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47日目 もう一つの恋心

「時間空いたな」

「空きましたねー」


 恋川と並び、目の前に広がる芝生の広場を眺めていた。

 二人同じタイミングで煙を吐くと、やっぱり同じタイミングで灰皿に吸殻を入れる。


 客先に打ち合わせに来たはいいが、直前に時間が変更。

 ぽっかり空いた一時間を俺達は公園の屋外喫煙所で過ごしていた。


「あ。あの鳥可愛いっすね」

「ハクセキレイだな。ほら、尻尾ピコピコさせて駐車場とか走ってるやつ」


 俺達の会話を聞いていたわけであるまいが、セキレイが俺達の前の遊歩道を早足で横切っていく。


「この鳥、なんで地面を走ってるんすか?」

「餌とか探してるんじゃないかな」


 口寂しさに煙草の次の一本を咥える。

 横から無言で差し出されるライターの火に顔を近づける。


「じゃあなんで、道路とか駐車場でよく見るんすかね」

「走りやすいからだろ」

「餌探すために地面歩くんすよね。駐車場に餌ってそんなにあるんすか……?」

「意識高いセキレイは、餌よりも走りやすさ優先なんだろ」


 新しい煙草を咥えた恋川に、ライターを差し出す。

 無言で煙草に火を点けた恋川は、旨そうに煙を吐き出した。


「暇っすねー」

「いったん解散して、また集合するか?」

「暇なのも嫌いじゃないっす」


 恋川は気の抜けた笑顔を見せながら、俺に煙を吹きかけて来る。

 

「なんだよ」

「主任、最近コソコソと何かしてるっしょ」

「コソコソ?」


 はて、なんのことだろう。

 そんな元気は無いからエロイページも(職場では)見てないし、女の子とメールもしてないし。


「スマホの画面見てて、私が近付くと隠すじゃないっすか。なに見てるんすか?」


 ……バレてた。

 いや、悪いことはしてないし、そもそも隠してたわけでもないが。


「知ってたか。もう12月なんだぞ」

「……そっすね。実は私もそんな気がしてました」

「12月っていえば、イルミネーションとクリスマスだろ」

「前半は意味分からないっすけど、確かにそうっすね。で、それがどうしたんすか?」


 訝しむような恋川の視線。


「あー、だからちょっと探し物というか。若い女性が欲しがる物とか良く分かんなくてさ。色々検索してたんだ」


 ———若い女性。

 自分で言って気がついた。丁度居るじゃん。


「なんすか、じろじろ見て」

「あのさ。お前ならプレゼントとか何欲しい?」

「……やめました」


 返ってきた言葉は予想外の一言。

 やめた……? ミニマリストに転向したとか、そんな話なのか。


「やめたって何をだよ」

「一喜一憂するのを辞めたんす。だからこの先も冷静に話が出来ます」


 恋川は気合を入れるように煙草を一吹かしすると、横目でジロリと俺を見る。


「で、誰へのプレゼントですか?」

「え? ああ、それは……その……」


 口ごもる俺の姿に、恋川は大きく溜息をつく。


「……理沙ちゃんっすね」

「なんで分かった?」

「さー、なんででしょーね」


 恋川は腕を組み、足でコツコツ地面を叩く。

 何でこいつ、急に不機嫌そうなんだ。


「前も言いましたけど。あんまり高いのは駄目っすよ。事案になるっす」

「値段はともかく。なんか……あいつ、随分楽しみにしてるみたいでさ」

「楽しみ? プレゼントを約束したんすか」

「あ、いや、それはしてないけど。イブの夜……商店街のイルミネーションとかツリーとか見に連れてくことになってさ」


 返ってきたのは———沈黙。


 恋川の口からタバコが落ちる。

 落ちた煙草が燃え尽きた頃、恋川はようやく吸殻を拾い上げる。


「えー、あー……そうっすか。マジでそんな感じなんすね」


 そんな感じ?

 一瞬考えた俺は慌てて手を振る。


「違うって。小学生に手を出すわけ無いだろ」

「でも……その晩はずっと一緒にいるんでしょ」

「んなわけ無いって。一通り見たら駅に送るさ。だから引率みたいなもんだって」


 うん、そう。引率と言う言葉が一番ピンとくる。

 間違ってもイブデートとかそんな浮っついたもんじゃないんだ。


「ってことはですよ。理沙ちゃんを駅に送ったら、フリーっすよね」

「まあそうだな」


 次の日仕事だから普通に帰って寝るが。

 どのコンビニチキンを買おうか考えを巡らせている俺に、恋川が思いもよらない言葉をかけて来る。


「理沙ちゃんを送ったら……一緒にご飯とか行きませんか」


 ……ご飯? そんな遅くに?

 それにほら、その日って———


「クリスマスイブだぞ。そんな日に俺と飯なんか———」


 うつむく恋川。緊張気味に握ったり開いたりしている華奢な掌。


 流石の俺も———恋川の誘いの意味に気付く。

 クリスマスイブの夜に異性を誘うということは、そういうことだ。


「えーと、その。あれだよな、うん」

「はい……」


 落ち着いて見せながらも、俺の心の中は嵐が吹き荒れている。

 

 恋川が? 俺を? なんで?


