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51日目 メリークリスマス

 時計の針が7時を指すと、鳥の囀りが聞こえだす。

 その音に反応したのか、ベッドの中でパジャマ姿の少女が布団を抱えて寝返りを打った。


「うー……まだ……寝る……」


 目も開けずに伸ばした手は、頭から遠く離れた枕をぽすぽす叩く。


 目覚まし時計の中で囀る鳥が、どんどん数を増していく。

 それが10羽を超えた頃、部屋の扉が開いた。


「おい理沙。もう朝だぞ」

 

 ベッドに近付いてくるのは彼女の父親。

 

「パパ……部屋に入るときはノックして……てぇ……」

「5回まではノックしたのを覚えてるな。さあ朝だぞ」

「むー。起きるってー」


 目をこすりながら少女が身体を起こす。

 枕を抱きしめ、寝ぼけ眼で父を見上げる。


「……あれ、パパも随分早いね」

「当り前だろ。今日は何の日だった?」

「クリ……スマス」


 ぼふん。

 再び布団にあおむけに倒れる少女。


「さあ、起きて。ツリーの下を見てごらん。何か置いてあったぞ」


 寝転がったまま、少女の顔に笑みが浮かぶ。


「パパサンタとママサンタ、来てくれたの?」

「おいおい、本当のサンタさんだぞ」

「はーい、本当のパパサンタさん」


 笑いながら身体を起こした理沙は、わざとむくれ顔をして見せる。


「着替えるから出てってよ。エッチ」

「はいはい、リビングで待ってるぞ」


 さあ、着替えよう。


 理沙は寝ぼけまなこで真新しいシャツに袖を通す。

 冷たい感触が腕に心地よい。



 ———クリスマスの朝。


 気が付いた頃には、父親がいない年の方が多くなっていた。

 母親も彼女が起きる頃には仕事に行く支度をしていて、挨拶と頬へのキスを残して急ぎ足で家を出ていく。


 だから去年はわざと遅く起きて来て、ラップのかかった朝食を横目に一人でプレゼントを開けた。


 パパからは毎年ぬいぐるみだ。

 もうそんな年じゃないと言ったら、アクリルケースに入ったシリアルナンバー付のテディベアをくれたので、それ以降は素直に好きなキャラクターを伝えるようにしている。


 ママは余所行きの服を上下で揃えてくれる。

 これは正直嬉しいのだけど、着ていく機会が滅多にないから、毎年、鏡の前で着た数の方が多くなる。



 ……理沙は姿見の前で服の襟を整える。


 今朝は久しぶりに親子そろっての食事だ。

 夜は忙しくて3人揃わないけど、今年は朝からみんなでごはんを食べるのだ。

 

