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26日目 牛丼食べたい

 金曜の夜。

 仕事がひと段落着いた俺は、例の非常階段で〆の一服を味わっていた。


「どうも、お疲れっす」


 軽くひと声かけて、隣に並んできたのは恋川だ。


「お疲れ。お前も終わりそうか?」

「ええ、なんとか。あれっすね。金曜の夜だし、牛丼でもしばいて帰りたいっすね」


 目を細め、味わうように煙を吸う恋川を眺めつつ、この半月ほどのこいつの働きぶりを思い返す。


 ……一年目にも関わらず、中々の有能ぶりだ。

 優秀な若手にありがちな暴走をするわけでもなく、周りと情報を共有しながら着実に出来る範囲の仕事をこなしていく


 正直、こいつが来てくれて実にありがたい。


「そういやお前、昨日も牛丼食ってなかったっけ」

「昨日は昼飯でしたから。今日は週末だし、牛丼の具をつまみにビールでも行きたい気分なんすよ」

「ご飯余るじゃん」

「最後に卵と紅ショウガで〆っす」


 なるほど。仕事帰りの牛丼屋、そういうやり方もあるのか。


「……悪くないな」

「そろそろ上がりっすよね。主任も一緒に———」


 その時。登る紫煙の向こう側、扉の陰から覗く小さな顔と目が合った。

 時間は21時前。こんな時間にこいつが現れたのは初めてだ。


「……おじさん、なんかしてる」

「なにもしてないって。それよりお前どうしたんだ。もう遅いぞ」

「今日は塾だったし」


 メスガキは警戒心もあらわに、扉に隠れたまま恋川をじっと見つめている。

 まるで家に新入りが来た時の飼い猫だ。


「確かお嬢ちゃん、社長の娘さんだっけ」


 恋川は煙草を消すと、ちょいちょいと手招きをする。


「ほら、おいでおいで」

「うー」

「大丈夫大丈夫。怖くないよー」


 恋川は笑顔で辛抱強く手招きを続ける。

 根負けしたのか。メスガキは壁を背にしてそろそろこっちに近付いてくる———


「捕まえたっ!」

「ぬあっ?!」


 若さゆえの俊敏さか。恋川は両手を伸ばすとメスガキを素早くホールド。


「にゅあ~ 子供はやっぱ可愛いっすね。いつまでも抱いてられるっす。主任もどうっすか」

「いや、俺は間に合ってる」

「ちょ、ちょっと離してよ!」


 暴れるメスガキに構わず、恋川は満面の笑みで抱き締める。


「いいじゃない、減るもんじゃないし」

「減る! いま大事な何かがギュンギュン減ってるし!」

「じゃあ一旦全部空っぽにしとこっか」

「なった! 空っぽになったから!」


 ……何やってんだこいつら。


「こら、恋川そのくらいにしとけ」


 煙草の箱で恋川の頭をコツンと叩くと、メスガキはその隙に腕から抜け出した。

 そのまま俺の後ろに隠れて、涙目で恋川を睨みつける。


「おじさん、なにこの人! ちょっとおかしいでしょ!」

「否定はしないが。ほら、女子同士のスキンシップみたいなもんだから」

「そうっすよ。女子っすよ。ほらほら、お菓子あるよー」


 恋川がしゃがんでカントリーマームを差し出すと、メスガキは唸り声をあげながら素早く奪い取る。

 もらうのかよ。


「お嬢ちゃん、お名前は?」

「……理沙」

「理沙ちゃんか。可愛いっすね。私は恋川のお姉さんだよ」

「こ……い…か……わ?」


 なぜ片言。


「そうそう。恋川のお姉ちゃんって呼ぶといいっす」

「呼ばないし」


 ……夜も遅いのになんなんだこいつら。


「ねえ、理沙ちゃん。ご飯食べた?」

「……食べてない」

「今から田中主任と牛丼食べに行くんだけど。理沙ちゃんも行かない?」

「牛丼……?」


 ……俺、牛丼行くなんて言ったかな……言ってない気が…………

 それにしたって、金持ちの小学生女子が牛丼なんて食べたがるはずが———


「あのCMとかでやってるやつ? なんか上にチーズとか乗ってたりするの」


 メスガキは目をキラつかせながら、俺の背中にのしかかってくる。


「あー、それはすき屋っすね。じゃあ、そこ行こっか」

「うん! 一回行ってみたかったの!」


 ……あれ、なんかこの二人、いきなり仲良くなってないか。

 しばらく牛丼トークで盛り上がった二人は、揃って俺を見る。


「え……なに?」

「じゃ、主任。さっさと仕事片付けて牛丼行きましょう」

「ほら、おじさん。サボってないで行くよ」

「あー、俺はもう一本吸ってくから。お前ら先に牛丼食いに行っててくれ」


 ……なんか面倒だな。こいつらが食い終わったところに顔出して、メスガキを駅まで送るとしよう。


 俺が煙草の箱をごそごそしていると、何故か女子二人が俺の背後に回っている。


「おじさん、レディ二人を待たすつもり?」

「そっすね、レディを待たせちゃダメっすよ」


 自称レディ二人は目配せすると、4本の腕で俺の背中を押す。


「早く行くよー」「行くっすよー」

「分かった、分かったから押すなって!」


 残業を終えた俺に若者二人の元気に抗し切る力はない。

 仕方ない。牛丼くらいは付き合ってやるか……




 女性陣のギスギスは回避できました。しかし恋川さん、メスガキちゃんがアラサーさんを好きだと知っているのでしょうか。

 そして次回。週末のアラサーさんが、無防備なメスガキちゃんに……


 メスガキちゃん、自分を構ってくれる人に意外と無防備です。

 そんなメスガキちゃんを分からせたい人も分からせられたい人も、バナー下から★~★~で応援して頂ければ幸いです。

 きっとメスガキちゃんが、スマホをいじってるあなたの顔を、髪の毛の先でサワサワしながら『ここに可愛い構ってちゃんがいるんですけどー♡』と言ってくれます。


 ちなみに私は、誰にも構われずホヤのように吸って吐くだけの生活をしたいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] すき家はかなりブラックですね…上層部が従業員は使い捨てとか本気で思ってるので…調べるとでるわでるわでビックリ…
[一言] よく考えたらタバコ休憩あるなんてそんなにブラックじゃないのでは……?
[一言] こいかーさんつえー
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