 ちょっと———いや、かなりやさぐれてるが性格が良くて若くて美人。

 男に不自由なんてしないだろう恋川が、どうして取柄もない7つも年上の俺を選ぶというのだ。


 俺は動揺しながら、横目で恋川を見る。


 見た目は……言うまでも無いが。仕事に対する態度、性格、話や酒の趣味が合うことも含めて、何の不満もない。


 つーか、俺の人生通算でもこれ以上の相手と出会うなんて想像できない。

 是非もない。この誘いを断るなんて選択肢は———


「……あいつ、その日をスゲエ楽しみにしてるんだ」


 俺の口から出た言葉。自分自身が一番驚いた。

 あれ、なんで俺……口を開く直前、メスガキの顔がちらついたんだ……?


「約束してから。会うたびにニコニコしながらクリスマスの話をして。俺のプレゼントも用意してくれてるみたいで」


 ……あー、クソ。さっきから俺、何の話をしてるんだ。

 半ば自分に呆れつつ、自分の口からこぼれる言葉に身を任せる。


「なんかイブの夜って、両親とも忙しくていつも一人だったらしくてさ。クリスマスイブに誰かといるなんて記憶になかったらしくて。あいつの約束の後に楽しみな予定入れてたらさ。あいつに悪いっていうか……。早く済ませて次の予定に行きたくなる……みたいなのが、自分の中に出て来るだろ」


 ……タバコの火も消えている。

 俺はフィルターだけになった煙草を灰皿に捨てると、言葉を継いだ。


「それって、あいつの楽しみが消化試合みたいで可哀想じゃん。せめてその日くらい、あいつのために使ってやろうかなって」


 恋川はうつむいたまま一言も喋らない。

 黙ったまま突っ立つ俺達の前を、またも意識の高いハクセキレイが走り抜けていく。 


「……言い訳、長いっす」


 ようやくその声が聞こえて来るまで、どのくらいの時間がかかったのだろう。


「だからその……すまん」

「謝るのは駄目っすよ」


 恋川は俺の胸ポケットから勝手に煙草を一本引き抜く。


「……私、就職が上手く行かずに。何とかこの会社に滑り込んだんです」


 カチッ、カチッ


 ライターを付ける音がやたらと耳に響く。


「初めての業界で、知識も無くて。それでも主任、辛抱強く一から教えてくれて。資料も手作りしてくれたっすよね。ミスもかぶってくれた後、そのこと周りには言わずにレクしてくれたり」


 フーッと、細く長く煙を空に向かって吹きかける。


「この業界でもやってけるかなーって思ってた矢先に、一課に異動になって」


 開発第一課。研修期間終了後に配属された職場のことは、俺達の間でも話題に出さないのが暗黙の了解だ。


「……やっぱ大変だったか?」

「毎日、全員死ねって思ってましたね。実際に5回や6回は言ったかもしれません」


 恋川は自分の煙草の箱を差し出してくる。

 一本貰い、火を点ける。


 メンソールの香り———今では恋川の香りだ。


「だからまた主任の下で仕事できるって聞いて嬉しかったっす。少しでも恩返しできたらなって」

「恋川が来てくれて、助かってるぞ」

「……そっすか?」

「恩返しどころか、恩に着ている。いい同僚に恵まれたと思ってる」

「ありがとっす……」


 恋川の言葉は細く立ち消え、再び沈黙がその場を覆う。


「悪い。この埋め合わせは必ずするから」


 俺の気の利かない一言に、小さな溜息が聞こえる。


「だから謝るのは無しですって」


 恋川はもう一度溜息をつくと、


「……蟹っすね」


 謎の一言を呟いた。


「かに?」

「埋め合わせって言うなら、蟹食わせてください。トゲトゲした奴」

「……いいぜ。毛が生えてるのも付けてやる」

「マジっすか。やった」


 恋川は煙草を消すと、両手を伸ばして大きく伸びをする。


「今日は久しぶりに暖かいっすねー」

「ああ、そうだな」


 恋川は何かすっきりしたような、柔らかな表情になる。


 初めて会った時のような、優しく潤んだ目元。白い頬に薄っすら浮かぶ桜色。

 その時感じた彼女の若さと無邪気さは、よく見ればまだそこにある。



 彼女は白い八重歯を覗かせ、寂しさを隠すように笑って見せる。

 


「蟹、楽しみにしてるっす」




恋川さん、頑張りましたが紙一重届きませんでした。

アラサーさん、自分の気持ちに気付いたのでしょうか。


次回、アラサーさんとメスガキちゃんの出会いのエピソードです。

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― 新着の感想 ―
んー切ない! 苗字が恋川なのに恋に縁がないのか?? 頑張れ恋川!負けんな恋川!
[一言] 堕ちたな(確信 意外と早く堕ちたな(嬉しい誤算
[良い点] 誠実な主人公とても良いと思います [一言] 恋川さんまだ負けてねぇっすよね…? やっぱつれぇわ…
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