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27日目 布団の中の妖精さん

 ……スマホを忘れただけなのに。


 そう。昨日の晩、牛丼を食べてから会社にスマホを忘れたのに気付いたのだ。

 二人を駅に送ってから会社に戻ったのだが、それが全ての始まりで終わりだった。


 こっそりと納期前倒しを押し付けられた隣の席の高橋が、プチ修羅場に突入していたのである。

 二人で何とか納品した頃には、既にすっかり陽が高くなっていた。


「うわ……もう昼だよ……」


 俺はふらつく頭を振りながら、アパートの鍵を開ける。


 昨日の牛丼以来、カロリーメイトを齧っただけだ。

 腹も減ってるが、なにより一刻も早く寝たい。

 

 半分を目を瞑りながら薄暗い部屋に上がる。

 ……今日は人の気配が無い。今日はあいつは来ていないのか。


 台所を横切ろうとした途端、ふわりと出汁と醤油の匂いが鼻に絡む。


「……煮物?」


 コンロの上、出した覚えのない鍋。

 蓋を開けると中には肉じゃがが入っている。


 由香里は……もう合鍵返してもらったしな。あいつ、飯とか作るタイプじゃなかったし。

 残るは……あのメスガキか?


「あいつ、飯作って帰ったのか」


 ……まるで都合のいい女である。


 とにかくありがたく頂くとしよう。

 だが、それよりも先に寝るぞ。


 俺はネクタイを解くと、上着を座椅子の上に放り投げる。


 なんとなくベッドに視線を送りながら、ベルトを外していると———そこに先客の姿を見つけた。


 ……例のメスガキだ。

 なんか知らんが俺の布団に包まり、ガチ寝をしている。


 薄暗い部屋の中、ベッドで布団に包まるJS。そしてその前でベルトを外す成人男性———

 この絵面は完全にアウトである。俺でも通報する。


「お前何で俺のベッドで———」


 起こそうとした俺はすぐに思いとどまった。


 そういや昨日こいつを駅に送ったのは22時頃。今日も朝から家を出て、料理を作りに来てくれたのだろう。


 ……ゆっくり寝かせてやるか。


 そういえば、こんなに大人しくしているメスガキの姿など初めて見る。

 ベッド脇に座ると、まじまじとメスガキの顔を眺める。


 ———やたらと長い睫毛。


 小づくりだが整った顔。

 その顔は身体と比べてもまだ小さい。


 時折、鼻をすぴすぴ鳴らしながら、小さく寝息を立てている。


 ……改めて見るとやっぱりちっちゃいな。

 年の離れた妹がいるが、昔はこんなんだった気がする。


 こいつ、もうちょい経ったらえらい可愛くなるんじゃないだろうか。

 共学の中高に進んだら、男子が放っておかないだろう。


 今はこうやって俺に懐いてくれているが、しばらく経ったら男友達や彼氏なんかもできて、俺のことなど忘れてしまうだろう。


 どことなく寂しさを感じたのは、俺の妹が兄離れをし始めたあの頃……それと同じか。


 自分の気持ちを納得させると、俺は床に寝転がった。



 ………………


 ……………



 …………さわさわしてる。



 ……なんというか俺の鼻の頭を筆のようなものが、さわさわとくすぐっている。


 逃れようと寝返りを打つと、今度は耳をくすぐる感触が俺を眠りから引っ張り上げる。



 ……俺、トイプードルでも飼ってたっけ。


 寝惚けた頭で目を開けた俺の視界に、絵に描いたような少女のあどけない顔が大きく迫っている。


「…………?」

「にゅあっ!」

 

 謎の叫び声をあげ、飛びずさる小さな影。

 

 ……えーと、なにが起きた。

 どうにか身体を起こすと、メスガキが俺の横で正座をしながら固まっている。


「お、おじさん、おはよう」

「……おはよう」


 ……確かベッドでこいつが寝てたから、仕方なく床で寝たとこまでは覚えている。

 で、なんでこいつが俺の顔を覗き込んでいたのか。


「お前、起きたのか」

「そ、そんなんじゃないから!」

「……そんなってなにが?」

「おじさんが死んでんじゃないかって、呼吸確認しただけ! そんだけなの!」

「え? ああ、うん。生きてるぞ」


 寝起き早々、なんなんだこいつ。

 まあ、小学生なんてこんなもんだろう。物心もおぼろげにしかついてないだろうし。


「あー、そういやご飯作ってくれたんだよな。ありがとな」

「え、まあ。徹夜明けでお腹空いてると思って」


 メスガキは照れたように頬を掻く。


「……肉じゃが作ったんだけど。美味しいかどうかは保証しないよ」

「信用してるって」


 肉じゃがでそこまで食えないことなんて無かろう。

 徹夜明けで寝足りないが、腹はやたらと減っている———


「あれ、なんで俺が徹夜してきたって知ってるんだ?」


 もっともな疑問に、メスガキは当然とばかりにスマホをかざす。


「だって高橋君が言ってたし」

「……高橋が?」


 確かにあいつの付き合いで徹夜をしたのは確かだが……


 ———高橋が言ってた?


