41日目 使途来襲 JK3
……昨日は飲みすぎた。いくらなんでも飲み過ぎた。
コンビニからの帰路、俺はポカリスエットを飲みながらよろよろと歩いていた。
家からコンビニは片道3分の距離だが、休み休みで歩いたので、家を出てから30分は経っている。
自販機のアクエリアスで我慢しとけばよかった……でも二日酔いにはポカリスエットが一番効くからなあ……
……今朝は気が付けば家のベッドだったし、どうやって帰ったのかも覚えていない。
朝からお礼のメッセが届いていたから、恋川が無事に帰れたのは確かなようだが。
「昨日はあれからどうなったっけ……?」
恋川に煽られるまま、一升瓶の最後の数センチを直接一気飲みしたとこまでは覚えている。
他には確か……へべれけの恋川に肩を貸して———いや、俺が肩を借りたような気もするな。
財布の中身は大半が旅立ち、ポケットでの納まりがすっかり良くなった。
今週は給料日だったので、それなりの金額を入れてたつもりだったんだけどな……おかしいな……
ふらつく足でアパートの前に差しかかると、丁度大家さんが部屋から出てくるところだ。
「おはようございます」
「あら、田中さんおはよう。丁度姪っ子さん、来たところよ」
姪っ子。もちろん例のメスガキのことである。
もう来たのか。正直、あの高い声は二日酔いの頭に響く———
「田中さん、あの子に勉強教えてるんですって?」
「ええ、まあ」
……そう、俺は姪っ子の家庭教師をしているということで口裏を合わせているのだ。
最近ようやく、大家さんの疑念も解けつつあり———
「それにしても驚いたわ。田中さん、東大のご出身だなんて」
……東大!? なにそれ。
俺、東部大澤情報専門卒だが———界隈では東大と呼ばれているのか……?
……いや、ないな。メスガキの奴、なんか変なこと吹き込んだに違いない。
「え、えーと」
「是非、今度孫の勉強も見て下さいな」
「えー、まあ、機会がありましたら」
……ボロが出る前にこの場を去ろう。
曖昧に濁して自分の部屋に向かうと、中から例のメスガキが出てきた。
……ん? なんか血相を変えてこっちを睨んでいるぞ。
「どうした、ゴキでも出たのか」
「おじさん、制服の女子高生を連れ込んでどういうつもりっ?!」
っ!? お前、いきなり何を言うんだ?!
……あ、大家さんが死神のような目でこちらを見ている。
「お前、なに言って———」
俺の抗議の言葉など無視。メスガキは俺に身体ごと詰め寄ってくる。
「女子高生は違法よ、違法っ! 高校生への淫行は条例違反———むがっ?!」
……これ以上の流言飛語は俺の社会的な死につながる。
俺はメスガキの口を塞ぐと、部屋の中に引っ張り込んだ。
「むぐもごっ!」
「お前、人前で何言ってんだ?! いいか、俺にも立場ってもんが———」
ここはビシッと言わねばなるまい。
俺をからかうためとはいえ、部屋に制服の女子高生がいるとか嬉しい嘘をつくなんて———
「……慎ちゃん、なにやってるの?」
……え。これ、誰の声だ。
メスガキは俺の腕の中、口を塞がれてもがいている。
恐る恐る顔を上げると、そこには制服姿の少女がスマホをこちらに向けながら立っている。
「結菜っ!?」
そう、そこに居るのは俺の妹、田中結菜。
18才の現役女子高生だ。
「慎ちゃん、どういうことだか説明してよ。ちなみに今、動画を撮っています」
「撮るなって。いやほら、変なことしてんじゃないから。ただの日常の光景だし」
「女児の口を塞いで家に連れ込むのが日常?!」
待って。人聞きが悪い。
俺はただ、ヤバいことを叫ぶメスガキの口を塞いで、部屋の中に引っ張り込んだだけで———
……あれ?
俺、相当ヤバいことしてる?
