39日目 立夏ちゃんはうつむかない
一日の授業が終わり、塔の鐘が大きく鳴り響く。
残響の最後の欠片も風に散り、生徒の大半が校舎を出た頃。
理沙が前髪をいじりながら姿を現した。
……今日はこれから父の会社に顔を出す。
———洋服に前髪、爪にまつ毛。身支度は万全だ。
理沙は思わず小さく拳を握る。
「よーし、あの鈍感男も今日こそは———」
今日の作戦を考えながら通り過ぎようとした校庭脇の花壇。しゃがみ込んでいる小さな人影に気付く。
「立夏? なにしてるの」
「……理沙か。見ての通りよ」
立夏は土に汚れた手で花壇を指す。
一面に植えられた色とりどりのパンジー。その真ん中が大きく凹んで荒らされているのだ。
「……猫? ひどいね、これ」
「上で喧嘩でもしたみたい」
立夏は小さく溜息をつくと、花壇に向き直る。
「あんた当番だっけ」
「そうじゃないけど。ほっといたら枯れちゃうでしょ」
立夏は小さな指で、折れた葉っぱを取り始める。
理沙は荷物を下ろすと隣にしゃがみ込む。
「折れた葉っぱを取ればいいの?」
「うん、根元から取って」
しばらく無言でパンジーの手入れをする二人。
目を上げないまま、理沙が呟く。
「……猫なんてこの辺いたっけ」
「最近うろついてるのよ。櫻子の奴、餌とかで猫を手懐けてるから」
白城櫻子。
クラスでも派手なグループのリーダーだ。
……そう言えば今朝、櫻子の取り巻き達と立夏が花壇の周りで言い争いをしていた。
すぐに先生が来たので、深くは立ち入らなかったが———
「……櫻子なの?」
「猫を二匹、花壇に寝かせて写真を撮ってたの。途中から猫が喧嘩したから」
「こんな風になっちゃったんだ。先生はなんて」
「櫻子、猫が勝手に花壇に入っただけだって。先生も信じちゃって」
悔しそうに唇をかみしめる。
慰めようとしてか、手を伸ばした理沙は土だらけの自分の手を見て苦笑する。
「先生には私から相談しとくから。立夏はあんまり気にしないで」
「……うん」
黙って作業を続けていると、賑やかな笑い声が聞こえてくる。
白城櫻子。猫を抱いた彼女が取り巻き取り巻きを連れて校舎の陰から姿を現した。
「ねえ、櫻子さん。次はどんな写真を撮りましょうか」
「そうね。中庭の鯉と会わせてみましょうよ。面白い写真が撮れるかもよ」
「さすが櫻子さん!」
笑いさざめく櫻子一行。
理沙が呆れていると、いつの間にか隣に立夏の姿が無い。
「ちょっと櫻子!」
立夏が櫻子たちの前に立ち塞がる。
馬鹿にしたように鼻を鳴らす櫻子。
「なによ立夏。また朝みたいに言いがかりを付けに来たの?」
「言いがかり? だって、花壇に猫を入れたのは櫻子じゃない」
「あら、証拠はあるの?」
「証拠? なに言ってるの。だって私、見た———」
言い終わるよりも早く、取り巻き達が声を上げる。
「あなたが言ってるだけじゃない!」
「そうよ! 言いがかりはよしてよ!」
勢いに押されて黙る立夏。
櫻子は勝ち誇るように背の低い立夏を見下ろす。
理沙は溜息混じり、パンパンと音を立てて手の土を払う。
「あら、理沙もいたの。ねえ、あなたも何か言ってよ。立夏ったら、証拠もないのに私を犯人扱いするの」
「そうね。あたしも見てたわけじゃないけど———」
理沙は、櫻子と立夏の間に身体を割り込ませる。
「———立夏のことはいつも見てるわ。嘘を言う子じゃないでしょ」
「じゃあ櫻子さんが嘘をついてるって———」
理沙は取り巻きの女子を押しのけると、腕を組み、櫻子の前に仁王立ちになる。
「ねえ、櫻子はどう思う?」
「……やだ、理沙ったら。服が泥だらけじゃない」
「そうね。それで、どう思う?」
睨み合う二人。
その緊張感に耐えきれなかったのか。
「痛っ!」
猫が櫻子の手を引っ掻き、素早く逃げ出した。
「櫻子さん! 大丈夫ですか?!」
「わ、私はいいから猫を捕まえなさい! 早く!」
「はいっ!」
取り巻き達は猫を追いかけて走っていく。
「あんた、大丈夫?」
「うるさいわね! 保健室行くからほっといてよ!」
苛立ちを隠そうともせず、踵を返す櫻子。
その背中を眺めながら、理沙は思わず肩を竦める。
……全く、いくら学校でも有数の金持ちの娘とはいえ、これはいただけない。
まあ、猫に引っ掛かれて少しは懲りたのならいいが———
「ねえ、立夏———」
振り向いた理沙の前、見慣れた顔が目をクリクリとさせている。
「うわ、千代花! 居たの? いつから?」
「少し前から。櫻子さんどうかしたんですか?」
「猫に引っ掛かれて保健室に行くって」
「……あら、困りましたね」
千代花はちっとも困った風でもなく首を傾げる。
「いま、保健室に先生が居ないんです」
「そうなの?」
意味あり気に頷くと、千代花は指先で保健室の鍵をくるりと回す。
「私、保健委員ですから。……櫻子さんのことは任せてください」
「え、ちょっと千代花———」
千代花は瞳を怪しく輝かせ、保健室に向かう櫻子の後を追い始める。
「あーあ……櫻子、終わった」
「え? なに? 櫻子、どうかしたの?」
オロオロと戸惑う立夏に向かって、理沙は諦めの表情で首を振る。
「櫻子はこれから———どうかなるの」
やあ (´・ω・`)
ようこそ、メスガキハウスへ。
このマティーニはサービスだから、まず飲んで———
……おや、気付いたようだね。底に沈んでいるのはオリーブの実ではなく、スク水の切れ端なんだ。
焦る気持ちは分かるけど、まずは落ち着いて欲しい。
この切れ端がスク水のどの部分か。そして裏地は付いているのか。気になるのはもっともだ。
でも、急いで答に手を伸ばさずに、ゆっくりと味わってほしい。
舌の上に広がるスク水の甘味を感じながら目を閉じれば、君はきっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれると思う。
その当時は本当の価値に気付かなかった光景が、かつては君の前に確かに広がっていたんだ。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい、そう思ってスク水を姪っ子のカバンから持ってきたんだ。
じゃあ、バナー下からの応援・評価で、メスガキちゃんも悪い子のクラスメートもまとめて分からせてもらおうか。
☆彡 ⊂( ´・ω・`)
立夏ちゃん、実は結構いい子です。
そして千代花ちゃんは保健室で必殺仕事人的な活動をしてるともっぱらの噂です。ちなみにお代は要りません。むしろ千代花ちゃんからリアルな額を払ってきます。
次回更新、アラサーさん浮気の予感。