「……高橋と連絡とってるのか?」


 俺は思わずメスガキのスマホに手を伸ばす。


「え? いや———」

「あいつはちょっと止めとけって。悪い奴じゃないけど、その、嗜好が健全とは言えなくて。趣味以外は悪い奴じゃないけど、プライベートで連絡を取るのは———」


 身を乗り出す俺の顔を、メスガキの小さな掌がぺちんと押さえる。


「違うって! Twitter! 高橋君、Twitterやってるんだって!」

「……Twitter?」


 メスガキは口を尖らせてスマホを突き出す。


『俺のやらかしで修羅場に突入! 終電バイバイ!』


 ……なんだこの浮かれた書き込みと、積み上げた眠眠打破の空き瓶の写真は。

 しかも、取引先の無茶振りでなくて、お前のやらかしだったのかよ。


 あ、俺の後ろ姿まで載せてやがる。


『付き合い徹夜の先輩、マジ感謝!』


 ……そして高橋の奴、随分余裕の様子である。

 よし、次は助けてやらないと決めた。いま決めた。


「……分かった? あたし、高橋君と連絡取ったりしてないし」

「ああ……悪かった」


 ……なんで俺はあんなにムキになったのか。

 不思議に思っていると、メスガキがなんか笑いをこらえるような、不思議な表情で目を丸くしている。


「あれ? ひょっとして? して?」

「どうした。面白い顔して」

「……妬いてた?」


 ……は?


 この小娘、なに言ってんだ?


 俺が思わず固まっていると、メスガキは目をLED照明ばりに輝かせながら身を乗り出してくる。


「あたしが高橋君と連絡してると思って妬いたんだ!」

「ちっ、違っ!」

「困ったな~♡ あたし妬かれちゃいました~♡」


 やきもち?! 俺が?!


 そんな馬鹿な。

 俺は一人の大人として、子供を危険人物から遠ざけようとしただけで……


「あーもう、そんなんじゃないって! 俺、着替えて来るから!」


 メスガキの奴が、まだなんかわきゃわきゃ言ってたが、俺は構わず洗面所に直行。

 念入りに扉の鍵を閉める。


「……いやいや、小学生相手になにムキになってんだ」


 冷静にならねば。

 とりあえず歯を磨いて、顔も洗おう。


 俺は歯ブラシに手を伸ばし———ピンク色の歯ブラシを掴もうとして、慌てて手を止めた。


 ……これも寝不足のせいだ。


「おじさーん♡ ご飯温めるねー」

「あんま大声出すなって……」


 このアパート、壁が障子のように薄いんだぞ。


 俺は今度こそ自分の歯ブラシを握り締める。

 ついつい視線の端に、ピンク色のコップと歯ブラシが目に入る———


 俺は歯を磨いている途中にも関わらず、冷たい水で顔を洗う。



 ……全部寝不足のせいである。絶対に間違いない。




 本日の分からせ:分からせられ……30:70


 アラサーさん、痛恨のオウンゴールです。ひょっとして、初めてメスガキちゃんを女の子として意識した瞬間なのかもしれません。 

 そして次回、そんな葛藤は心の棚に置いて、メスガキちゃんと楽しくお買い物です。

 

 メスガキちゃん、アラサーさんの世話女房と化すかストーカーと化すかの境界線にいる気がします。

 そんなメスガキちゃんを分からせたい人も分からせられたい人もストーキングされたい人も、是非★~★★★★★を投げて頂ければ幸いです。

 きっと、メスガキちゃんが『調理実習で焦がしちゃったから処分しといて』とうそぶきながら、筑前煮を届けてくれます。


 こないだドトールのミラノサンドを食べたのですが、あれもよく考えれば店員のお姉さんの手作りですよね。マックのバーガーも店員のお兄さんの手作りだし。

 そうやって考え方を延長していくと、給食にもJSの手作り要素が生まれないかと考えていたら、そろそろ夜中の2時なのでもう寝ます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 深残してると食欲より睡眠欲が勝ちますよね 何もかも忘れて泥のように眠りたい… 肉じゃが作って待っててくれるメスガキちゃんは間違いなく天使
[一言] わからせられたい派の者です。 慣例?的にメスガキと呼んでいるのでしょうが、「メス」が入っている時点でそう見ているのでは? と訝しんだ そうじゃ無かったら(文字数が多くなる等のメタを抜いて…
[一言] 肉じゃがの材料=カレー、シチュー、豚汁等にアレンジ出来るんでメスガキちゃんお料理レベル大幅にアップだな 元カノより気が利くとか色々気が付いたアラサーさんは攻略が大分進んだな ローカル宅配ピ…
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