6.5日目 メスガキちゃんは帰らない
「よっし、今日の作業終了!」
俺が大きく伸びをすると、ジャラジャラと音をさせながらジャガリコの筒が差し出された。
「お疲れ様。おじさんも食べる? 炙り明太味だって」
「お前、結構渋い味が好きなんだな」
勧められるままに一本貰いつつ、テレビに映るゲーム画面に目をやった。
「ねえおじさん。キャラメイク、あんまし可愛くならないんだけど」
「それ髪型は最初はスキンヘッドの方が作りやすいぞ。あと□ボタンで照明変えれるから」
もう一本ジャガリコを口に放り込んだところで、俺はあることにようやく気付く。
……こいつ、いつ帰るんだ?
既に時刻は夕方5時を回り、窓の外は薄暗くなってきている。
「お前なんでモンハンのキャラ作ってんの? やってくの? それにお菓子食いながらコントローラー握るなよ」
「うるさいわね、あんたのキャラ勝手に使っちゃ悪いでしょ。しかもいい年したおじさんが女キャラ使ってるとか。ひいき目に見てもキモすぎだし」
「……お前、そこはセンシティブな問題だ。触れてくれるな」
なにしろゲーム機の中身なんてプライベートの塊だ。俺のパソコンの外付けHDDの次くらいに。
そういやこいつ、結構長い間PS4をいじってたよな。俺、変なゲームDLしてなかっただろうな。
多分してない……してないはず…………してないといいな……
俺がソワソワとメスガキの様子を窺っていると、その視線に気付いたのか。
ストライプのニーハイに包まれた太ももをポンポンと叩くメスガキ。
「んー? ひょっとして構って欲しいのかな♡ 寂しいなら、あたしの膝に乗る?」
「乗らないし。駅まで送るからゲームの電源落とすぞ」
「えー、まだ本編始まって無いんだけど」
「俺、これから用事があるし。大人は忙しいんだ」
「むー」
メスガキはうつ伏せに寝そべると、ベシベシとボタンを叩く。
「じゃあキャラクリエイト終わってー セーブしてからー 善処しますー」
ペシペシペシ。
更に乱暴にボタンを叩くメスガキ。
「お前帰る気無いだろ。またその内、続きしに来ていいから。今日はもう帰れ。な?」
何気ない俺の言葉に、メスガキがキラキラと目を輝かして跳ね起きる。
「また来ていいの?! ホント?」
……あれ? 俺、口を滑らせた?
「その内だぞ、その内。早くて桜の花が咲くころだな、うん」
「つまり、あたしの笑顔を桜の花に見立てているのね。意外と気の利いたこと言うじゃない♡」
言ってないし、そんなこと思ってないし。
「いいから駅まで送るぞ。荷物まとめろ」
「はーい、駅までお散歩デートだね。この幸せ者♡」
……色々と言いたいことはあるが、ここは我慢が大切だ。
とにかく家から追い出してしまえば、どうにでもなる。
「忘れ物ないな? あっても届けてやらないぞ」
「うん。次来る時までしまってて」
アパートを出ると、花壇の手入れをしている老婦人と目が合う。
この人はアパートの大家さんだ。たまにこうやってアパートの周りを掃除している。
「大家さんどうも。お疲れ様です」
「あら、田中さん。陽が沈む前に会うなんて珍しい———」
大家さんの視線が隣に並ぶメスガキにぴたりと留まる。
……あれ。いま俺、かなりの窮地に陥ってない? ワンミスで人生ゲームオーバーになる勢いなんだが。
「えー、あの、こいつは親戚の子供で———」
「うちの田中がいつもお世話になってまーす♡」
「ちょ、おい」
「あら可愛いお嬢さん。姪っ子さん?」
メスガキがいきなり俺の腕にしがみ付いてくる。
「んーん。あたしボランティアで寂しいおじさんを構ってあげてるの。この人、意外と寂しがり屋だし♡」
こいつの軽口に思わず固まる大家さん。
俺は勢い良く首を横に振る。
「はは、こいつ冗談が好きで! 次から見かけても、気にせず無視しといてください」
「あ、冗談よね! びっくりした。姪っ子さんなら歓迎よ。昼間は私が101号室にいるから、おじさんがいないときには遠慮なく来て頂戴ね」
「あ。ちゃーんと合鍵も持ってるから安心してください。おじさん、あたしが居ないと駄目なんでーす♡」
いやもう、こいつなに言いやがるのだ。
……だが、大家さんはこいつを姪っ子だと信じてくれてるらしいし———
「あらあらまあ……」
小声で呟きながら、目を細めて俺の顔を見る大家さん。
……あれ? 信じてくれてる……よな?
「そ、それじゃ、こいつを駅に送りますんで! さ、行くぞ」
「はーい。おじさん♡」
「こら、腕に身体を押し付けるなって」
背中に刺すような視線を感じながら、俺は急ぎ足で角を曲がる。
「ねえ、おじさん。おじさんで良かったね」
「なんにも良くねえって。つーか俺おじさんじゃないし」
「だって大家さん、本当の姪だって思ってくれてたじゃん」
「……いや、割と微妙なラインだったぞ。つーか腕放せって」
微妙どころかかなり疑われていた気がする。
……帰りに賃貸物件の情報誌でも貰ってくるか。
「明日は午後から来るから。少しは部屋を片付けといてよね」
「は? いやいや、また今度だ。さすがに連日は大家さんに怪しまれるからな」
「けーち。甲斐性無しのケチおじさん」
メスガキはしばらく膨れっ面をしていたが、何か悪だくみでも思いついたのか。
途端にニヤニヤと俺を見上げて来る。
「じゃあ……このまま改札まで腕組んでくれたら、明日は勘弁してあげる♡」
……なにその要求。
とはいえ、現在進行形で駅前商店街を腕組んで歩いてるのだ。
ここまで来たら、改札まで送ったところで変わりはしまい。
「それで気が済むならいいぞ。約束だからな」
「はーい♡ おじさんも約束だからね」
まったく、小娘め。俺が照れて折れるとでも思ったか。
所詮小学生の浅知恵だ。
ほらもう、商店街を抜けて駅前広場が見えてきた。
駅前広場の交番の前を通り過ぎれば、すぐに駅の改札が———
……交番?
思わず足が止まる。
メスガキが俺を掴む腕に力をこめる。
「おじさーん、どうしたの? 駅に行かないのぉ?」
はしゃいで小さく飛び跳ねるメスガキ。
俺は大きく溜息をつくと、絞り出すように言った。
「……腕、放してくれるか?」
メスガキはニコリと青空のような笑みを浮かべる。
「それじゃ、おじさん。また明日♡」
本日の分からせ:分からせられ……30:70
アラサーさん、なんとかメスガキちゃんを追い返しました。色々と失った気もしますが、失ったものは返らないので諦めましょう。
次回、調子に乗ったメスガキをアラサーさんが今度こそわからせます。
繰り返しで大変恐縮ですがお読み頂いた皆様にお願いです。
この新連載の行く末は、皆様の心にたぎる“大人のわからせちから”に掛かっています。
メスガキさんをわからせたい方は、ブクマとバナー下から★~★★★★★にて、大人の強靭わからせエナジーを充填お願いします!
わからせられたい人も、メスガキさんに★マークをお捧げ頂ければ幸いです。きっと、メスガキさんがあなたのゲーム中に、ジャガリコを口にくわえて食べさせてくれます。一本千円で。
ちなみに私は、足の指で掴んで差し出されるのも有りだと思います。いやむしろ(以下略)