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43日目 二人は仲良し

 潰れた包みからひしゃげた煙草を引き出しながら、非常階段に繋がる扉を開ける。

 軋む音。11月も今日で終わり、冬を感じさせる冷たい風が流れ込む。


 ———その先の光景に、俺は乾いた唇にくわえた煙草を手の平で包む。


「ちょっと待ってね……動かないで」

「理沙ちゃん、そこは小指を下から回して……そう、それが舟っす!」


 メスガキと恋川、二人が顔を寄せあい何かしているのだ。


「お前ら、何やってんだ?」

「あ、おじさん! ほら、これ上手でしょ!」


 メスガキが自慢げに俺に差し出してきたのは、あやとりだ。

 懐かしいな。


「ああ、上手なもんだな。だけど、どうしてまたあやとりなんて」


 ひょっとして学校で流行ったりしているのだろうか。

 小学生って、急な変なものが流行ったりするしな。俺の頃も突然懐かしのキン消しが流行って、ホームルームで首謀者としてクラス委員(♀)に吊るしあげられたものだった。

 あの眼鏡っ子、今頃何やってるかな……


「……大和撫子を恋川さんに教わってるの」


 メスガキがぽつりと呟く。


「大和撫子? なに突然」


 メスガキはあやとりを解くと、照れたように前髪をいじる。


「あ、あたしもほら、少しくらいおしとやかになろうかなって。男の人って大和撫子とか好きなんでしょ?」

「まあ……一般的に男性人気はあると思うが」


 それで……あやとり?

 まあ、日本でも古くからの遊戯ではある。


 恋川がドヤ顔でポケットから何かを取り出す。


「主任、うちのお婆ちゃん直伝の遊び術っす。このテクで、今でもモテモテっすよ」


 恋川は片手でお手玉を二つ、器用に回しだす。

 その手さばき、確かに男心をくすぐる気がする。

 ……うん、悪くはない。


「確かに古風で素朴な感じというか、そういうの見せられると男って弱いしな」

「やっぱり! よし。おじさん、よく見てなさいよね」


 ちょっと寄り目で紐と格闘しているメスガキを見ながら、心に疑問が一つ。

 小学生男子にそれって効果あるか……?


 まあ、あやとりを口実に顔を近づけたりするのはありかもしれんが。


「ここをくぐらせて……小指が届けば……」


 ブツブツ呟きながら、指を伸ばすメスガキ。

 あー……つらのいい女子をこんな風に間近で見てたら、小学生の馬鹿男子なんかイチコロだな。


 突然男子受けを狙い始めたってことは……そう言うことか。

 近い内、彼氏の一人も出来るのだろう。そうしたら俺の家にも来なくなるだろうし……たまにはのろけ話を聞かせにここに来るかも知らんが。


 俺は機械のようにお手玉を回す恋川の隣に並ぶと、顔も見ずに話しかける。


「あー……金曜は無事帰れたか?」

「……あ、はい。大丈夫っした。ご馳走様でしたっす」

「あの日、お前随分酔ってたな」

「そ、そっすね……最後の方、記憶無いっす」


 ん。なんかちょっとぎこちないぞ。


 ひょっとして……俺なんかしでかした?

 心当たりは———あるような無いような。


「あー、ほら。電柱と間違えて俺に抱きついたのは気にしてないぞ?」

「っ!」


 ボトボト。

 床に落ちるお手玉。


「そ、それは覚えてないっす! いや、主任、電柱っぽかったからつい、というか覚えてないっす!」

「お、おう、覚えてないよな……」


 いかん、ひょっとしてプチ地雷だったか。


 年下の部下にセクハラ———懲戒免職———民事訴訟———

 物騒な単語が頭の中を駆け巡る。


 だがしかし。変なことをした覚えはないし、恋川も酔っていたのなら多少の問題発言は聞き逃してくれたはず———


「……怪しい」


 ……? メスガキが目の前にかざしたあやとり越し、ハイライトの消えた瞳で俺達を見つめている。


「怪しいって何がだ」

「二人……金曜日の夜、なんかあったの?」


 ボトボト。

 再びお手玉を落とす恋川。


「り、理沙ちゃん?! うちら二人で飲み行っただけで、なんにも———ね、主任?」

「ああ、なにも無かったぞ。それにほらお前、土曜は朝からうちに来ただろ」

「……土曜の朝からっすか?」


 ……なんで恋川、俺に突っかかる。


「週末、マジで二人ずっと一緒なんすか?」

「たまたま遊びに来ただけだって。な? たまたまだよな?」


 次の瞬間———俺は間違いに気付いた。

 メスガキは見たことのない種類の笑顔を浮かべ、ぽつりと呟く。

 

「———Yシャツ」


 Yシャツ……?

