37日目 真綿と公認
薄曇りの空を眺めていると、メスガキがガサガサと音をさせながらビニール袋を差し出してきた。
「はい、これ。おじさんにあげる」
反射的に受け取ると、中にはサツマイモが2本。
「芋? どうしたんだこれ」
「昨日芋掘り遠足だったの。」
芋掘り遠足。
懐かしい響きのそれは、子供を長時間歩かせた上に農作業をさせるというあれだ。
「へえ、今もこういうのあるんだな。凄い立派な芋じゃん」
「でしょ。あたしがクラスで一番大きいの採ったし」
メスガキは自慢げに無い胸を張る。
「やるじゃん。掘るのって結構大変だしな。漫画と違って、実際の土って結構硬いし」
「ああ、そこは配慮されてるから大丈夫」
配慮?
ああ、掘りやすいように土壌改良されているとかそんなとこか。
「うちの学校の芋掘りって、農家さんが最初に掘っておいてくれるの」
「え? じゃあお前らは何を掘るんだ?」
「だから、あらかじめ掘った芋を並べてフンワリ土を掛けといてくれるの。あたしたちはそれを取り出すって訳」
芋掘りというか芋採りじゃん。
いやでも、最近はみんなそうなのか? それともこいつの学校だけの風習なのか。
「その芋掘りは知らないけど、これはありがたく頂くよ」
さて、どうやって食うか。
無難に蒸かすか、味噌汁に入れてもいいな……
「ねえ、おじさん。芋とかもらっても料理できないでしょ?」
「え、お前がくれたんじゃん。そのまま蒸かせば食えるだろ」
「でもほら、あたしがお芋で料理作りに行ってあげようかなって」
……ん?
いつも週末は来てるし、何をいまさら。
口を開こうとした直前、違和感を感じた俺は首を横に振る。
「……お前、今日これから来るつもりか? 学校もあるのに遅くなったらマズいだろ」
「えー、いいじゃん。遅くなったら泊ればいいし」
うん。もっとマズいな、それ。
「泊るのはもちろん禁止。うちに来ていいのも、週末の俺が居る時だけな」
「けちー。おじさんなんて生芋食えー」
「なんでだよ。火は通すよ」
口を尖らせて拗ねているメスガキ。
これはひょっとして……なにか作るメニューを考えていたとか?
頭ごなしに言って悪いことしたな。
「あーでも、この芋ってでかいし、蒸かすだけじゃ食い切れないかもなー なんか他の食い方もないかなー」
チラッチラッ。
俺がメスガキの方に視線を送ると、少しばかり機嫌を直したのか。膨れ面が段々と緩んでくる。
「ふうん、ちょっとわざとらしいですけどー? あたしの料理を食べたいって言うのなら、素直に言いなさいよ」
「分かった分かった。週末なら、なんか作ってくれるんなら歓迎だぞ」
「ほんと? あたしが作ったら嬉しい?」
メスガキが嬉しそうに詰め寄ってくる。
「嬉しい嬉しい。で、なにを作ってくれるんだ?」
「あのね、お芋のグラタンと、デザートにスイートポテトを作ろうと思って」
……スイートポテト?
あの駅や空港のグルメ街とかで売ってる奴か。
「スイートポテトなんて作ったりできるのか?」
「出来なかったら世の中のスイートポテトはどこから出て来るのよ。意外と簡単よ」
これはあれだ。出来るようになった途端、簡単とか言い出すやつだ。
真に受けて買ったガンプラの高い奴が家の押し入れに眠っている。
「昨日、ママに教えてもらったから安心して。お芋の他の材料もママが二人分用意してくれたから、おじさんはなにもしなくていいし」
「そうなんだ。それは助かる———」
……ん? 今なんか怖いこと言って無かったか。
「えーと、お母さんと一緒に作ったのか?」
「だからそう言ったじゃない。でね、レンジとボウルがあれば作れる簡単なレシピがあって」
「ちょっと待って。お母さんが用意してくれた材料の二人分って、俺とお前の分だよな」
「当り前じゃない。おじさん一人で全部食べるつもり?」
なるほどなー。俺とこいつが食べる分の材料を母親が用意してくれたのか。
「話を総合するとだ。お前のお母さんは、俺と二人で食べると知ってて、材料を用意してくれたってことか?」
「それもさっき言ったよ。どしたのおじさん。二日酔い?」
……たった今、浴びるほど酒を飲みたい気分になった。
「ちょっと確認なんだが。そもそも俺はお前の家ではどういう扱いになってるんだ?」
「おじさんの扱い?」
メスガキは天井を見上げながら、首を傾げる。
「週末にあたしを家に連れ込んで……職場でも非常階段で二人っきりでなんかしてる……成人男性?」
「……よし。お前、二度と俺の家に来るな」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ママもあんまり迷惑かけちゃダメだよって言ってくれてるし、応援してくれてるのよ?!」
「……応援って? なにをだ」
「んんっ?!」
メスガキは目を丸くして、耳まで顔を赤くする。
……なにその驚き方。
「応援とかなんのことっ!?」
「え。お前が言ったんじゃん」
「言って無いし! おじさん、耳遠くなってるだけだし!」
いや、いくらなんでもそんな年じゃ。
「確かに最近ちょっと空想と現実の境界が曖昧になってきてるが……耳はまだ大丈夫だぜ?」
「……前半に比べたら、耳なんかどうでも良くない?」
そんな気もする。
「でもほら、お前もたまにはあるだろ? 気が付けば半日くらい記憶飛んでたり」
「……ないし。今度いいお医者さん紹介したげるから」
「いざとなったら頼む」
「今がいざよ」
……ん。あれ、そういや何の話してたっけ……?
俺は手に持つビニール袋に目をやる。
「えーと、なんか作ってくれるんだったっけ」
「そ、そうよ! 週末、おじさんちでお菓子作ってあげるって話」
……そういやそうだっけ。
甘い物はそんなに得意じゃないが、家探しとかされるよりはお菓子でも作ってくれる方がましである。
「じゃあ楽しみにしててよね! あたし、もう行くから」
「分かったけど無理するなよ」
何故かあたふたとその場を去るメスガキを見送ると、俺は煙草に火を点ける。
芋掘り遠足か。
俺が行ったのは小2の頃だから……えーと、随分前だ。
ゆるゆると煙草をくゆらせながら、俺はボンヤリと考える。
……なんか、大事なこと忘れてなかったっけ。
本日の分からせ:分からせられ……50:50
アラサーさん、ついに公認(?)ですね。頭めがけて牽制球を投げられたような気もしますが。
次回、誰もいない会社でアラサーさんと恋川さんが———
それはそうと、そんな手を出すと危険極まりないメスガキちゃんに☆彡を投げて頂ければ、多少のオイタも不起訴になるともっぱらの噂です。
そしてオイタをしない紳士には、メスガキちゃんが『あたしの終身刑に仮釈放はありませーん♡』と後ろから抱きしめてくれます。
ちなみにメスガキちゃんが11才のヒロインということから、コミックLOの表紙画集を買いました。
気を失うほど最高でしたが、有事に備え、あくまでも資料だということをここに記しておこうと思います。
資料です。




