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24日目 PG12は12禁ではありません

「おい、田中ちょっとこい」


 昼休みまで後10分。

 課長からの呼び出しの声は一番めんどくさいタイミングだ。

 

 俺は足早に課長のデスクの前に行く。


「はい、なんすか」

「お前、今年まだ有給取って無いだろ」

「そうでしたっけ」


 今年は高熱も出してないし、冠婚葬祭も何も無いし。

 有休をとる機会が無かったのである。


「最近じゃ労基も結構うるさいんだ。お前、有給取れ」

「はあ……じゃあ明日、ちょっと遅く出てきますね」

「なに言ってんだ。有休の申請出しとくから午後から帰れ」

「……でもいいんすか?」


 納期にはまだ余裕はあるし、進捗も問題ない。

 他の連中は———


 振り返ると、この会話が聞こえていたのだろう。恋川がキーボードを叩きながら親指を下に指している。


「遠慮なく休みます」

「おう、それじゃ頼んだぞ。チケットはもう取ってあるから」

 

 チケット?


 課長は机の上に2枚の紙切れを置く。

 これは……映画のチケットか?


「まさか課長と一緒に……?」

「アホか。社長からのご指名だ。急用の入った社長の代わりにお嬢さんを映画に連れてけ」


 課長と一緒じゃないのか。安心した。

 ……って、社長の指名? メスガキを映画に連れてく……?


「……俺の有給ですよね?」

「当り前だろ。仕事中に映画に行くやつがあるか」


 ……何かがおかしい。いや最初から最後まで全部おかしい。

 断ってやろうかと口を開きかけた俺は、すんでのところで思いとどまる。


 ……いや待て。メスガキを映画に連れてけば、あとは自由時間なのだ。 

 チケットは14時からの回だから、映画館で2時間寝てれば16時からは好きにできる。


 行列のラーメン屋とか、区役所とか、人に見られたらちょっと恥ずかしい店だって行き放題である。


「社長のご指名とあらばしかたありませんね。じゃあ早速———」


 俺がチケットに手を伸ばすと、サッと課長が引っ込める。


「あれ、チケットくれないんですか」

「直前に出れば間に合うだろ。ギリギリまで仕事しろ」


 ……有休とは一体。





 ……映画に来るのなんて何年ぶりだろう。


 地元で映画館と言えば受付のおばちゃんがチケットをもぎってくれて、ガラスケースの中にパンフレットとかお菓子とか置いてあったもんだが。


 SF感漂う広いホールは天井が高く、デカい容器でポップコーンを持った若者がウロウロしている。


 そんなにポップコーンって食いたいか?

 場の華やかさに圧倒されている俺は、捻ねた気分で売店を覗き込む。


「あの箱、全部ポップコーンかよ」


 昔はゲーセンでキティちゃんのポップコーンがごちそうだったが———あれ美味かったよな。

 あ、ここのポップコーンって味が選べるのか。


 甘いのそんなに好きじゃないから食べたこと無いけど、キャラメル味って気になってたんだよな……


「おーじさん♡ お待たせー」

「こら、抱きつくな」


 メスガキは時間通りに現れた。

 髪型もいつもと違い、頭の片側で編み込んていて、やたら手が込んている。


「そういや今日平日だけど、学校は大丈夫なのか?」

「今日は学校の創立記念日なの。お昼ご飯はママと食べたの」


 メスガキはその場でくるりと回る。


「どう?」


 どう……だと?