手を離すと、メスガキは俺の腕から抜け出す。
「ちょっと、なにするのよ! それにこの女子高生は誰?!」
「俺の妹だって。それと声デカい」
「嘘ばっかり! おじさんの妹がこんなに若くて可愛いわけないじゃん!」
若くて可愛い。
そう言われた結菜はソワソワと髪を撫でつけ始める。
「ま、まあ、寄り合いの時、皆に良く言われるけど」
「町内会のお年寄りは、お袋にすら同じこと言ってるぜ?」
結菜は俺を小突くと、身をかがめてメスガキの顔を覗き込む。
「私は田中結菜ちゃんです。君は誰子ちゃんですか?」
「え……ホントに妹さん……? おじさんの……?」
呆気にとられるメスガキの頭を、優しく撫でる結菜。
「安心していいよ。ここには騙されて連れてこられたの? 無理矢理なの?」
……意義あり。裁判長、誘導尋問です。
俺の抗議の視線を知ってか知らずか、メスガキはぴょこんと頭を下げる。
「はっ、初めまして! あたし、加賀美理沙です!」
「理沙ちゃんって言うんだ。慎ちゃんとはどういう関係なの?」
「えっ!? あの、ちょっと複雑で秘密な関係なんだけど———」
「いやいや秘密も何も勤め先の———」
「慎ちゃんは黙ってて?」
スマホのレンズが俺の顔に向けられる。
黙る俺と結菜の顔を見比べて、メスガキは言葉を選び選び話し出す。
「えーと……おじさんはパパの会社に勤めてるんだけどね、その、この部屋で色々……教えてもらってるの」
「勉強とかな!? 勉強とかだから!」
「もお、慎ちゃんうるさーい」
結菜はメスガキの顔を覗き込む。
「じゃあ慎ちゃんに変なことされてないの? その……変なこととか」
「変なこと……ってなに?」
きょとん顔のメスガキ。
「え? いや、あの、変顔とか……かな」
口ごもる結菜の首根っこを掴むと、部屋の隅に連れていく。
「結菜、これで分かったか。汚れているのはお前の心だ」
「いやいや。慎ちゃんの断罪ショーはまだ続くよ? 結婚もせずに女児の口を塞いで家に連れ込むとか、WEBで全国親族会議の開催だよ?」
開くなそんなもの。
「そんなことより、なんでお前がここに居るんだよ。受験勉強どうした」
「えーっ?! 慎ちゃんあれだけ言ったのにメール見てなーい! 大学見学で上京するって送ったじゃん!」
……だっけ。
俺は慌ててメールをチェック。
「ホントだ。えっ、お前今夜泊ってくの? マジで?」
「今更他にどうするのさ。宅配便で布団届くし。明日は東京案内頼むよ」
「はあ?! ちょっと待てって。俺にも用事が———」
「あるの?」
「ないけど」
そうはいっても面倒くさい。
俺はやたら静かなメスガキの様子を伺う。
「じゃあ結菜ちゃんがお姉ちゃん……? いや、おじさんの妹さんだよね。じゃああたしが……お姉ちゃん……?」
なに言ってんだこいつ。
まあいいや。俺はメスガキの隣に並ぶ。
「ほら、こいつの勉強見ないといけないから。学校見学は一人で行けよ。な?」
「勉強?」
結菜はドヤ顔でフフンと鼻を慣らす。
「慎ちゃん、ここに私がいるのをお忘れかしら?」
むしろ忘れたい。
「勉強なら現役受験生のこの私に任せなさい。理沙ちゃん、私がお勉強見てあげよっか」
「ホント? お姉ちゃ———結菜ちゃん、お勉強見てくれるの?」
……なんか変な展開になってきた。
だが、やかましい×2が対消滅してくれるのならそれに越したことは無い。
メスガキは嬉しそうに問題集を取り出す。
……ちゃぶ台を囲む二人の姿はむしろこっちが姉妹のようだ。
結菜は得意気な表情で問題集を覗き込む。
「あー、英語ね。任せといて。ネイティブ一歩手前の私の力を———」
しばらく問題集を眺めていた結菜は、おもむろにスマホを取り出す。
「へい、Siri!」
「え、結菜ちゃん。突然どうしたの」
「実はね、最近の入学試験はスマホの活用も不可欠なの」
「そうなの?」
それ、不正だろ。
……仕方ない。英語なんて何年振りか分からんが、小学生の問題くらいどうにかなるだろ。俺もメスガキを挟むように腰かける。
えーと、なになに……
「慎ちゃん分かる?」
「……よし。職場のパソコンに優秀なOCRソフトが入ってるから、まずテキストデータ化して日本語に変換しよう」
「さすが慎ちゃん。私も賛成だ」
……俺達を疑わし気に見詰めていたメスガキがゆっくりと首を振る。
「分かんなかったらいいんだよ……? ちょっと難しかったかな。ごめんね、今日は二人でも解けそうなの持ってきてなくて」
小学5年生に同情される俺ら兄妹……
そして結菜。はたしてこいつ、受験は大丈夫なのだろうか……?
本日の分からせ:分からせられ……60:40
メスガキちゃん、ついアラサーさんのご家族に紹介されました。結菜ちゃん、実家には何と言って報告するのでしょうか……?
そして次回アラサーさん、兄妹でオープンキャンパスです。
アパートの大家さんにとってアラサーさんは、姪っ子の女児を毎週家に連れ込んで、時折、制服姿の女子高生とバッティングさせちゃう東大卒です。速やかに通報した方がいいですね。
ちなみに女児と女子高生が仲良くキャッキャウフフしてるのを眺めたい———というのは邪な気持ちではないと長年主張してきましたが、最近一周してやはり性欲であるという結論に達しました。残念ですが皆さん諦めてください。




