5日目 ラブレター
俺はメールの送信を確認すると、大きく伸びをした。
急ぎの提案書はこれで完了。
今週の業務は順調だ。なにしろ連日、終電前に帰れているのだ。今日は思い切って定時退社をしてみようか……
さて、チームの連中も今週はスケジュール通りに進んでいるはず。
俺は隣の席でブツブツ呟きながらモニターを睨んでいる高橋に声をかける。
「おい高橋、頼んでたテスト終わったか? 俺がチェックするから———」
高橋はうつろな目を俺に向ける。
「……あれ。頼まれたのって今朝ですよね。主任、明日までって言ってませんでしたっけ」
「頼んだの昨日の朝だって。お前、昨日帰った?」
「もちろんですよ。……あれ、今日って木曜日ですよね」
高橋はもう一本、眠眠打破の蓋を開ける。
モニターを見ると、そこに映っているのは頼んだ覚えのない仕事。
……多分、課長がこっそり無茶振りした仕事だ。あの男、部下のトラブル解決方法は他の部下に投げることだと思っている節がある。
「今日は金曜日だ。俺やっとくから、お前はもう帰れ」
「で、でも課長が……」
「課長、今日は外出からの直帰だから気にすんな。どうせ6時で全員タイムカード打つんだし」
無理矢理高橋を帰らせた頃、もう外は暗くなり始めている。
……さて、今日は終電どころか始発コースだ。
あの小娘に絡まれる前に一服入れるとするか。
煙草を手に非常階段に向かう。
そういや最近、外に出て煙草を付けた直後に絡まれるよな。
ひょっとしてどこかで見張ってるとか……まさかそんなはずないよな。
苦笑いしながら扉を開ける。
そこには例の小娘がうずくまるようにして何かを熱心に見つめている。
「……突然のお手紙ごめんなさい………でも今日は聞いて欲しい話があります……」
何やってんだ? 俺が来たのにも気付かずに、何やらブツブツ呟いている。
静かに背後に忍び寄る。
「……前から私は君から目をはなせません……どうしてかなって思ってました……」
手にしているのは薄緑色の便箋。どうやら手紙でも読んでいるようだ。
しかしこの内容……ひょっとして。
「君がいれば退屈な算数の授業も、体育と同じくらい面白い……か。不思議な例えだな」
「なっ!?」
慌てて飛び上がる小娘。
顔を真っ赤にして便箋を後ろに隠す。
「な、なんであんたここにいるのよ?! 覗きでしょ! キモッ!」
「ただの煙草休憩だよ。それ、ラブレターか?」
「え。ま、まあね。あんたみたいな寂しいおじさんと違って、青春真っただ中だから」
……あえて反論はしまい。なぜならその通りだからだ。
俺は煙草をポケットにしまう。
「俺、添削してやろうか?」
「は?」
「だってその中身じゃ、叶う恋も叶わなくなるぞ。任せろ、謝罪メールを書かせたら開発二課でも右に出る者はいないんだ」
「逆よ逆! このラブレター、あたしがもらったの!」
え、そうなの?
確かにツラはいいかもしれないが、こんなメスガキにラブレターを送るなんて物好きもいるもんだ。
「お前、実はモテるんだな」
「当然よ。おじさんもウカウカしてらんないわね」
小娘は得意げに手紙をひらひらさせる。
「それはそうと何が書いてあったんだ?」
「まだ読みかけよ。キモいおじさんが覗いてたから止まったんじゃない」
小娘の口元から白い歯が覗く。
「あれ~? あれれ~? ひょっとして気になるんだ? あたしが他の男に———」
「ああ、確かに気になる」
「はっ!?」
いきなり直立不動で固まる小娘。
「き、気になるって、あ、あんたザコリーマンのくせに……」
「だってラブレターとか初めて見るし。どんなこと書いてあるか興味があるぜ」
「……気になるってラブレターの方?」
「? だからそう言ってるだろ」
さっきまで固まっていたメスガキが、今度は怒りの表情もあらわに俺の腹に頭をグリグリしてくる。
「なんだよ。なに怒ってんだ?」
「知らないわよ! 続き読むから静かにしてて!」
全く情緒不安定な子供である。
最近の子供は牛乳離れでカルシウムが足りないと聞くがきっとそのせいだ。
小娘は目の前に便箋をかざして続きを読み上げる。
「えっと……あなたのことが好きです………もし、私の告白をOKしてくれるのなら……今日の放課後、体育館裏に来てください」
そこまで読んだ小娘は眉をしかめて首を傾げる。
「「……今日の放課後?」」
思わずハモる俺達。
ビルの合間に陽が沈み、空はどんどん暗くなっていく。
ジジ……。音を立て、非常階段の蛍光灯が点いた。
「……タクシー呼んでやろうか?」
「いいし。こんな俺様男、あたしから願い下げだし」
手紙を折り畳むと、封筒に戻してランドセルに押し込んだ。
……一応ちゃんととっておくんだな。
「あたしを呼び出そうとか10年早いのよ。あたしが好きなら、自分から来いっての」
「まあ、そんなに冷たくするなよ。相手だって勇気出したんだぞ?」
小学生とはいえラブレターなんて勇気がいるに違いない。
……むしろ大人がラブレター書いたら、下手すると事案になるよな。
「それにさ……あたしに彼氏できたらおじさんも寂しいでしょ?」
小娘が床を蹴り蹴り、なぜか上目遣いで俺を見る。
……はて。こいつに彼氏が出来て、なぜ俺が寂しがるのか。ひょっとして。
「俺がフラれたばかりだからって、遠慮しなくていいんだぜ?」
「え? いや、違———」
「子供は子供らしく、動物園に行くとか健全な付き合いをすればいいじゃんか。俺も応援するぞ」
「……キモイ。マジキモイ」
何故罵倒。
「小学生の恋愛に口出しするとかキモいんですけど! 前髪全部抜けちゃえ!」
「え、おい」
メスガキは俺に向かって舌を出すと、階段を駆け下りていく。
……まったく、乙女心は良く分からん。
俺は溜息をつくと煙草に火を点ける。
去り際の小娘は、なぜあんなに怒っていたのか。それにキモいって言い過ぎ———
俺は思わず額に手を触れる。
……よし、前髪はちゃんとある。
本日の分からせ:分からせられ……70:30
アラサーさん、青い春を垣間見てちょっぴりほんわかした気分になりました。この勢いで始発まで働いてくれることでしょう。
次回、週末のアラサーさんに魔の手が伸びる。
そして皆様にお願いです。
この連載の行く末は皆様のご支援とわからせパワーに掛かっています。
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わからせられたい人も、メスガキさんに★マークをお捧げ頂ければ幸いです。
きっと、あなたにお誘いのメールを送ろうかどうか迷ってたメスガキさんが、思い切って送信ボタンを押してクッションに顔を埋めて足をバタバタしてくれます。
ちなみに私には誰も送信ボタンを押してくれません。みんな照れ屋さんですね。