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6日目 週末の悪魔

 アパート前の道をトラックが通り過ぎた。


 ガタガタと揺れる窓の音に俺は目を覚ます。


 西向きの窓のカーテンの隙間から、陽の光が漏れ出している。

 もう正午を回ったのだろう。


 寝たのは夜明け頃だが、そろそろログインの一つもして課長に顔を見せておくか。

 テレワークのやり方を覚えた課長が、週末は大抵パソコンの前にいるのだ。


 ……でももう少しだけいいよな。

 布団を抱えて二度寝に落ちかけた俺の耳に、聞き慣れた高い声が飛び込んできた。


『なにこのティッシュ。ごわごわじゃない!』


 っ!?

 俺は勢い良く起き上がる。


 ……なんか今、あいつの声が聞こえた気がするんだが。

 目をこすりながら部屋を見回すが、誰もいない。いくらなんでも聞き間違いだ。


「ヤベエな俺……」


 せっかくの週末、生意気なメスガキ声の幻聴で目覚めたのだ。

 しゃーない。シャワーを浴びてから、課長にWEB通話で高橋の件の苦情を言って———


「あ、おじさん。やっと起きたんだ。ついに死んだかと思った」


 ひょこり、と台所から顔を出したのは例のメスガキだ。

 音を立てて鼻をかむと、ゴミ箱にポンと放り込む。


「はっ?! お前、なんで居るんだよ!」

「あんたが会社来ないから、様子見に来たんじゃない。感謝しなさいよね」

 

 メスガキは悪びれずにそう言うと、躊躇なくベッドに飛び乗ってきた。


「お前! なにやって———」

「加齢臭が凄いから窓開けるのよ。ちょっとそこどいて」

「いや俺、加齢臭しないし」


 メスガキは俺の身体越し、西向きの窓を開ける。


「だってこの部屋臭いもん」

「煙草の臭いだって。ほら、人のベッドに乗らない。ちゃんと降りて」


 俺の当然の指摘にも関わらず、メスガキはニヤニヤとパジャマ姿の俺を見降ろしてくる。


「あれ~ ひょっとして、変なこと想像しちゃったの? ごめんね~♡」


 ……このガキ。

 しかしここはアパートの一階、しかも窓が開いている。

 社会的な死を避けるためには、冷静な対応が必要だ。


 俺は一つ咳払い。


「お前、ちょっと座れ。いいからちょっと。だからベッドの上じゃなくて座布団に」

「なによ、偉そうに。折角こんな可愛い女の子が、むさくるしいおじさんの家に遊びに来てあげたのに」


 憎まれ口をたたきながらも、座布団にちょこんと座る。


「さて。お前、部屋にどうやって入った? 鍵かかってただろ」

「だってここ、うちの会社の借り上げアパートじゃない。会社に鍵が一通りあるよ」

「なるほど。じゃあ、総務に住所聞いて、スペアキーも借りてきた……と」


 ふむ、理屈は通っている。

 確かにこの部屋の借主は会社だし、総務に鍵がある。その気になれば入り込むことは簡単だ。


「……まて、今の話総合するとだぞ。総務の連中、ここにお前が来たのを知ってるのか?」

「そりゃそうよ。それに鍵は借りたんじゃなくて()()()()()の。事情を話したら総務の主任さんも分かってくれたよ」

「事情? って、どんな話をしたんだ?!」

「ひ・み・つ♡」


 ……なにが『ひ・み・つ(はあと)』だ。それに総務の主任って例のお局さんだぞ。

 このガキが俺のアパートに出入りしてるとか、会社中に噂が広まるぞ……


「とにかく俺はシャワー浴びてコンビニ行くから。お前も帰って———って、なに荷物広げてるの? 聞いてんの?」

「いいよ、あたし宿題しているから遠慮しないで」

「だから俺、シャワー浴びるから」

「だから気にしなくていいって。それとも、覗いて欲しいとか? きゃー、エッチ♡」

「お前なあ……」


 ここはアパートの一階……平常心平常心……

 俺は深呼吸して6秒数える。


「だけど朝飯は食わなきゃだしな。お前を一人置いとく訳にはいかないだろ」

「あ、ご飯ならサンドイッチと缶コーヒー買ってきたよ。冷蔵庫にあるから食べて」


 ……こいつ、意地でも帰る気が無いな。

 とはいえ、ここで騒ぎを起こしては元も子もない。


「じゃあ言葉に甘えるぞ。後で金払うな」

「ご飯代はパパのカードだから構わないよ」

「んなわけいくか。ほら、これで足りるか」


 500円玉をメスガキの前に置く。


「別にいいのに。今度これで料理でも作ってあげようか?」

「大丈夫。それよりお前……こないだ母親と飯食いに行ったんだろ?」


 探るような俺の言葉に返ってきたのは満面の笑み。


「うん、楽しかったよ! ママなんて、デザート3回もお代わりしたんだから」

「へえ、それは良かったな」


 こいつの家族団らんには興味は無い。

 それより、俺には気になることがある。


「……で、俺のことはなんか言ってたか?」

「なんかって?」


 メスガキはノートから目を上げると、シャーペンをクルリと回す。


「弁護士とか……警察とか……そういう物騒な単語は出なかったのかなって」

「そんなのは無かったけど、ママが今度是非一緒にご飯食べに行こうって」

「……俺と?」

「うん。是非詳しくおじさんの話を聞きたいって」


 何それ怖い。


「お前、変なこと言って無いだろな?」

「えー、言われちゃ駄目なことするつもりなんだ♡ きゃー、怖いー♡」


 ……駄目だこいつ。話にならない。

 俺はミックスサンドを珈琲で流し込みつつ、物思いに耽っていた。



 部屋の鍵って取り換えるといくらくらいかかるのだろう……

 本日の分からせ:分からせられ……20:80


 アラサーさん、ついに安住の地にメスガキの魔の手が。

 次回、面倒な通いメスガキにアラサーさんの逆襲なるか。


 毎回で恐縮ですが皆様にお願いです。

 この新連載の行く末は皆様の心に眠る“わからせちから”に掛かっています。

 メスガキさんをわからせたい方は、ブクマとバナー下から★~★★★★★にて、わからせパワーをなにとぞ充填お願いします。


 わからせられたい人も、メスガキさんに★マークをお捧げ頂ければ幸いです。

 きっと、メスガキさんがあなたの外出時に、扉の前で膝を抱えて待っていてくれるはずです。


 ちなみに私に「来ちゃった」と言ってくれるのは月曜日ちゃんだけです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ポリスメン「きちゃった♡」
[一言] なんという正統派メスガキ 頑張れ主人公!メスガキムーブをもっと引き出すのだ! そして埋まっていく外堀 続きまだあるみたいなので楽しみに読ませていただきます あ、鍵は安いやつなら6000…
[良い点] メスガキちゃん発の列車は、行き先が二通りあります。人生の墓場か監獄です。現状監獄行きが濃厚ですが。 [一言] 数年耐え抜けば可愛いお嫁さんに早変わりですので、アラサーさんには耐えてほしいと…
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