 メスガキはいつもよりちょっと大人っぽい黒いコート姿。その中はショートパンツだから、見ているだけでちょっと寒い。


 感想は一つ。子供は元気、だ。


「寒そ……いや、似合ってる似合ってる。髪型も頑張ったな」

「へへ。おじさん、感謝しなさいね。こんな美少女と一緒なんて注目の的なんだから♡」


 平日昼間、小学生女児と微妙な年の差の男の二人連れ。

 確かに注目の的である。


 ……しかし、今日の俺が堂々としているのには秘密がある。


 俺のスーツの内ポケットに弊社顧問弁護士作成、社長からの委任状が入っているのだ。

 俺は適法にこの小娘の引率を任されているので、法的にも倫理的にも全く問題はない。


「おじさん、ポップコーン食べるの?」

「こんなとこ滅多に来ないしな。お前も食べるか?」


 メニューを覗き込んでいると、横からメスガキが小さな手を出してくる。


「ねえ、おじさん。このカップルセットなんてどう? あたしたち、恋人同士に見えちゃうかも♡」


 ドリンク二つにポップコーンとチュロス……? が付いてくるのか。二人分だしちょうどいいな。


「すいません、このカップルセットください。飲み物はアイスコーヒーと……お前なんにする?」

「え? あの……ジ、ジンジャーエールで」


 ……? こいつ、なんで急にモジモジし始めたのか。

 ひょっとして、店員さんがイケメンだからか? 意外と乙女なところもあるんだな。


「なあ、なんかポップコーンにバターかけれるとか言ってるけど。それと味を選ばないと……え、チュロスも二種類から選ぶんすか?」


 ……やばい。なんか訳分かんなくなってきたぞ。

 俺はスタバでも『アイスコーヒーの中っくらいの』で押し通すほどの注文下手だ。


 メスガキが溜息をついて、俺とカウンターの間に身体を割り込ませる。


「仕方ないわね。ポップコーンはキャラメルでバターは無し。チュロスはプレーンとチョコを一つずつ。シュガートッピングはたっぷりね」


 淀みなく注文し終えたメスガキは、俺を振り返るとウインクを飛ばしてくる。


「……お前、なんか凄いな」

「でしょ? おじさんも嫁にするなら頼りがいのある人にしなさいね」

「あー、昔から姐さん女房にしろってよく言われてたな……」


 言いながらトレイを受け取った俺の腕を、メスガキが血相を変えて掴んでくる。


「……言われたって誰に? 日曜の女の人に?」

「いや、会う人会う人に。つーかお前、あいつのことは言うなって」

「……だって。あたしよろしく頼まれたし」


 何をだよ。


「あのさ、姐さん女房って、頼りがいのある人をお嫁にしろってことだから、必ずしも年上にこだわる必要はないんじゃないかなー」


 俺のまだ見ぬ嫁の話、まだ続くのか。


「そんなことより、お前の方が映画慣れてるじゃん。映画の引率、必要だったか?」

「だって、いまから見る映画PG12だもん。うちの学校から大人の人と見に行きなさいって言われてるの」


 PG12……って12禁のことか?

 12禁のセクシーシーンって、ストッキングが破れるとかそのくらいかな。ハイヒールで踏んだりするのはもう15禁だろうし。


 俺は壁のポスターを眺める。

 風呂敷っぽい服を着た少年が刀を振っている。


「12禁って、あれか。アクションシーンがあるからか」

「PG12だってば。ほら、これ原作読んだ?」

「いや、まだ読んでない。漫喫でもいつも貸し出し中なんだ」

「すっごい泣けるんだから。煉獄さんが……おっと、これ以上は秘密だよ」

「おいおい、俺は大人だぜ。いくら感動したって、そうそう泣いたりなんて———」


 入場開始の館内放送が流れる。

 目を輝かせて、メスガキが俺を引っ張る。

 俺は苦笑いしながら、引かれるままにスクリーンに向かう———



「ううー、煉獄さーん……」


 映画は終わり、グシグシ泣くメスガキを連れてスクリーンを出る。

 ティッシュを渡すと、思い切り鼻をかむ。


「泣くなって。つーか原作読んでんじゃなかったのか」

「それはそれだしー。おじさんだって泣いてるじゃん。ほら、あたしのハンカチ貸すから」

「違っ! 大人はほら、色々と緩くなるんだ。大人だから」

「老化じゃん」


 ……畜生、原作読んでないから泣いたりしないと思ってたら油断した。

 30を間近に、最近やたらと涙もろくなってきているのだ。


「じゃあ映画も見たしそろそろ解散するか。まっすぐ帰れよ」


 さて、これでメスガキの御守からも解放だ。

 これから行列のラーメン屋にでも———


「なに言ってんのよ。これから買い物して夕御飯も食べに行くよ。レストラン予約してるし」

「え? 待てってそんなこと聞いてないぞ」


 ……いや待て。


 俺は嫌な予感がして委任状を取り出す。

 その委任内容には———


『———映画鑑賞の同伴。その他、甲の指定場所での食事及び駅までの送迎———』


 ……確かにそう書いてある。

 そして何故か勝手に俺の印鑑が。


「これ、総務課に預けてある俺の印鑑じゃん……」


 ガクリと肩を落とす俺の腕に、メスガキが腕を絡めて来る。

 にやける口元を隠そうともせず、メスガキは真っすぐ俺を見上げて来る。



「じゃ、エスコートお願いします♡ おじさま♡」




 本日の分からせ:分からせられ……40:60


 アラサーさん、最後の最後で汚い大人に嵌められました。幸いにも夕食代は社長の支払いだったようですが。

 次回、メスガキちゃんの学校生活をお送ります。

 

 メスガキちゃん、アラサーさんとのイチャイチャを周りに見せ付けたいモードに入りつつあります。

 そんなメスガキちゃんを分からせたい人も分からせられたい人も、是非★~★★★★★を投げて頂ければ幸いです。

 きっと、メスガキちゃんと泣ける映画を見たはずなのにケロッとしてるから不思議に思ったら『あなたを見てたら映画終わっちゃってた♡』って言ってくれます。


 私は最近、ガルパン劇場版のライバル達が主人公を助けに集結するシーンで毎回泣きます。完全に老化です。

 泣ける映画を作るよりも高齢化を待つ方が確実だと思いますので、映画関係者の方はご参考になれば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 有休とは一体?休暇?何ソレ美味しいの? パワハラ酷すぎる 公私混同甚だしい、ブラック企業怖い メスガキちゃんも社長になる頃には真っ黒になっちゃうのかな [一言] アラサーさんの社畜レベルが…
[気になる点] 課長勇気あるなぁ。社長令嬢のお気に入りと社長令嬢のデートなのにこの仕打ち。 [一言] ゆうきゅう? あぁ、UQね、そういやUQホルダーって漫画あったね。休む必要がない不死社畜さんたち…
[良い点] 外堀が埋められまくってますね(*^^*) いい傾向です! [一言] ラブコメの告白シーンは100%泣きます。
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