36日目 今日も感謝して働きましょう
———11月23日勤労感謝の日
「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう……か」
俺はGoogle先生の勤労に感謝しつつ、スマホをしまう。
煙草の煙でかすむ空をぼんやり眺めながら、頭の中で仕事の進捗を確認する。
祝日は外部からの問い合わせが少ないので仕事が捗る……なんてことはなく、弊社の労働環境は取引先に知れ渡っているので、むしろ緊急案件がバンバン入ってくるという悪循環だ。
「どうも、お疲れっす」
カチカチとライターを鳴らしながら恋川が姿を現す。
「お疲れ。そっちは進捗どんな感じだ」
「順調っすね。週末にはテスト環境の設定が終わります」
煙草をくわえたまま、にやりと笑う恋川。
「主任、今日はいつにも増してくたびれてるっすね。月曜からお疲れっすか」
うんまあ、この週末もなんだかんだで疲れた気がする。
なんでかな……なんでだろうな……
「だって祝日じゃん。なんかやる気でないって言うか」
「今更っすか。そんなのとっくに通り越してるかと思ってました」
「俺にも心はあるんだぜ……?」
仕事が辛いとか、休みが無いと心が死ぬとか、最近ようやく思い出しつつあるのだ。
色々と脳内スイッチを入り切りしていて凌いで約10年。そろそろスイッチが劣化しつつある。
「じゃあ次の祝日、二人でサボりますか?」
「でも今年、もう祝日無くね」
「え、マジっすか」
恋川は眉をしかめてスマホのカレンダーを確認する。
「ショック……ではないっすね。どうせ仕事だし」
「仕事だしな。電車空いてるのだけが救いだ」
「そういやうちって年末、休みとかあるんすか?」
不安そうに聞く恋川を安心させようと、俺は笑顔でうなずく。
「当り前だろ。うちは年末年始は30日くらいから———」
「くらいから?」
「———フレックスな感じになるんだ」
「…………感じ」
恋川は目を閉じ、しばらく何かを深く考えているようだった。
煙草の半分ほどを灰にした頃、ようやくゆっくりと目を開ける。
「えーと、つまり。年末年始は来ても来なくてもいいってことっすか……?」
「なんだろな……。出退勤の時間は問わずに、みんななんとなく顔出して仕事したり掃除したりして……独身組は大晦日に蕎麦食って飲み行ったりする感じかな」
「うわ。年内に入籍しないと」
恋川は苦笑いしながら、火の消えかけた煙草を小刻みにふかす。
「まあ頑張れ。でも年末年始の緩い感じも悪くないぜ。仕事だけどのんびりできるから、得したって言うか」
「私には丸損にしか思えないんすけど」
えー、だって仕事中にテレビ付けてても何も言われないし。
課長なんて大みそかの午後なんて酒飲みながら働いてるんだぜ。
あれ。働いて———るぞ。毎年、大晦日も夜まで働いてる気がする。
「……あれ、ホントは俺、毎年損してた……?」
「損得はともかく、今年は休みましょうよ。実家とか帰らなくて何も言われません?」
「この3年は帰ってないなあ」
親戚一同に囲まれて早く結婚しろの大合唱を聞かされるのだ。
足も遠のこうというものである。
「そう言えば今日って何の祝日ですっけ」
「勤労感謝の日だよ。感謝して働こうぜ」
「マジっすか。うちらが仕事に感謝するんすか」
「課長には毎年そう言われてるからな」
全く、誰か一人くらい俺をいたわってくれる人はいないものか。
……さて、そろそろ有難い仕事に戻るとしよう。俺は煙草をねじ消す。
「んじゃ、俺は先に戻るな」
「もう一本くらいどうっすか。たまには私のも吸ってください」
戻ろうとする俺に向かって、恋川が自分の煙草の箱を差し出してくる。
……ま、もう少しくらいサボってもどうってことは無いよな。
俺は素直に一本受け取ると煙草に火を点ける。メンソールの冷たい香りが喉を通り過ぎる。
「どうした恋川。今日は随分優しいな」
「勤労感謝の日なんで、せめて私が主任に感謝してあげるっす。感謝してください」
結局俺も感謝するのかよ。
苦笑いする俺に向かって、手すりに両肘をついた恋川がぶっきらぼうに呟いた。
「……主任、いつもありがとっす」
本日の分からせ:分からせられ……ノーコンテスト
アラサーさんにとって、勤労感謝の日は仕事に感謝する日のようです。感謝するって素敵ですね。
そして可愛い女の子に感謝されるのはそれ以上に素敵です。
そんな恋川さんが天使に見えてきた人も、悪魔でもいいからなにかして欲しい人も、バナー下から★~☆~で応援頂ければ大変に助かります。
きっと恋川さんが、さり気なく缶珈琲をあなたの机に置いて『深い意味ないっす。ただのお礼っすから』と言ってくれます。
私は可愛い子に飲みかけの缶珈琲を机に置かれて『もったいないから残さず飲んでください』って言われたいですけど、そんなカフェはどこかにないでしょうか。
GoTo使って通います。




