23日目 幸せのおすそ分け
「あいつ、いい顔してやがるな……」
先日届いた一枚の葉書。
俺はしんみりとそれを眺めながら、煙草の煙を吸い込む。
ギシギシと扉のきしむ音。
俺は煙を吐き出しながら、煙草を消す。
「おサボリーマン、発見でーす♡ 今日もあたしが来てあげたよー♡」
「もう学校終わったのか。放課後、友達と遊んだりしないのか?」
「してるよ。でもみんな塾や習い事あるし、毎日夕方まで遊んだりしなくない?」
メスガキは最後の一歩、両足を揃えて跳ねるように俺の隣に並ぶ。
「ね、こそこそと何見てるの? エッチな奴?」
「そんなこと言うんじゃありません。夏頃に辞めた後輩が葉書送ってきたんだ。来年、結婚するんだってさ」
メスガキは俺の肩に手を置き、背伸びをして葉書を覗き込む。
「どっち?」
「男の方。ほら、一課にいた」
「あー、見たことある。いつも漆黒のオーラを背負ってた気がしたけど———」
メスガキは不思議そうに首をかしげる。
「こんな明るい人だっけ」
「入社当時は普通だったんだぜ」
「課は違うのに知ってるんだ」
「一年ほど俺の下にいたんだよ。育ったら一課に引っ張られていったけど———」
一課に移った途端に目が死んでハラハラしていたが……
今年に入ってさらにヤバそうな雰囲気だったので、夏頃に突然仕事を辞めた時は、却ってホッとした覚えがある。
「しかしあいつ、いつの間に女捕まえてたんだ……?」
畜生、心配して損した。しかも結婚相手は可愛いし。
……でもこの娘、なんでジャージ姿なんだ? Tシャツもなんかダンゴムシ柄だし。
「もうちょいいい写真あっただろ……」
「相手の子、可愛いね。おじさんもちょっとうらやましかったり?」
……結婚か。
俺の年ならしていても不思議はないが、なかなか実感がわかない。相手もいないし。
「まあ、幸せそうだなとは思う」
「……ふうん、おじさんも結婚に興味があるんだ」
メスガキは意味あり気に俺の顔を覗き込んでくる。
「具体的にどうこうじゃないけど、俺もいい年だしな。親も見合いしろとか言ってるし———」
「っ!? ちょっと待って待って! 見合い?!」
「ああ、俺にも田舎からたまに見合い写真が届くぞ」
まあ、結婚して地元に戻ってこいというのが本音なので、会う気は無いんだが。
仕事柄食いっぱぐれまでは無いだろうが、地方で稼ぐのは大変なのだ。
「お見合いもいいけどさ。でもほら、相手と分かり合う時間も必要じゃない? ちゃんと付き合って、時期が来たら結婚というか」
「お前、意外と真面目な価値観だな」
メスガキはコクコクと頷く。
「だからおじさんも焦っちゃダメよ。具体的には八年くらい付き合って婚約するのがいいんじゃないかな」
「……長くないか?」
「そんなことないって。で、その四年後に式を挙げれば丁度いいし」
「その頃俺、40過ぎてんだけど。つーか相手にも逃げられるだろ」
「あたし待てるしっ!」
……何を?
俺の不思議そうな視線に、メスガキは気まずそうに目を逸らす。
「いや、あの、例えばあたしだったら……12年くらい平気だなって」
「12年って、お前のこれまでの人生より長いぞ……?」
まあしかし。子供の頃って時間が無限にあるような気がしてたしな。10年先も50年先も変わらないというか。
「お前、時間が過ぎるのなんてあっという間で、過ぎた時は二度と戻ってこないんだぞ。たまに地元の友人と昔話してると、20年前の思い出とかでビビるしな」
「10才の私にそんなこと言われても。てゆーか、すぐに過ぎるんだったらいいじゃない。おじさんも焦んなくたって気が付けば10年後よ」
「怖いこと言うなよ……」
俺は葉書をポケットにしまう。
落ち着いたら、なんかお祝いとか送ってやろう。
そういやあいつが今務めている会社って、まともなとこらしいな。
パワハラもないし土日休めて、上司を説得しなくても有給休暇を取れるらしい。
「お祝いは張り込むか……」
……いざとなったら紹介してもらえるように。
本日の分からせ:分からせられ……60:40
メスガキちゃん、勇み足過ぎて空回りの連続です。彼女は自分の年を忘れがちなようですね。若いのに大変です。
アラサーさん、御多分に漏れず実家からプレッシャーをかけられているようです。血迷ってメスガキちゃんを紹介したら、大変なことになりますので気を付けましょう。
そして次回、ついに二人の初デートです。
メスガキちゃんを分からせたい人も分からせられたい人も、メスガキさんに★マークをお投げ頂ければ幸いです。
きっと、実家に帰ったら台所でメスガキちゃんが味噌汁を作っててくれます。
……そして速やかに家族会議の開始です。