「おはよう、ママ!」

「おはよう。サンタさん来てるよ」


 キッチンから落ち着いた女性の声が返ってくる。

 母親は理沙によく似た顔に優しい笑顔を浮かべると、細い指で部屋の反対側を指す。


 クリスマスツリーの根元、大きな包みが目を引く。


「あー、パパまたぬいぐるみー」

「だってお前、ごろにゃんってのが好きなんだろ」

「好きだけど。毎年ぬいぐるみばっかりじゃん」


 包みを開けると、理沙は身体ほどもあるぬいぐるみを抱きしめる。


「でかっ! 腕回んないじゃん!」

「限定品で池袋まで買いに行ったんだぞ」

「やっぱ、パパサンタだ!」


 理沙は笑いながら二つ目の包みを開ける。

 平たい箱の中には、紺色を基調とした上品なワンピース。


 理沙は思わず目を輝かせて持ち上げる。


「うわ、可愛い! ママありがとう!」

「あら、お礼を言うのはサンタさんよ」


 この日ばかりは設定順守だ。

 理沙は洋服を箱に戻すと食卓に向かおうとして、三つ目の包みに気付く。


「あれ、今年はプレゼント三つ? 誰から?」


 理沙が尋ねても、二人ともわざとらしくニヤニヤ笑って目を逸らす。


 ……さて、そっちがそういうつもりなら当ててやろう。

 包みを開くと、中には朱色の革手袋が入っている。


 やけに大人っぽいデザインで、とても子供が使うような物には見えない。

 だけど手にはめると、吸いつくようにピタリと包み込んでくる。


 祖父母はいまだに彼女を幼児みたいに扱ってるし、送り主とは思えない。

 小学生の自分にこんな物を贈る人なんて誰なんだろう。


 変な風に自分を大人扱いして、でも可愛らしいラッピングを選ぶような、ちょっとずれた人———


 脳裏にある人物の顔が浮かぶ。

 理沙はハッとして、キッチンの母親を振り返る。


「ねえ、ママこれひょっとして」


 その時鳴り出したのは、家の電話の着信だ。


「はいはい、ちょっと待って下さいね」


 独り言を言いながら電話に駆け寄る母親。


 はぐらかされたような気になった理沙は、矛先を変えることにした。

 探るような視線に気付いているのか、父親は娘の手元を覗き込む。


「理沙、良く似合ってるじゃないか。でもちょっと大人っぽ過ぎやしないか?」

「このくらいで丁度いいんだって。パパ、これくれたのってひょっとして———」


 言いかけた理沙の言葉に、被せるように母親の声が響く。


「ねえ、あなた。ちょっと来てくださいな」


 母親が電話口を押さえながら呼びかける。

 大儀そうに立ち上がる父を一瞥すると、理沙は諦め顔で手袋に視線を戻す。


 ……両親とも当てにはならない。


 理沙は最近の記憶を探る。

 そういえばこの前、おじさんが謎の行動を取っていた。


 ランドセルからぶら下げていた毛糸の手袋を、指で測るように触っていたのだ。

 なにをしてるのか尋ねると、慌てたようにごまかした。


 ……間違いない。思わず口元がほころぶ。

 

「ママ! この手袋って田中のおじさんからでしょ? ねえ、当たった……」


 パパとママ、二人とも電話口で真剣な顔をしている。

 ……こんな時まで仕事なのだろうか。


 理沙は少し拗ねたふりで、ぬいぐるみを抱きしめた。


 腕の中には大きなぬいぐるみ。

 手は大人っぽい手袋に包まれている。

 視線の先、ワンピースの白い襟が目に眩しい。


 今日はこんなにいい日だから、少しくらい許してあげる。

 3人からプレゼントをもらって、これからパパとママと一緒にご飯を食べるのだ。



 ……それにしても長い電話だ。

 

 理沙は抱き締めたぬいぐるみの向こう側、両親の姿をボンヤリ見つめる。


 昼には会社に行って、手袋のお礼を言わないと。



 あんまり趣味じゃないけど、すごく気に入ったって伝えるのだ———




ヤバいです。アラサーさん、両親公認をもらってしまったようです。誰か止めてくれる人はいなかったのでしょうか。


みんな揃って早まり過ぎの気もしますが、メスガキちゃんの突撃力を知ってるご両親としては、目の届くようにしたかったのかもしれません。

きっと手を出したら秒でバレるに違いありません。アラサーさんの理性が試されます。


……ちなみに私なら秒で逮捕される自信があります。



次回、最終話の更新は明日の夜を予定してます。


———二人のその後、そしてこれから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あれ? 今日は10日? クリスマス? 時が吹っ飛んだ? ここから予測する最終回 ①まさかの夢オチ まどろみから覚めたメスガキちゃんは今日も元気にアラサーさんに会いに行くのだ! [気になる…
[良い点] クリスマスの日、妙に長い電話、田中さんの話題となると、何かあったのかもしれませんね。 [一言] 果たして、無事にハッピーエンドを迎えられるのか。
[一言] うんうん、かなりヤバいですな。 でも捕まってしまったものはしようがない。 後はゆっくりと捕食されるだけなのです。 最終回、お待ちしています。
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