなかなか難しい。
「いいよ、あたしは気にしないで。あんたはラーメン食べといでよ」
カチカチカチ。コントローラーのボタンを連打する小娘。
……いや、帰れよ。言いかけた俺は言葉を飲み込む。
「あのさ、いつも行くラーメン屋。大将に顔覚えられてさ、カウンターに座ると話しかけられて面倒なんだよ」
「うっわ、ラーメン屋で常連面とか。却って悲しいんですけどー」
……こいつ、窓から投げ捨ててやろうか。
「だからさ、二人で行けばテーブル席で食えるから話しかけられずに済むんだよな」
さて、これで伝わったか。
横目で様子を伺っていると、ゲームの手を止めて
「……キモ♡」
と呟いた。
「遠回しなのがキモいんですけどー。あたしと一緒にご飯食べたいならそう言えばいいのに♡」
メスガキ復活。さっきまでのしょんぼり具合が嘘のように、小生意気な表情が顔に浮かぶ。
「言ってろ。ラーメンくらいなら奢ってやるぞ」
「じゃあ、餃子とか付けていい? ママは臭いが嫌いで食べさせてくれないの」
「いいけどチャーシュー麺は駄目だぞ。あれは給料日後って決めてんだ」
メスガキは歯を見せてにかりと笑う。
「けーち、甲斐性無しの貧乏人♡ 素直にあたしに奢られとけばいいのに」
「素直に大人に奢られとけ。ほら、行くぞ」
上着を羽織りながら玄関に向かうと、メスガキは慌てて追ってくる。
「ちょっと待ってよ! もう、待ってってば!」
……正直給料日前でちょっときついが。
ラーメンと餃子に———トッピングに煮卵までは許してやろう。
本日の分からせ:分からせられ……80:20
アラサーさん、大人の余裕と財力でメスガキちゃんもメロメロです。ちなみにメスガキちゃんの方が可処分所得が多いのは秘密ですが、無駄遣いはしない子です。
次回、アラサーさん、職場でもメスガキちゃんの猛攻をしのげるか。
そして皆様のおかげで日間現実世界〔恋愛〕ランキング2位を頂くことができました!
皆様のご支援に感謝の他ございません。ブクマ、採点ポイントをよろしくご支援お願いします!
そしてまだまだ『メスガキさんをわからせ隊』の隊員を募集中です!
メスガキちゃんをわからせたい方は是非是非、バナー下から★~★★★★★にて、わからせポイントをお願いいたします!
わからせられたい人も、メスガキさんに★マークをお捧げ頂ければ幸いです。
きっと、あなたとご飯を食べに行きたくて、メスガキちゃんが偶然を装って待ち伏せていてくれます。
ちなみに待ち伏せが上手すぎるのか、誰も私の前に現れません。放置的なプレイを受けているのだと思えばあと10年は戦えます。