40日目 恋する純米大吟醸
俺は溢れんばかりに泡の立つビールのジョッキを持ち上げる。
目の前にはワクワク顔の恋川が同じくジョッキを掲げている。
「えー、それでは恋川亞里亞さんの歓迎会を始めます」
「ありがとっす!」
「じゃあ、かんぱーい!」
「乾杯!」
コチンとジョッキを打ち合わせると、同時にジョッキをあおる。
ジョッキの三分の一を空にした恋川は、満面の笑みで身を震わせる。
「くぁー、やっぱ染みるっすね。あれっすね、生ビールはやっぱ黒ラベルが一番っす」
「なんだよ。お前、ビールにこだわりあるのか?」
「ええ、瓶ビールは赤星。缶はラガーっすね。観光地の売店で買うならスーパードライっす。飲み放題でプレモルがあるとちょっと上がります」
割と庶民派のこだわりだ。
週末の賑やかな店内。俺は突き出しのメンマをつつきながら、周りを見渡す。
仕事帰りのサラリーマンに加えてカップルの姿も多い。
その中で男女二人で向かい合ってると、なんだか落ち着かない。
「歓迎会だってのに、俺と二人で良かったのか?」
「私の歓迎会、もう終わったじゃないっすか。今日は延長戦っすよ」
恋川はメンマを口に放り込むと小気味いい音を立てて噛む。
「これピリ辛っすね。ビールに合います」
「なんか普通の焼き鳥屋で悪かったな。いつもはもっとおしゃれな店に行ってるんだろ?」
「そんなことないっす。私、こないだまで学生だったから、チェーン店ばっかだったし」
早くもジョッキを空にした恋川が店員にお代わりを頼む。
そういやこいつ、数か月前まで大学生だったっけ。
……若いな。
「なんすか、私をじっと見て。そんなに可愛いっすか」
「いや、恋川って大学ではどんなんだったんかなって」
「あれっすね。大学では私、モテモテでしたっすよ。モテ女っすよ」
「へえ、そうなんだ。やっぱイケメンの彼氏とか居たのか?」
俺の言葉に、恋川の眉がピクリと震える。
「……私のモテの話をしてたんす。彼氏の有無については話してないっす」
恋川は二杯目のビールを一気にあおる。
……なんか悪いことを聞いたようだ。
「いや、ほら……学生の本分は勉強じゃん? 彼氏いなくたっていいよな。うん」
「居ないとは言ってないっす」
「居たんだ」
「居たとも言ってないっす」
……降りかかる沈黙。
チビチビとビールを啜っていると、頭に布巾を巻いた女性店員が元気よく皿を差し出してくる。
『お待たせしました。焼き鳥盛り合わせと特製つくねでーす!』
「お、これこれ。このつくねが絶品なんだぜ?」
「……それに女子大で薙刀部とか入ってたし。彼氏いなくたって普通でしたし」
言いながらチクチクと箸でメンマをつつく恋川。
……せっかく話を逸らしたのに、何故蒸し返す。
「さあ、冷める前に食べようぜ」
「ういっす。……だから大学時代、遊んだりしてませんよ?」
「うん? ああ、そうだな」
……こいつ何の話してるんだ。
あ、軟骨串もコリコリしてて美味い。
むしろ女子大生はちょっとくらい遊んでる方が興奮———もとい、色々と捗るなーとか考えながらビールをあおった———
ふっ……と一瞬意識の飛びかけた俺は、頭を振って正面の恋川に目をやった。
顔を赤くした恋川はグイ飲みを両手で持ち、上機嫌でフラフラと身体を揺らしている。
飲み会も終盤戦。
ビール→ハイボールときて、日本酒タイムに突入して久しい。
ここからの進退が、週末のQOLに直結するのである。
「おい、お前飲み過ぎてないか?」
「誰のせいっすかー 主任のせいっすよー」
ニコニコ、フラフラ。
楽しそうだが、流石にこれ以上飲ますのはいかん気がする。
「そういや結構いい時間だよな。お前、電車は大丈夫か?」
腕時計に目をやると、とっくに日付は変わっている。
……油断した。楽しい時間は過ぎるのが早いとはよく言ったものだ。
「そういや終電……終わってるみたいっすね」
恋川は時計を見るでもなく、タコワザをつつきながらボソボソと呟く。
「どうやって帰るんだ」
「あの、その……まあ、確かに終電終わったら帰れないっすよね……」
なんか急にモジモジとしだす恋川。
異世界じゃあるまいし、終電無くたって帰れないってことは無いだろ……。
俺の視線に気付いたか、恋川は大げさな仕草で首を振る。
「へ、変な意味じゃないっすよ! ほら、時間を気にせずに飲めるって言うか」
相当酔っぱらっているのか。恋川の奴、さっきから挙動不審である。
終電が終わり———そわそわし始める恋川。
これはつまり……そういうことか。
「ああ、悪い。こんなこと、お前に言わせちゃダメだよな」
「……は、はい?」
「俺が気を遣って先に言わなきゃだったな」
「え? あ、いや、あの…………はい」
俺は恥ずかしそうに俯く恋川のつむじを眺めながら苦笑する。
「そりゃ先輩と飲み行って、終電近いんで帰ります———って言い辛いよな。お前の部屋、両国のあたりだっけ」
俺は財布を探って5千円札を取り出す。
「……これ、なんすか?」
「タクシー代、これで足りるだろ? 酔っ払って忘れる前に渡しとくぞ」
「…………」
恋川はお札を握ったまま固まっている。
「どうした? 吐くのか?」
———と、再び動き出した恋川が勢い良く酒をあおる。
「おい、お前飲み過ぎるなって」
「……今日はとことん飲むっす。主任もです」
ガツン、とグイ飲みをテーブルに叩き付ける音が響く。
「……何か分からんが分かった。付き合うぜ」
こいつも日頃から、溜まった鬱憤の一つもあるのだろう。
気が済むまで付き合ってやるのが先輩の役目って奴である。
「こうなったら獺祭いきましょう、獺祭!」
「あ、これでダッサイって読むのか。この8番バッターの打率みたいの頼もうぜ」
「いいっすね。すいませーん! 獺祭の磨き二割三分遠心分離を瓶ごとくださーい!」
「お前、やる気だな」
「やる気でしたよ……さっきまでは」
「なんだよ、頼んだら気が済んだのかよ」
乙女心となんとやら、だ。
『はい、こちら獺祭の磨き二割三分遠心分離になります!』
「あ、来たっすよ、主任」
恋川が酒瓶を受け取る。
店員が運んできた瓶は———一升瓶だ。
「え、お前これ、いまから空ける気か?」
「覚悟してください、主任」
言って親指で勢い良く瓶の蓋を飛ばす。
もう蓋は要らない———恋川の覚悟が見て取れる。
「今日は底まで———行くっすよ」
本日の分からせ:分からせられ……ノーコンテスト
アラサーさん、こんなチャンスになにやってるんでしょうか。獺祭を一升瓶で頼まれても文句は言えません。
ちなみに閉店までの2時間かけて、二人で一升瓶を空にしたようです。
そんな翌日二日酔い確定の二人にもバナー下から★~☆~で応援頂ければ大変に嬉しいです。
きっとほろ酔いの恋川さんがそっと肩に頭を乗せてきて、『……私、遊びでこんなことしないっすよ』って言ってくれます。
次回、メスガキちゃんと楽しい週末です。
ちなみに私は、いつか女の子と飲みたくなったらお金の力を借りればいいと思っていました。大人なので。しかし財布の中身がいつになっても子供なので、ゆるキャン△と放課後ていぼう日誌をヘビロテしながら飲んでます。




