29日目 甘叱り恋川さん
「マジっすか。田中主任、骨なしチキンっすか」
非常階段の一角。
恋川は中々に破壊力のある一言を発すると、メンソールの香りの煙を吐き出す。
「俺もあれはどうかと思ってたんだけどさ。最近、骨付き肉にかぶりつくのが面倒になってきたんだって」
ちなみにさっきから続いているのはケンタッキー談議である。
間違っても、俺が骨なしだとかそんな話ではない。
「ヤバいっすね、生命力が落ちてますよ。私はレッドホットチキン一択すね」
「あれって辛くね? 舌ヒリヒリするじゃん」
「……主任はお粥とかどうっすか」
お粥か。確かに白粥を啜りながら、のんびり庭とか眺めて過ごしたい。
枝にミカンとか刺しとくと、冬にはメジロが来るんだよなあ……
「———っすか? 生きてます?」
……はっ。一瞬、老後の隠居生活に意識が持ってかれていた。
庭と縁側付き田舎の一軒家を手に入れるには、あと30年以上働き続けなくては。
見れば、恋川が俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。
俺はその顔を見つめ返しながら———
「……お前、改めて見るとなんかデカいよな」
思わずそんなことを口走った。
「……は?」
恋川は剣呑な視線で俺を睨むと、煙草を突き付けて来る。
「———戦争っすか? 戦争っすね」
「違う違う! 社長の娘さんいるだろ? こないだマジマジ見てたら、ちっちゃいなーって思ってさ。比べたら大人ってでかいじゃん」
……あれ。恋川の奴、信じられないモノでも見る目をしてるぞ。
「……主任、なにヤバいこと言い出したんですか」
「え? 今のヤバいか」
「ヤバさを自覚してないところがさらにヤバいっす」
そんなに? そんなに俺、やばいこと言ったか?
恋川は呆れたように首を振る。
「そもそもなんで理沙ちゃんをマジマジ見てるんっすか」
「だから違うって。こないだあいつ俺の家で寝ちゃってさ。なんとなく眺めてたら子供ってちっちゃいじゃん? だから———」
恋川は俺の目の前でチッチッチと指を振る。
「……それ以上はヤバいっす。口を開くたびにヤバみが限界突破してるっす」
……マジか。気付かない内に、俺は恋川をドン引きさせるまでに成長していたのか。
「あの……マジで二人ってそんな関係なんっすか……?」
「んなわけないだろ、相手は子供だぞ。俺は一人の大人として子供を守る道徳的義務がある」
俺はフィルター近くまで吸った煙草を灰皿にねじ込みながら、決め顔をして見せる。
「あの子、週末は主任の家に入り浸ってるんすよね」
「まあ、そうだな」
「で、たまにご飯作ってくれて」
「俺が作ることの方が多いぜ?」
「そのまま寝ちゃったりもするんすか?」
「たまたま俺のベッドで寝てただけだって。すぐに俺も寝たから何もなかったし」
「………」
恋川は次のタバコに火を点けると、曇り空に向かって細く煙を吐き出す。
「うんまあ……色々は言わないっす」
「それは有難い」
「いざとなったら、情状酌量してもらえる証言くらいはしたげます」
「それも有難い。つーか俺、お縄になるようなことしないからな?」
……まったく。世間というのはとかく有りもしない醜聞を言い立てるものだ。
たまたま俺に懐いた雇い主の娘が俺の部屋に入り浸っていて、そいつが小5というだけのことである。
「そもそも主任、隙が多過ぎっすよ。小学生にいいように弄ばれてるじゃないっすか」
「子供のやることだ。受け止めてやるのが大人の余裕ってもんだろ」
「叱るのも大人の仕事っす。しっかりしましょう」
あれ。俺、年下の部下にプライベートを叱られてる?
まずい、ここはちょっと年上らしいところを見せておかないと。
「おいおい、こう見えて俺には隙なんて無いぞ。包容力があるって言ってくれ」
「どうっすかねー」
恋川は自分の煙草を指先でくるりと回すと、そのまま俺の口に咥えさせてくる。
「ほら……隙だらけっす」
八重歯を見せて笑うと、恋川は手を振りながら背を向ける。
しばらく固まっていた俺は、扉の閉まる音に我に返った。
「ったく、からかいやがって……」
俺は慣れない味の煙草を一吸い吹かすと、灰皿に入れようとして———フィルターに付いた薄桃色のリップに気付く。
「……すぐに消しちゃもったいないよな。最近高いし」
もう少しだけ吸うことにしよう。もったいないし。
本日の分からせ:分からせられ……ノーコンテスト
アラサーさん、切り取り放題の未開の大地のようになってきました。メスガキちゃんと恋川さん、どちらが先に仕留めるのでしょうか。
そんな恋川さんにとある部位を切り取られたい人も、メスガキちゃんに丸呑みされたい人も、バナー下から★~☆~で応援頂ければ大変に助かります。
きっとメスガキちゃんの沸かしてくれた注文の多いお風呂場で、石鹸の代わりにクリームと塩が置いてあります。たっぷり擦り込んでおいてください。
そして私の職場には恋川さんもメスガキちゃんもいませんが、お局さんだけはいます。助けて。




