4日目 髪飾りとホットライン
一箱500円超え。
ここまで来たら煙草を止めようと思っていた水準を上回っている。
俺はセブンスター7mgに火を付けながら、大きく息を吸う。
……止めるのは今の買いだめが無くなったら考えよう。
なんといっても禁煙を成功させた数では、社内でも屈指の実績持ちだ。
辞めようと思ったらいつだって辞められるし……
それにしても今日は例の小娘は姿を現さない。
良い傾向だ。子供は俺みたいなおじさんに構わず、友達と遊ぶべきだ。
トットットッ……
のんびりと煙と戯れていると、上の階から誰かが非常階段を降りて来る。
この物理的に軽い足取りには心当たりがあり過ぎる。
「ま~たサボり現場発見~。よわよわザコリーマン、職場放棄で~す♡」
降りてきたのは例のメスガキ。
そのまま降りて来るかと思いきや、階段の途中にペタンと座る。
「お前、なんで上の階から来たんだよ。他の会社に迷惑かけるなって」
俺達の会社はビルの8階。
9階にはちょっとガラの悪い映像系の会社が入っている。
「大丈夫だって。上の会社の人も、好きな時に遊びに来て良いって言ってくれてるから」
「……お前、ホントに気を付けろよ?」
呆れつつタバコを消していると、何故か小娘が座ったまま足を組みかえ、俺をチラチラ見下ろしてくる。
「なにやってんだ?」
「なんかスカートの中に視線を感じるんですけど~?」
「気のせいだ」
なんという謂れのない冤罪だ。
呆れ顔の俺に向かって、小娘がスカートの裾をひらひらさせる。
「ほらほら~ 気になるんでしょ、変態おじさ~ん♡」
「こら。はしたないから止めなさい」
「期待しているところ悪いけど。この下スパッツ穿いてるから見えませーん。残念でした~♡」
溜息一つ。俺は無表情のままゆっくりと首を横に振る。
「こら。大人の世界では下に穿いてるからってスカートの中身見せちゃダメなんだ。はい、ちゃんと脚閉じて」
「……見せてないし。おじさんが見てるだけだし」
見たくて見てるわけではないが。
それにいくら俺をからかうためとはいえ、こんなことはよろしくない。
俺はわざと険しい顔をして見せる。
「まさか学校でもそんなことしてないだろうな。先生は何も言わないのか?」
「……しないし。おじさん以外にこんなことしないし」
なんで俺だけにするんだよ。
俺はその言葉をぐっと飲みこむと、小娘を手招きする。
「ほら、そんなとこ座ると服が汚れるぞ。こっち来い」
「……うん」
小娘はションボリと階段を降りて来る。
……ちょっと言い過ぎたかもしれないが、子供とはいえ女の子だ。
あんまり大人をからかうと変なのに執着されないとも限らない。例えば隣の席の高橋とか。
「悪い、ちょっと言葉が強かったな。叱ったわけじゃないんだぞ」
「別にいいし。おじさんキモいし」
何故ちょくちょくキモイを挟む。
「それにせっかく可愛い格好してるんだから。おしとやかにしてた方が似合うぞ?」
「はっ?! あたしが可愛いとか、いきなりキモいんですけど!」
なんか急に元気になると、俺に食って掛かってくるメスガキ。
ちなみにお前が可愛いとは言ってないぞ?
とはいえ元気が出たならそれに越したことは無い。ここは適当に話を合わせてやろう。
「今日、おしゃれしてきたんだろ。いつもと雰囲気違うし。どこか出かけるのか?」
「うん。このあとママとご飯食べ行くの。いい店だから、ちゃんとした恰好してきたの」
ちょっと照れたように頷く小娘。
見れば黒を基調としたワンピースに、ピンク色の革靴。頭には大きな花の髪飾りまで付けている。
「つまりドレスコードってやつか」
ビジネスホテルの朝食コーナーが寝間着禁止みたいなものだよな。それなら俺にも経験がある。
「バイキングのソーセージとスクランブルエッグって、ついつい取り過ぎちゃうんだよな。いつもは飲まないオレンジジュースとかも飲んじゃうし」
「……おじさん、何の話?」
ホテルの朝食について思いを馳せていると、非常階段にファミマの入店時によく聞く曲が響く。
パッと表情を明るくして、スマホを取り出す小娘。
「ママ! お仕事終わったの?」
子供らしい無邪気な声。こいつ、母親の前ではこんなキャラなのか。
よっぽどテンションが上がっているのか。子供らしい笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねている。
「うん、もう学校終わってパパの会社に居るよ! 大丈夫だって、ちゃんとした格好してるから」
こいつの機嫌もすっかり直ったようだ。俺は火を点けないままの煙草をくわえる。
さて、これでこいつがいなくなったら、のんびり煙草を———
「こないだ買ったワンピース着てるって。それに最近よく話すおじさんが、可愛い格好って褒めてくれたし!」
っ?! ポロリと口からタバコが落ちる。
……お前、母親に何の話してるの?
小娘は目を丸くしながら、俺の方を向く。
「……え? おじさんならここにいるけど。うん、非常階段でいつも二人でお話ししてるし」
俺は無言で首を振りながら、手で×マークを作る。
小娘はこくりと頷く。よし、分かってくれたか———
ホッとしたのもつかの間、小娘は俺にスマホを差し出した。
「ねえ、ママがお話ししたいって———」
本日の分からせ:分からせられ……30:70
アラサーさん、またも完封直前から逆転をくらいました。この後、どんな気まずい時間を過ごしたのかはご想像にお任せします。
でも、母親キャラって気になりますよね。皆さんも私のようにヒロインの母親キャラばかりに注目して、「原作ではあんまり不倫してない」とか言うような大人にならないでください。
次回、メスガキちゃんに恋の気配。
そんなメスガキちゃんを分からせたい人もわからせられたい人も、★マークをお投げ頂ければ幸いです。きっと、ツンデレ女子の照れ隠しの罵倒と本気の罵倒の違いが分かるようになります。
ちなみに私は本気の罵倒でもいける派です。