 何のことだ。戸惑う俺に、メスガキの呟きが続く。


「———口紅」


 っ?! そう言えば結菜の奴、口紅Yシャツをこいつに見せたって言ってたな。

 助けを求めるように隣に目を向けると、恋川のジト目が迎撃してくる。


「……主任。どういうことっすか?」

「どういうことって……なにが?」 

「なんで私の口紅が付いたの理沙ちゃんが知ってるんすか」

「だって妹が……見せちゃったんだもん」


 だもん、ってなんだ俺。


「つーかお前、俺に抱きついたの記憶無いんじゃ」

「! 無いっす! 全部忘れたっす!」


 えー、じゃあ何なんだよ。


 なんか恋川はお手玉で両目を隠しているし、メスガキは毛糸越しに俺を見てるし……一体、この時間は何なんだ。


「何か分からんが金曜は恋川と飲み行って、週末は妹が来たから一緒に理沙と大学見学に行っただけだぞ。なんでお前ら、俺を罪人みたいな目で見て来るんだ……?」

「理沙……?」

「妹さん……?」

 

 え、嘘。またなんか二人とも妙な反応してるんだが。

 俺、なんか変なこと言ったか……?


 メスガキはパサリと糸を落とすと、顔を赤くしてモジモジと指をこねくり回す。


「おじさん、あたしの名前知ってたんだ……?」


 いや、さすがに名前くらい知ってるだろ。

 確かにいつも「お前」としか言って無いが———


 ……あれ? 俺、こいつを名前で呼んだの初めてかもしれん。


「なんつーか、呼び捨てもなんだし、ちゃん付けもなんかキモいだろ?」

「別に……呼び捨てで構わないし。てゆーか次から名前で呼びなさいよね!」


 勢い良く言い捨てると、メスガキは階段を駆け下りていく。

 1階まで階段で降りるつもりか。若いなあ……


「あー、なんか騒がしたな。お前も吸うか?」


 煙草をくわえつつ、恋川にもハイライトを勧めてみる。

 ひしゃげた煙草を一本引き抜きつつ、恋川は俺を相変わらずのジト目で見つめて来た。


「妹さんって……。もうそんな段階なんすか?」

「……え? なんでだよ。ほら、お前と同じ大学の入試受けるから、見学に東京に出て来ただけで」

「それって、むしろ案内するなら私じゃないっすか?」


 そんな気もする。

 同じくらい、そうじゃない気もする。


「えーと……じゃあ受かったら妹に色々教えてやってくれ」

「任せてください。私の後輩っすから!」


 結菜の奴、メスガキの叔母になったり恋川の後輩になったり忙しいことだ。

 

 ……さっきまで変なテンションだった恋川も、ニコチンの効果で落ち着いたのか。

 煙を吐きながら手すりに背中を預ける。


「良ければ受験の相談も乗りますよ? 私、推薦でしたけど」

「悪い。うちの妹、馬鹿でテスト赤点だらけだから推薦とか取れないんだ」

「……受験大丈夫っすか?」


 俺は恋川の隣で煙を吐きつつ、スマホを取り出す。


 ……待ち受け画面、結菜から『お・れ・い♡』のメッセージと共に送られてきた、自撮りの『てへぺろ』ポーズの写真を眺める。



「……駄目な気がする」



 本日の分からせ:分からせられ……70:30


 メスガキちゃん、アラサーさんに名前を呼び捨てされて即落ちです。チョロいです。

 そして恋川さん、妹さんの受験や大学入学を通じて、少しずつ距離を詰めようとか呑気なことを考え出したようです。とても心配です。

 そして次回アラサーさん、招かれざる客と邂逅です。



 昔、同じアパートの住人が廊下で女性二人と修羅場を繰り広げていたことがあるんですけど。まあ、聞き耳を立てますよね。

 話によると男は更にもう一人、未亡人の彼女がいて、直前に飛騨高山に浮気旅行に行ってたとのことでした。

 いっそのこと、4人で仲良く奥飛騨の温泉にでも行けばいいのにと思いました。なんなら車を出してあげたのに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 修羅場というかなんというか、いっそ恋川さんを泊めて家飲みしていたらここまでややこしいことにはならなかったのでは? [一言] 記憶を飛ばすならスピリタスがいいですよ。
[気になる点] 恋川さん!呑気すぎっす! メスガキちゃんにかなり遅れをとってるっすよ! [一言] そういや名前呼んでなかった… すっごく親しくなっちゃった感じがするわwww
[一言] なんか、みんなもう、どうにもならない感じです… 妹まで含めて…
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